前回のブログ『⑪球磨の思川・伊良目・高柱・チヂ そして天子』より続きます。

 

 

 

私が球磨から発信するこのブログを御覧頂き ありがとうございます。
お読み下さった皆様方には心から感謝いたしております。

 


度重なる自然災害、さらに新型コロナウィルスの感染により、
愛するご家族、親戚やご友人の方々に看取られる事なく、一人で旅立つ事をよぎなくされた
御方々の御冥福を心よりお祈り申し上げます。

献身的な看護、そして治療に従事なさっていらっしゃる医療現場の方々の御苦労に

心から感謝致しております。 

感染なさった方々の早期回復をお祈りいたします。
 

この難局を世界中がいち早く乗り切れる日が来ることを心よりお祈りいたします。

 

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はじめに😊

皆様、最近、私のブログタイトル先頭に数字を入れている事はお気づきでいらっしゃると思います。 今回は⑫です。

この先頭の数字は、3月に書いた『源流を知る為の必読書より 肥は日なり 涙が溢れ・・

として、その後のブログには先頭に番号を振るようにいたしました。

 

 

 

 

それは、私にとっての「源流」は とても身近な所に存在している・・

と感じているからです。

(今回は最初から妙な事を書きました・・・すみません 😊 )

 

 

 

 

昨日(6月1日)は 御朔日でしたので、毎月の家の習わしをお務めいたしました😊

家の敷地内北東(鬼門)に北を背にしてお祀りの氏神様、南の門、西南の裏鬼門そして

湯川(斎川)の水の神々様のお掃除をさせて頂き 清め、榊(11か所)をお取替えし、

お神酒をお供え致しました。

 

榊は家の敷地内に数本あります。

この季節、榊は美しい可憐な花を咲かせます。可憐なだけでなく、とても良い香りの花です😊

 

6月1日の榊のお花 つぼみ

 

良い香りの可憐なお花

 

 

 

前回のブログを書いた後、土砂災害警戒情報が再び発令された日もありましたが、

幸いにも被害なく過ごさせて頂いております。

 

この10日間程にも、新たに気が付いた事が沢山登場しました。

何からご紹介すべきか🙄と悩んでいた時に とても大切な事を昨日(6月1日)気が付きましたので、まずは 「そのお話」からご紹介させて頂きます<m(__)m>

 

 

 

 

1.湯川(斎川)のタブの木

ブログ『湯川(ゆご)周辺は倭人伝の原風景・・・揃ってしまうのは何故だろう・・』でもご紹介した湯川。

 

 

 

書籍『神に関する古語の研究』 の中で林兼明様は

「ゆがわ」 の本来の意味

本来の漢字表記を

「斎川」 (ゆがわ)


とお書きになられていらっしゃいました。

 

ゆがわ とは 「斎川」

斎祀る 川 ゆがわ

 

その湯川・斎川の湧水は大きなとても古~い樹木の根元から湧き出しています。

 

 

 

 

 

ただ・・最近気が付いたのですが、水が湧き出しているのは根本ではなく(ー_ー)!!

大きな枝の元?からでした。

 

つまり

上記の写真上の方は全て樹木の根 もしくは埋まった?所から上の部分のようです(p_-)

何故?このような形になったのかは・・・解りません

 

 

昨日 、湯川・斎川の木の下から写真を撮りました😊

 

じっくり見ると枝が物凄く曲がっている事に気が付きました。

 

 

湯川の大樹の下で、凄く不思議な御力を感じて

「写真を撮らせて頂きます」とお声がけをしながら 撮影しました😊

 

 

湯川・斎川の大樹ですが・・・

私、たいへんな思い違いをしておりました😥

 

過去ブログでこちらの大樹を「モチノキ」だろう・・と書いてしまっていたのですが

モチノキではありませんでした😥

 

発端は、昨日、湯川のお清めをしていた時に、枝に沢山の実が付いているのを見て、

私が父に

「お父さん、モチノキに実がなっているよ😊」 と言うと

父が

「モチノキじゃないぞ(ー_ー)!! (--〆) 」と・・・

 

 「じゃあ 何の木?」と 聞くと 

 

父は・・

なんだったかな~🙄 

湯川の樹には魂が宿っていらっしゃる神様の樹で

とても大切な木とは子供の頃から聞いていたけど・・

何の木 だったかなぁ~」 と・・・

 

私 「湯川の樹には魂が宿っていらっしゃる神様の樹・・・」

   「どこかで 聞いた事があるような 気がする・・・(?_?)・・🙄」

 

昨日の湯川の樹木 若葉が生い茂ってきました😊

 

 

 

実がなっている所のアップ

 

 

モチノキではなくて

 

湯川の樹には魂が宿っていらっしゃる 神様の樹で

とても大切な木

 

枝と実と上記の父が聞いた言い伝え?を元に検索して、

多くの樹木の写真とにらめっこしながら ようやくこの樹が何の木なのか 

見つける事が出来ました😊 \(^o^)/

 

 

EVERGREEN - エバーグリーン 様の サイト 植物図鑑 を拝見して確信致しました!

