今日の「ちい散歩」。地井は蕨をお散歩。生稲は広尾の散歩通りをお散歩するということで地井武男の真似をして登場しましたが…全然似ておらず、矢島アナに失笑されました。



ところで、新作ヤッターマン第44話のサブタイトルは「忍者の数は何人じゃ!?だコロン!」で、これだけで視聴後即消去決定もの。というわけで今日もダメダメだなと思いながら見たら、案の定でした。インチキ商売は忍術の秘伝書を売りつけるものでしたが、相変わらず間抜けなガンちゃんがインチキ忍術を試す様子が延々と流され、時間の無駄としか言いようがありませんでした。



で、登場人物については兄さんこう 書いています。


それなひきかえ新ヤッターマンは何もわかってナい。タツノコが東映ネタをやろうとして、やっぱり設定もキャラクターも消化できずに大失敗。ったく、ナにがサリーちゃんだ。さるとび家の忍者はエッちゃんだろ。せめてドロンボーの忍者修行でかめはめ波みたいの出すとか、最低限それくらいやってくれよ。

確かにそう言いたくなる気持ちがわかりましたね。兄さんは呆れかえったのか、今回の記事のタイトルからヤッターマンの文字を削りました。メインゲストは猿飛佐助の子孫だというのに名前がサリーというのです。しかも服も「魔法使いサリーちゃん」と似たデザイン。亡くなった横山光輝もびっくりです。だいたい、他に登場する8つ子の名前が才蔵とか清海など真田十勇士にちなんだものになっているのですから、メインゲストがサリーというのはイマイチです。ちなみに「さるとびエッちゃん」は亡くなった石ノ森章太郎原作で、これも魔法少女シリーズの作品です。もっとも、同じ佐助でも3悪ドットコム の管理人の人には、このネタはわからないでしょう。というより、タイムボカンシリーズ以外の知識はないのでしょう。最近は今くらいの季節でも運動会をやるというのに、前回の感想で「この時期に運動会の話をやるのは時期外れなので、旬を逃しているという印象が否めません。」と書いているくらいですから。また、運動会は時期外れだと思ったため、前回の話が去年の秋頃書かれた話の流用だろう、と頓珍漢なことを書いています。専門バカはよくないですよ。もっと他のことにも目を向けましょう。そうすればもっといい批評が書けると思いますよ。



で、今回も特に盛り上がるところもなく、いきなりヤッターペリカン登場。今回もヤッタージンベエは出動していないのかと思ったら、最後のシーンには登場していました。以前 、私は定番のシーンをばさりと削った富野演出を褒めましたが、今回のはいただけません。富野さんは定番シーンの無駄な箇所を削っただけで、節目節目となる箇所は削らずに残しているのです。だから違和感が残らないのです。ところが今回はヤッターマン出動の部分を丸ごと削っているので盛り上がりに欠けました。やっぱり、前戯がないとダメですよね。本当に新作ヤッターマンのスタッフは娯楽というのを理解していません。



最後のゾロメカはガマの油にちなんでガマを出していましたが、ガマが油を出すのは口からではありません。新作ヤッターマンのスタッフは生き物のことも知らないようです。昨日の「所さんの目がテン」でカエルを取り上げていましたから、新作のスタッフは時間枠を移動させたお詫びも兼ねて見ておくことをお勧めします。あと、ヤッターペリカンが出すのは鳥型メカだという設定をブチ壊したことを私は納得していません。ブチ壊して面白くなったかというとそうではありませんから。本当に、新作ヤッターマンのスタッフは旧作のよいところをことごとく破壊し、つまらなくしてしまいました。面白ければいいのですが、面白くなっていないのですから、納得できるはずがありません。本当、笹川ひろしさんに、こんな作りにした理由を伺いたいです。

今日の午前7時台はNHKの「おはよう日本」で木村大作監督の映画「劒岳 点の記」を取り上げていました。3月に終わった「コサキンDEワァオ!」で話は聞いていたのですが、その制作体制は凄かったです。冬の剣岳にのぼり、映画で取り上げた測量隊が実際に行った場所へ行って撮影すると言うだけでも凄いのです。一緒に見ていた母は「お父さんでさえ冬山には行かなかったからねえ。」と驚嘆していました。亡くなった父は登山が趣味で高校教師時代も大学の教員時代も山岳部の顧問をしていました。もっとも私は登山は苦手で、全然その血を受け継ぎませんでした。顔も母の系統に似ていて、特に母方の祖母にそっくりだと言われていました。閑話休題。木村監督が全国を回って試写会を行なっていると言う話を聞いた母は、埼玉にも来ないかなあ、と言っていました。そういえば週刊ポストに試写会募集の話が載っていましたが、葉書を書くのをすっかり忘れていました。映画を作る意気込みが伝わってきます。新作ヤッターマンの映画は見る価値はなさそうですが、「劒岳 点の記」はお金を払ってみる価値はあると思います。



