「猫を抱いて象と泳ぐ」(小川洋子) | 「晴走雨読」 廣丸豪の読書日記

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廣丸豪(ひろまる・ごう)と言います。日々の読書生活や、気に入った本の感想などを気ままに綴ります。

猫を抱いて象と泳ぐ

 


(あらすじ・内容)
「大きくなること、それは悲劇である」。この箴言を胸に十一歳の身体のまま成長を止めた少年は、からくり人形を操りチェスを指すリトル・アリョーヒンとなる。盤面の海に無限の可能性を見出す彼は、いつしか「盤下の詩人」として奇跡のような棋譜を生み出す。静謐にして美しい、小川ワールドの到達点を示す傑作。

(感想)
小川洋子さんというと第一回本屋大賞受賞作の「博士の愛した数式」、とても良いお話でしたが、本作は第7回の本屋大賞で5位に入っていた作品です。
作者が小川洋子さんであるということと、変わった題名に、どんな作品だろうかと興味と想像力を掻き立てられて、チェスの話とは知らずに購入しました。

大きくなりすぎて屋上から降りられなくなってしまった象、少年がミイラと呼ぶ壁の中に潜む妄想の友人、プールの水面に揺らぐ水死体の腋毛、何とも異様な、閉塞感に満ちた物語の始まりです。
そして主人公の少年は、廃バスの家に住む太りすぎの孤独な男と知り合い、彼を師としてチェスを習います。でも、引っ込み思案のこの少年のチェスは、猫を抱きながらチェス盤の下に潜んで指すという、奇異なものでした。そんな彼が縦横にチェスを打てる居場所、それが地下室のの秘密クラブのからくり人形の中だった。

彼のチェスは、強いことは強いのだけど、ただ相手を打ち負かすようなものではない。日の当たらない環境にありながら、彼は美しい、奇跡のような棋譜をつくり、対戦相手に感動を与えていきます。

実力、勝ち負け以前に、相手に称賛される棋譜って、どんなチェスなんだろう。泳ぐ、潜む、美しい、ボードゲームの指し方に、何とも抽象的なことばが当てられています。
同じような題材の小説に、橋本長道さんの「サラの柔らかな香車」があります。こちらは将棋のお話ですけど。橋本さんはご自身も棋士だったのですが、やはり美しいとか、柔らかいとか、感覚的なことばが並んでいました。
小川さんはチェスのご経験はほとんどないようで、それでいてここまでのものを書けるなんて、小説家の表現力ってすごいなと思います。
まあ、自分はかろうじてチェスのルールを知っている、その程度なので、実感としてわかりませんが。

一芸に秀でながらも、表舞台に出ることもなく、本名も知れずにただリトル・アリョーヒンと呼ばれた男のひっそりとした人生、小川さんらしい作品でした。