 

 

 

とても大切な事ですので

勝手ながら 画像をお借り致しました<m(__)m>

 

 

EVERGREEN - エバーグリーン 様の サイト 植物図鑑

タブノキ より

 

 

 

 

湯川(斎川)の樹木

 

 

間違いない!

湯川(斎川)の 樹 は

タブの木 です!

 

 

 

タブの木 ウィキペディアより 抜粋

 

 

タブノキ Machilus thunbergii)とはクスノキ科タブノキ属の常緑高木である。

イヌグス・タマグス・ヤマグス・ツママとも称される。

 

花期は4 - 6月。黄緑色であまり目立たない花を咲かせる。8 - 9月ごろ球形で黒い果実が熟す。果実は直径1センチメートルほどで、同じクスノキ科のアボカドに近い味がする。

日本では東北地方から九州・沖縄の森林に分布し、とくに海岸近くに多い。

照葉樹林の代表的樹種のひとつで、各地の神社の「鎮守の森」によく大木として育っている。また横浜開港資料館の中庭の木は「玉楠」と呼ばれ有名である。

 

万葉集の歌
磯の上の都万麻を見れば根を延へて年深からし神さびにけり 大伴家持 巻十九4159

 

この歌の「都万麻」をツママと読み、本種を指すとも言われる。

しかし他文献でツママという語が使われている例が見つかっておらず、確証はない。

 

 

以上 ウィキペディアより抜粋 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

タブノキ(椨)

クスノキ科タブノキ属の常緑高木     楠・・ あっ!・・・

イヌグス・タマグス・ヤマグス・ツママとも称される

 

各地の神社の「鎮守の森」によく大木として育っている

「都万麻」をツママ  ・・・・根を延へて年深からし神さびにけり  

 

 

神さびにけり??  どういう意味だろう・・・

 

と考えながら では 父が聞いていた

湯川の樹には魂が宿っていらっしゃる 神様の樹で

とても大切な木

は どうなのだろう・・・ と考えながら さらに検索すると・・

 

とても 多くの情報がありました! \(◎o◎)/!

その中から・・

巨樹・老樹巡り サイト様より 大聖寺の椨の木 をご紹介させて頂きます。

 

 

 

タブノキは、古くは魂の宿る木「タマ(霊)の木」から転化したという説があり、クスとならんで各地に巨木が存在し御神木となっている場合が多い。

 

 

父が聞いていた事は間違っていなかったようです・・・

 

 

 

さらに(p_-)

神さびにけり ??  どういう意味だろう・・・

からの検索で とても解りやすいサイト様を見つけましたのでご紹介致します😊

 

万葉の植物 つまま を詠んだ歌

 

 

上記サイト様より

 

種子散布されるせいか、古くから天より降る木と言われています。

 

礒の上のつままを見れば根を延へて年深からし神さびにけり  大伴家持 巻19-4159
 

神さびるとは神々しくなること。天平勝宝2年3月9日、澁谿埼(今の高岡市)で、巌の上に生えているつままを見て詠んだ歌。根を伸ばし大木になり、樹冠を広げこんもりと茂ったつままの樹が目に見えるようです。)

 

以上 サイト様 万葉の植物 つまま を詠んだ歌 より 抜粋させて頂きました。

 

 

 

古くから天より降る木と言われている

神さびるとは神々しくなること

 

 

湯川は・・

ゆがわ とは 「斎川」
斎祀る 川 ゆがわ

 

その湯川(斎川)の 大樹は

古くは魂の宿る木「タマ(霊)の木」から転化したという説から御神木となる場合が多い・・

古くから天より降る木と言われている

タブの木

だった・・・

 

ようやく・・

湯川(斎川)を先祖代々お守りさせて頂いている

宮原家の娘が気が付いた・・!