「おはよう日本」の次は「ちい散歩」を見ました。生稲晃子の親父ギャグは堀切菖蒲園を訪れたということで山口百恵さんの「プレイバックPart II」にのせて、「ほりっきりー、ほりっきりー、もう、ほりっきりーですかあ」と歌うもの。歳のせいか地井はまったく理解できていませんでした。矢島アナは意味を地井に解説していました。先週書いたとおり、これはテレビ朝日放送の分の再放送なのですが、本放送では最近親父ギャグを披露していません。なんでやめちゃったんでしょうねえ。



その後は手塚治虫原作のアニメ「ミクロイドS」を見ました。富山敬さんが敵のミクロイド役で出演。同じミクロイドのヤンマと戦う…ふりをしてヤンマにギドロンを倒して仲間を開放ほしいとエールを送っていましたが、それがスパイ(大竹宏)にばれ、殺されてしまうという悲劇の役でした。



まあ、前振りはこれくらいにして本題ですが、相変わらず酷い内容でした。運動会が開かれる季節ということで村対抗の運動会が話の中心に持ってこられましたが…競技の内容はつまらないの一言で、こんなものを見せつけられる子供達がかわいそうです。モチーフは「猿蟹合戦」だったらしく、山寺の喋り方が一部「まんが日本昔ばなし」の常田富士男さんを意識したものになっていましたが、地下の川内康範が激怒しそうなくらい、似ていなかったです。つい最近放送されていた「まんが日本昔ばなし」は裏番組に負けて8%くらいの視聴率に終わりましたが、再開を求める声が毎日放送に今も寄せられているらしいです。あと合間に挿入される山寺の顔も鬱陶しかったです。旧作で富山さんの顔が挿入されたことは一度もありません。似非ファンは「トミー・ヤマ・ケイ」のことを持ち出すかもしれませんが、あれはゼンダマンのキャラです。初参戦となった大久保昌弘の脚本は冒頭は旧作を意識した作りになっていたものの、それは冒頭のみで、全体的にみるとつまらなかったです。兄さん今日の記事 で「大は一貫して薄い無味乾燥ナ話をつくるのが得意、赤は細切れパーツをつくって列べるだけのルーチンワーク、高はイラッとくるウケ狙い。」と書いた理由がよくわかりました。なお、ドクボンとネエトンは少しだけ活躍しましたが、いなくても十分な程度の出番しかありませんでした。兄さんが「ていうか、ドクロリングハンターはどうナった?」と書くくらい、新作には無駄なキャラクターが多すぎます。こんな話を似非ファンがどう誉めるのかが見ものです。というか、最近はこういうひねくれた楽しみ方しか新作はできせん。



さて、兄さんが今日の記事で取り上げていたレモン牛乳は栃木県、特に宇都宮のスーパーで売られているらしいですよ。レモンの味がするわけではないようですが、栃木県では給食にも出るらしいです。

民主党の代表が鳩山由紀夫に代わりましたが、2009年5月19日発行の日刊ゲンダイによるとその代表就任会議で各マスコミが意図的に封印した質問があったそうです。



その質問とは、ジャーナリストの上杉隆さんがした


小沢前代表は3月24日の会見で『民主党が政権を取った場合は記者会見をオープンにする』と言ったが、鳩山代表はどう考えてますか?


というものです。これに対する鳩山代表の答えは


記者クラブ制度の中ではご批判があるかもしれないが、自由に、当然どんな方にも入っていただく


だったそうです。つまり、記者会見の開放を約束したということなんですね。これは鳩山代表の改革発言と言うべきものです。アホー総理は記者クラブを開放する考えなどありませんから、これは事実上の改革宣言と言うべきものですね。田中康夫長野県知事も同じ改革をしていました。



ところが、この重要な質疑応答をマスコミは一切報じませんでした。これはなぜかというと、記者クラブが開放されてしまうと、権力側に近いという自分達の既得権益がなくなってしまうからなんですね。記者クラブに詰めてさえいれば大臣や官庁の発表が労せず入ってきますから、こんなうまい話はありません。要するに楽して記事を書きたいんですね。でもね、ジャーナリズムの基本は足で歩き回って情報を集めることでしょう。記者クラブでぬくぬくすること自体が仕事をなめているとしか言いようがありません。「鳩山は小沢の傀儡だ!」とほざく記事が各マスコミで垂れ流されているのは、既得権益を守りたいから情報操作しようとしているからなんですね。それが証拠に、上杉隆さんはこう振り返っています。

