(あらすじ・内容)
老齢の水戸光圀は己の生涯を書き綴る。
堕胎されそうになった生誕にまつわる秘話、「試練」に耐えた幼少期、血気盛んな”傾寄者”だった青年期を経て、光圀の中に学問や詩歌への情熱の灯がともる。
水戸藩主となった水戸光圀。学問、詩歌の魅力に取り憑かれた若き”虎”は「大日本史」編纂という空前絶後の大事業に乗り出す。そして光圀の綴る物語は、「あの男」を殺める日へと近づいていく。
(感想)
戦国最後の大戦、大坂の陣が終わってまだ間もない時代に光圀は生まれた。アプレゲール、戦争を知らない子供たちなんですね、光圀の世代は。
でも、戦乱は去っても、人の価値観はそうは簡単にに変えられない。くすぶる荒ぶる魂を持て余し、血気盛んな傾奇者として暴れまわったジュブナイルな日。葛藤するエネルギーを学問へと昇華させ、詩歌で天下を取るという大望を抱いた青年時代。よき友、よき伴侶を得て、義を貫く決意を固め、司書編纂という大事業に乗り出す壮年期。そして義を通し、自分で始末をつけ、将来を後進に託して夢であった隠遁生活にたどり着く晩年。
武辺から文治へ、歴史の価値観の転換期を、揺るがぬ義と信念で駆け抜けた快男児、スーパースターの一生です。
冲方丁さんというと、ラノベ、SF、ファンタジー、蒼穹のファフナーのイメージが強いのだけど、歴史小説でも、「天地明察」で本屋大賞を取っている。司馬遼太郎さんのような大御所の史観とはまた違ったヒュ-マニズムとエンターティンメントの冲方史観、面白かったです。
自らが抜擢した大老、藤井紋太夫を殺害する、その真相は歴史の謎なのですが、冲方流の解釈、大胆で面白かったです。
誰が将軍をやっても安泰、個人の力によらない、平和な時代のための江戸幕府の統制メカニズムが完成すると同時に、組織の悪しき官僚化が始まる。凡庸な将軍を輩出する徳川将軍家の直系の系譜は7代にして途絶え、その後将軍は紀伊徳川家に移る。200年後に再び訪れる外圧という価値観の転換期に、大政奉還という幕府の幕引きをするのが光圀の末裔というのが、なんとも歴史の妙で面白い。