月面で5万年前の人類の遺骸が発見された。チャーリーと名付けられたこの人物の出自を探るために、物質を透過撮影できるトライマグニスコープの開発者であるヴィクター・ハントに調査への参加が要請された。スコープを駆使した情報と数少ない所持品を元にあらゆる分野の学問を総動員した分析が始まった。
所持品の中に現代技術を凌駕した超小型原子力パワーパックが発見された。5万年前の人類に、超小型の原子力パワーパックを作り、月まで行くことが可能な文明があったはずもない。また、宇宙で同時発生的に、全く同じ遺伝子構造をもった種が誕生するなどなおさら考えられない。
所持品の手帳からカレンダーらしきものが見つかったが、その1年は1700日で、現在の地球の暦とは相容れない。また所持品の携帯食料の水棲生物の構造は地球生物のものと根本的に異なっていた。
しかしながらチャーリーは紛れもなく生物学的にヒトだった。相矛盾する事象を整理し、数々の仮説が立てられ、別の事実がその仮説を否定する。その繰り返しが続き結論に行き着く見込みは立たなかった。
果たして、チャーリーは一体何者なのか、どこから来たのか、何故、ここに居たのか、そしてどこに行こうとしていたのか?
(以下ネタバレを含む)
木星の衛星ガニメデで2500万年前に遭難したエイリアンの宇宙船が発見されたことから、事態は再び進展し始める。
火星と木星の間にある小惑星帯が惑星の破片であり、チャーリーはそこの出身だとすれば、1年が1700日であったことも説明がつく。その元惑星は、"ミネルヴァ"と名付けられた。
チャーリーの属する人類"ルナリアン"とガニメデで発見された”ガニメアン”との間に何があったのか。月面調査の結果、5万年前に月の裏側に大量の隕石が降り注いだ痕跡が見つかり、ミネルヴァの月基地の魚とガニメアンは進化の系統樹が同一ということも判明した。
一つが謎が解明すると、別の新たな謎が。次々に発見される事実を元に、ダンチェッカーとハントは、競うように仮説を展開し、謎は、一つの答えに収斂していく。
温和なガニメアンと好戦的なルナリアンの間で対立が生じ、それが因で二つの人種は絶滅し、惑星ミネルヴァは崩壊した。
「ミネルヴァの衛星が地球の月になった」と、ハントがこれまでの論議の矛盾を一挙に解決するの仮説を提示し、会議場は、興奮で沸騰する。ダンチェッカーがハント説を捕捉、なんと、チャーリーが地球出身なのではなく、真実はその逆、我々の祖先はミネルヴァから来た。
これでやっと、謎めいたプロローグと話がつながる。そして謎解きのエピローグでは、旧石器時代の地層を発掘するチームが、意味不明の文字が書かれた時計のようなものを発見する。終わり方が実に、小説としてうまい。
一応ハントさんが主人公でホームズ役なのだろうけど、ハントさんのキャラ設定とかプライベートな出来事とか、そういうのは一切なく、ただただ月で発見された5万年前の人類の死体から、後半一気に話が展開していく、一切遊びのないハードコアなSF。
これが40年近くも前に書かれたものとは!後半は一気読みでした。
スケールは壮大、謎解きも衝撃で、さすがという感じ、文句なしに今年読んだSF小説のNo.1。
余談ですが、この本を手に取ったきっかけは長門有希です。ラノベ・アニメの「涼宮ハルヒの憂鬱」のサブキャラ、この銀河を支配する情報統合思念体によってつくられた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェイスにして、北高文芸部唯一の部員。
いつも部室のパイプ椅子で本を読んでいる彼女の愛読書のうちの1冊がこれ。
長門有希さんの愛読書について語り始めると長くなるので、それはまた別の機会に。