会見では「テレビ中継が入っている間は上杉に発言させるな」という雰囲気で、なかなか質問させてもらえませんでした。それだけ(記者の)抵抗が厳しかった。実にバカバカしい話です

さて、この間取り上げたKY質問 の主が、自分のブログ でこのような言い訳をしています。

それにしても色々考えました。

その時、その場所で、なぜそういう行動を取ったのか。

時々そういう風に聞かれますね。

色々と憶測を呼んだりします。

ただ、私が今いる立場は、様々なものを代弁し、代表するという非常に重い責任がともなう立場です。

取材するニュースに関しては。報道陣として発言する立場においては。

というわけで、その時、なぜそう言ったのか、そう聞いたのか、についてはあえて何も言わないようにしています。少なくとも当分の間は。

あのときは実はああだった、ということを言える立場になるまでは、語れる時がくるまでは押し黙っていようと思っています。

それは「責任」なのかもしれないし、あるいは「逃げ」なのかもしれません。

でも「言い訳」はするべきではないと思っています。

このあと、だらだらと長い「言い訳」が続いているので省略しますが、上杉さんの質問と、七尾のした「政権交代に貢献するために、離党、議員辞職も選択肢として考えられるのか?」と、どちらが鋭い質問と言えるのでしょうか。非常に重い責任が伴う立場だと言うのなら、質問をする前に物事の本質をきちんととらえる必要があるでしょう。ところが七尾にはそのような気はさらさらないようです。非常に重い責任が伴う立場だと書いておきながら、「自分は<メディア>という場所で仕事をしています。<メディア>とは当然<媒体>という意味です。<仲介者>です。だから私はその役割に徹します。」と逃げているんですね。自分の意見を持たずに行動すると言うことなのでしょう。メディアの仕事をするのなら、自分が何を伝えなければならないのか、きちんと考えなければダメです。仕事というのは一人称でしなければダメです。自分が何をしなければならないのか、自分のすることにどういう意味があるのか、を自分でとらえなければダメです。将棋の駒となって働くだけなら、そういう考えは不要でしょうが、ジャーナリストがそれではダメでしょう。自己主張ばかりするのではなく、権利ばかり主張するのではなく、義務も果たさなくてはダメでしょう。私が七尾を嫌うのは義務も果たしていないくせにそういう権利ばかり主張しているからなのです。



さて最近のテレビ番組がつまらないのは、面白くするために努力もしてない癖に、予算がないとか規制が厳しいとか言い訳ばかりしているからだと思います。昔のテレビはもっと努力していましたよ。仮面ライダーなんて光線技を使うお金がないからトランポリンで飛んでキックで倒す技にしたのです。変身ポーズも、藤岡さんの代役で入った佐々木剛さんがオートバイに乗れなかったから生まれたのです。あれこれ言い訳する前にもっと頭を使ってほしいものですね。

というわけで以前 にも予告した旧作ヤッターマン第39話の感想です。脚本は山本優さんだし、演出は富野喜幸こと富野由悠季さんと長谷川康雄さんの連名、作画監督は芦田豊雄さんでした。



冒頭、ドロンボーはカップラーメンばかり食べています。インチキ商売のネタも尽きてしまって金欠だからです。「長いことやっているとこういうこともあるのよー」というボヤッキー。そう。旧作ではインチキ商売を考えるシーンはほとんどありませんでした。この回くらいのものです。このあと、銀行から電話がかかってきたのがきっかけでドロンジョが銀行開業を思いつきます。なんと先着300名に限り利息50パーセントで客の一人が「10万円なら15万円」と言います。10万円へのこだわりがここにも見られます。札束の山を見ながらお金を数えるドロンボーでしたが、そこへ強盗が乱入し、すべて持ち去られてしまいました。直後にガンちゃん達がドロンボーのインチキ商売を知る場面が入り、その直後にまたドロンボーのシーンに切り替わります。そしてドクロベエ登場。なんとこの時にはガンちゃん達は窓のすぐそばに来ていて立ち聞きしています。ドクロベエ様は指令を伝えながら金欠のドロンボーのために大量の札束を出してくれます。とまあここまでで7分間しか使っていません。なんとテンポのよいことでしょうか。画面が切り替わるともうドロンボーメカができています。無駄なシーンはすべて削除。これはヤッターマン側も同様で、いつも挿入される「1,2が出たらヤッターワン、…」という説明をカットし、いきなり「6が出たからヤッターアンコウ」。こういうメリハリも大切です。