 

窓の外に見える 湯川(斎川)のタブの木様が

神々様 が そう おっしゃった ような 気が いたしました・・

 

やはり 湯川は

斎祀る 川 ゆがわ だと

実感いたしました・・

 

 

 

湯川(斎川)は元々 うちの宮原家の土地・・・

 

そう言えば・・ 気になる事がありまして

曾祖父からの家督相続を受けた 私の祖父

家督相続書 なる物に記された 譲り受けた土地・・

 

 

字 「府内(ふない)」 ”馬場田”  「府本(ふもと)」”外園” 以外で

井口川( 旧久米川 古老称 鶴の川) 沿いの広大な土地・・

 

字  「和田」 「高鳥」 「三反田」 「風山」・・

そして 曾祖父が生前 岡原中学校設立の為に村に譲った土地 「鶴」

 

「府内(ふない)」 ”馬場田”  「府本(ふもと)」”外園”

「和田」 「高鳥」 「三反田」 「風山」 「鶴」 ・・・

 

何故? 家の宮原家が継承してきたのだろう・・ 

もちろん戦後の農地改革により殆どは手放す事になりましたが・・・

 

 

2018年の10月 『字 三反田』付近から撮影

山の麓に見える集落あたりまでが字「外園」・字「和田」・字「高鳥」・字「三反田」 です。

 

風山には風の神様がお祀りであった事は球磨郡誌に記されていたのですが・・

「高鳥」 って 何だろう・・? ・・・

 

このブログを書きながら 突然 疑問が湧いて参りました・・

 

 

 

さらに・・そう言えば・・・

2.天子鶴橋の渡り初め良峯氏と百済姓宮原氏

 

字「鶴」 の 向かい側 井口川( 旧久米川 古老称 鶴の川)を挟んだ

向かい側の土地字名が 「天子」・・

 

 

この字「天子」と字「鶴」に架かる「天子鶴 橋

 

天子鶴 橋 が新しく架け代わった時の式典で 旧岡原村内で村民代表として

最初に橋を渡ったのは 祖母の実家の「平川家」・・・曾祖父を先頭にして3代・・

平川家三代

 

何故? 祖母の実家「平川家」が 天子鶴橋の渡り初めを村民代表で行ったのだろう?

 

天子と・・・平河氏(平川氏)・・・

 

鶴と・・・

あっ! 鶴は よう~く考えたら うちの宮原家が所有していた土地だ・・

あれっ!? (?_?) 

 

ブログを書きながら 今頃 気が付いてしまいました・・

 

 

祖母の実家 「平河氏(平川氏)」は 大納言 良峯(良岑)安世公 を祖とする良峯氏

※良峰 とも あり

家の宮原家は 橘氏・・・

 

しかし・・ ブログ『④球磨川が証明した7000年前の移動と中世のご先祖様・・』で書いたように

 

 

今昔物語 巻19第1話 頭少将良峯宗貞出家語 第一 より

而るに、此の少将は宮原の娘也ける人を妻として、極て哀れに去り難く思ひ通(かよは)して過ける程に、男子一人、女子一人をなむ、産せたりける。

 

 

良峯宗貞公の妻は 宮原の娘也ける人

でした・・

 

 

百済姓の 宮原氏とは

宮原宿禰の後裔氏族

 

『新撰姓氏録』によれば、王辰爾の弟、牛(うし。宇志とも作り、後述するように麻呂(まろ)とも呼ばれた)を氏祖とするが、そもそもは百済の第14代国王貴首王を出自とするという。

 

応神天皇の求めに応じた貴首王が孫の辰孫王を入朝させ、

辰孫王の長子、太阿郎王が仁徳天皇に近侍。

 

同祖の氏族に 菅野朝臣、葛井宿祢(ふじいのすくね)、宮原宿祢、津宿祢(つのすくね)、

中科宿祢(なかしなのすくね)、船連(ふねのむらじ)がいる。

 

ウィキペディアからの要約ですが、詳しくは次回 触れさせて頂きます<m(__)m>

 

 

こちらの宮原氏が菅原道真公と御繋がりの宮原氏 です。

菅原道真公
室:宮原 - 宮原頴人の娘
男子:菅原旧風

 

そして・・先にも書いたように

良峯宗貞公の妻は 宮原の娘也ける人

 

 

球磨の近世・・

平河氏(平川氏※本姓良峯氏)は系図上、宮原氏との複数回の姻戚関係が見える・・

本姓菅原氏「樅木氏」を平河氏が継いでいる・・

 

近代、家の宮原家には平川家から祖母が嫁いできた・・

 

 

では・・

橘氏と良峯氏との繋がりは・・・

一つ気が付いていた事がありました😊

 

良峯宗貞(遍昭)

寵遇を受けた仁明天皇の崩御により出家する

 

仁明天皇様は 嵯峨天皇の第二皇子。

母は橘清友の娘、皇后橘嘉智子(檀林皇后)

 

 

昨年の今頃、調べていた橘嘉智子様にこのような形で繋がって来るとは・・

全く夢にも思っていませんでした・・

(と 言うか 気が付くのが遅すぎ です 😥)

 

 

では

良峯氏と菅原氏との繋がりは・・

3.経国集の編纂者は・・・

 

