今日の話は見る前から駄作だというのがよくわかるものでした。まず、よみうりテレビ
のサイトから、あらすじ紹介のところ
をみてみましょう。
(前略)
ドロンボーを追ってスゲーゼロックへとやって来たヤッターマンは、喉の渇きを潤そうと立ち寄った近くの水場で目つきの悪いカンガルー軍団に取り囲まれてしまう。そのカンガルーの袋の中から現れたのは軍団の指揮をとるブーメラン使いの少年・ジャバラだった。ジャバラはかつて荒野で行き倒れになっていたところをカンガルーに助けられて以来、軍団の用心棒として一緒に暮らしていた。ヤッターマンが大切な水場を横取りしにきたのではないかと疑うジャバラ。このところ日照りが続いているスゲーゼロック周辺では、深刻な水不足にみまわれ、カンガルー軍団と気の荒いコアラギャング団とによる激しい水場の縄張り争いが起きていたのだ。どうにかジャバラの誤解を解いたヤッターマンは、抗争を止めるためコアラギャング団の本拠地を訪れる。ところが、そこで待ち受けていたのはドロンボーたちのメカだった。ギャング団に取り入って、コアラたちにドクロリング探しを手伝わせようと企んだドロンボー一味がギャング団に味方していたのだ。メカで応戦するヤッターマンだが、たとえドロンボーを倒したところで水問題が解決するわけではない。すると、ジャバラが昔、祖父から聞いた「困ったときはスゲーゼロックが解決のスイッチになる」という言葉を思い出す。果たして、スゲーゼロックに眠る“最高の宝物”とは?
ヤッターマンはカンガルーとコアラの抗争を止めることができるのか!?
いやはや。つっこみたくなるところを2ヶ所も見つけてしまいました。それは、「
カンガルーの袋の中から現れたのは軍団の指揮をとるブーメラン使いの少年・ジャバラ」と「
カンガルー軍団と気の荒いコアラギャング団とによる激しい水場の縄張り争いが起きていた」の2ヶ所です。この2ヶ所だけで、今回の
脚本を書いた
武上純希がやっつけ仕事をしたことがわかります。師匠の藤川桂介さんに感想を伺いたいものです。
まず、カンガルーの袋の中から少年が出てきたということは、少年が入っている袋はそれなりに大きくなければなりません。ということはカンガルーもそれなりに大きくなければなりません。ところが、
カンガルーというのは大きい奴でも身長160センチでしかないのです。身長160センチといえば普通の大人程度の大きさです。その程度の大きさのものが少年一人入れるほどの大きさの袋を持つ事ができるのでしょうか? 赤ん坊ならまだしも
少年一人入れる袋を持つことは不可能です。
次にカンガルーとコアラが水争いするという話ですが、これもあり得ないでしょう。
コアラはユーカリの木から下りることはほとんどありません。では水分をどうやって得ているかというと、食べたユーカリから得ているのです。さらに、
コアラは先住民の言葉で「水を飲まない」を意味するのです。というわけでコアラがユーカリの木から地上へ降りてカンガルーと水争いすること自体、あり得ません。
とまあここまで書けば見る前から駄作だというのがわかったという理由もおわかりでしょう。実際の放送を見ても、木がほとんど生えていない砂漠の真ん中でユーカリの葉が一枚飛んできたり、コアラが二本足で立ち上がって走り回っているなど、現実のオーストラリアではまずあり得ない場面のオンパレードでした。いったい、新作ヤッターマンのスタッフはどういう神経でこんな話を作ったのでしょうか。さらに、こんな話を平気で放送するよみうりテレビの神経を疑います。彼らには罪の意識がないのでしょうか。視聴者に失礼だと思わないのでしょうか。いくらフィクションとはいえ、最低限の考証はすべきです。
他にも言いたいことはあるのですが、あのヨイショ記事ばかりの
3悪ドットコム
でも酷評していたので書きません。さすがに今回の話はヨイショできなかったのでしょう。もっとも、佐助氏の基準は「タイムボカンシリーズの要素が入っているかどうか」にすぎないですから、あの内容でタイムボカンシリーズを思わせるものが入っていれば、今回のような話でもヨイショしまくるかもしれません。
一方、
アニさん
は
脚本を高橋ナツコと誤認しているよう
ですが、正しくは武上純希ですので、一応、指摘しておきます。もっとも、高橋ナツコが武上純希に変わっても、記事の内容は大して変わらないでしょう。それくらい、どちらの脚本家も酷いと思います。
(追記)
アニさんが脚本家を誤認しているのではないかという話ですが、よく読めばキャラクターを生み出した人のことを話題にしているようなので、高橋ナツコが間違いというわけではないようです。まあ、この人がシリーズ構成していること自体がそもそもの間違いだったという意見には全面的に賛成です。