本当、旧作はテンポがいいし、無駄なシーンがありません。たぶん、山本さんが書いた脚本では定番シーンも全部網羅されているのでしょうが、絵コンテを描いた富野さんがバッサバッサと削ったのでしょう。説明の箇所は毎回入れられているから、大胆に削っても大丈夫なんでしょうね。削った分は冒頭のインチキ商売を考えるシーンに回したのでしょう。またドロンボーメカを作るシーンは削りましたが、エカコシストが悪魔払いをするシーンで「天才ドロンボー」が流れるので、ちゃんと定番は押さえています。新作のスタッフだったら、削っておしまいになってしまうでしょうね。



ところで、太田さんがガンちゃんだけでなくルドルフの老母の役もやっているような気がします。旧作はこういう一人二役が多かったですよ。富山さん(ナレーション)、滝口さん(ドクロベエ)、池田さん(ヤッターメカ)はしょっちゅうゲストの役をやっていましたし、桂さん(オモッチャマ)もドロンボーに電話をかける役などで何度か登場しました。昔は一人二役を演じる人が多かったです。



やっぱり、旧作の方が新作よりも数段面白いです。ヤッターマンという題名であんな駄作を作ること自体、詐欺に等しい行為ではないでしょうか。そういえば夏に映画を作るそうで似非ファン達は大騒ぎしていますが、このスタッフで作ってヒットするんでしょうかね。三池崇史監督が作った実写版はヒットしましたけど、今のつくりのままで制作したら大コケするのではないでしょうか。現時点で私は全く期待していません。

この番組、放送時間にきちんと見たのはたったの2回しかないですね。というか、わざわざチャンネルを合わせて見る魅力のない作品です。それに、この時間はテレ朝チャンネルで放送している「ちい散歩」の方が面白いですね。生稲の親父ギャグの方が新作ヤッターマンで挿入される数々の寒いギャグよりも面白いです。でも最近、生稲はテレビ朝日の本放送では親父ギャグを言わなくなっちゃいましたねえ。というか、矢島アナも言わなくなっちゃったし、自粛の方向なのでしょうか。



というわけで、Friio で録画した放送を見たのは9時過ぎで、その前に兄さん記事赤尾でこ脚本という情報を得たので、始まる前から低評価になってしまいました。見る前から視聴後消去決定です。



冒頭でガンちゃんが「ハンバーグに唐揚げ、カレー、焼きそば、プリン、グラタン、エビフライ、あとナポリタン」を作ってもらいたいと夢想し、山寺のナレーションが「なんだか昭和の小学生がすきそうなものベスト10って感じだね。」とほざいていましたが、兄さんのおっしゃる通り、昭和の小学生はこんなものをしょっちゅう食べていませんでしたね。どれも御馳走のレベルです。ハンバーグに唐揚げ、カレー、焼きそばは家でも食べましたが、残りは不二家のレストランで食べることが多かったです。というより、基本的に貧乏なのでレストランへ行く機会もあまりなかったですね。赤尾でこも昭和の小学生だったはずですが、裕福な家庭に育ったのでしょうか。鰹節を削ったこともないのでしょうね。鰹節削りといえば築地が舞台のドラマで前田吟は鰹節問屋なのに鰹節を削るのが下手糞でしたね。お手伝いで削ったことがないのでしょうか。



ちあきくんはスーパーの中で「スーパールール」とかいうのを何カ条も述べていましたが、自分はローラースケート履いて店内を走りまわっていますから、説得力ありません。スーパールール以前のお話です。


桃缶を奪われたちあきくんにヤッターマン1号は「ちあきくん、桃缶は絶対俺達が取り戻す」と言いましたが、思わず「ウソつけ!」と言ってしまいました。



この後、ドロンボーメカのレジスタンスとヤッターワンが店内で戦っていましたが、メカの大きさと入口の大きさを全く考えていないのがありありとわかり、ますますしらけてしまいました。あと、最近ドロンボーメカが言葉を喋っていますが、意味あるのでしょうか。今日も冒頭と最後にしか登場しなかったドクボンとネエトン並みに意味がなかったと思います。さらに、メカ戦を悪名高い CM 跨ぎしていましたが、その割には盛り上がりませんでした。というより、全般的に時間配分が下手糞で、富野さんが演出したら原形をとどめないほど修正されること間違いなしです。



結局、この話の売りは何だったんでしょうね。ま、タイムボカンシリーズマニアは「ささやきレポーターが出た!」と騒ぐのでしょうが、私は「それがどうかしたの?」という感じですね。