ウィキペディアより

 

 

 

『経国集』(けいこくしゅう)は、平安時代初期の天長4年(827年)、淳和天皇の命により

編纂された勅撰漢詩集。全20巻。

 

良岑安世、菅原清公らが編纂。

 

作者は、淳和天皇、石上宅嗣、淡海三船、空海ら176人。

 

 

 

良岑安世、菅原清公らが編纂

菅原清公公とは 菅原道真公のおじい様でいらっしゃる御方です😊

 

 

良峯氏・菅原氏・百済姓宮原氏

次回はさらに詳しく 中世を主に書かせて頂きます<m(__)m>

 

 

 

独り言・・・

百済姓・・

古代に南九州や球磨を離れて半島に渡った方々が 戻って来られている・・

と私は感じています・・

 

 

 

 

4.旧山田村小山田の大王神社

 

麻郡神社私考 をじっくりと読んでいて 気が付いたのですが

球磨郡旧山田村(現山江村)の小山田にも大王神社様がご鎮座であった事を

初めて知りました。

 

建立なさった御方は 秋山氏

 

麻郡神社私考より

 

 

里 大王神社同體

應永年中 (1394年から1428年までの期間)

地頭 秋山常陸 建立

 

 

とても驚きました・・

 

実は、私、何故かずっと・・秋山氏が気になって仕方なかったのです。

 

秋山氏はヤマトタケルノミコトの東征にお供した七拳脛命(七掬脛)から始まる

久米宿祢 後裔一族でいらっしゃいます。

 

しかし、秋山氏が平河氏の霊社を建立なさっていらしたとは・・

全く知らないままで 今に至っておりました・・

 

凄く 驚いています!

 

 

秋山氏については

yabutsubakime様が ブログ肥後―阿波―尾張を繋ぐ久米のレイライン』 の中で

詳しくお書きになられていらっしゃいます。

 

 

 

久米宿祢 後裔一族 秋山氏

平河氏の霊社を建立 ・・・・

 

 

何故 なの だろう・・・

 

ただ・・今後、様々な事を調べて行くと きっと いえ 必ず

何か 大きな繋がりが登場するのだろう と 私は 確信しています・・・

 

 

 

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今回は

1.湯川(斎川)のタブの木

2.天子鶴橋の渡り初め 良峯氏と百済姓宮原氏・・

3.経国集の編纂者は・・・

4.旧山田村小山田の大王神社

 

と いうお話を書かせて頂きました。

 

 

所で・・・(p_-)

湯川(斎川) には タブの木・・

ブログ『湯川(ゆご)周辺は倭人伝の原風景・・・揃ってしまうのは何故だろう・・』で

書いていた事に湯川(斎川)まで繋がっていた事に驚きました・・

 

何故ならば・・

 

其山有丹、

其木有柟・杼・櫲樟・楺・櫪・投橿・烏號・楓香、其竹篠・簳・桃支。有薑・橘・椒・蘘荷、

不知以爲滋味。有獼猴・黒雉。

 

倭の山には丹があり、倭の木には柟(だん、おそらくはタブノキ)、杼(ちょ、ドングリの木またはトチ)、櫲樟(よしょう、クスノキ)・楺(じゅう、ボケあるいはクサボケ)・櫪(れき、クヌギ)・投橿(とうきょう、カシ)・烏号(うごう、クワ)・楓香(ふうこう、カエデ)。竹は篠(じょう)・簳(かん)・桃支(とうし)がある。薑(きょう、ショウガ)・橘(きつ、タチバナ)・椒(しょう、サンショウ)・蘘荷(じょうか、ミョウガ)があるが、美味しいのを知らない。また、猿、雉(きじ)もいる。

 

 

倭の山には丹があり、倭の木には柟(だん、おそらくはタブノキ)

黒原山からは丹が採掘されて・・湯川(斎川)には タブの木・・・

 

 

あらためて

湯川(ゆご)周辺は倭人伝の原風景・・揃ってしまうのは何故だろう・

 

 

 

 

最後までご覧頂き ありがとうございました😊

皆様、お身体十分にお気を付けになられてお過ごし下さい。

 

 

湯川(斎木)のタブの木 の御力を皆様にも \(^o^)/

 

 

 

 

 

 

 

Sora - Yoko Kanno( 菅野 ようこ さん) の曲と共に 😊

 

ちなみに・・この曲は 竜に恋した少女の歌 です・・・

 

 

 

 

「Moon」 も 😊

 

 

 

 

皆様 だんだんなぁ~

球磨の地より ひろっぷ でした 😊

 

次回『⑬斎木(いつき)の縄文時代と経国集編纂に携わったご先祖様方』に続きます。