何と言いますか、初っ端から外しまくって痛さの目立つ新作ヤッターマン最終三部作ですが、その2話目にあたる第59話のあらすじが地上デジタルテレビの番組表に載っていましたので載せておきます。


ついに登場したヤッターキングとドクハン最強メカとの壮絶な戦い。その隙に2号を連れ去ったドクボンはドクロリングを持ってドクロベエの待つドクロ島を目指す。一方、ドクロリングを奪われたドロンボーたちは究極のドロンボーメカでヤッたーまんに最後の戦いを挑む。傷ついた仲間たちの願いを胸にドロンボーを迎え撃つヤッターキング。ドクボンを追う1号だったが、全てのドクロリングが島に届けられた時、ドクロベエが復活する!


「ヤッたーまん」という情けない変換ミスが新作ヤッターマンのとほほ具合を物語っているような気がしますが、これを読んでいて疑問に思ったことがあります。「ドクロベエが復活する!」ということは既にドクロベエが死んでいることになります。さて、今までドロンボーに指令を出していたのは誰なのでしょうか? そしてその人物はなぜドクロベエとして指令を出していたのでしょうか? これを第59話最大の見ものにするつもりなのでしょう。


しかーし、ドクロリングハンターのボスの正体をあっさりと明かし、あっさりと組織を解散させてしまった高橋ナツコ・武上純希・赤尾でこ一党のことですから、どうせいい加減な話で誤魔化してしまうのでしょう。それにしても旧作ヤッターマンの最終回は本当に面白かったです。いい意味で実にいいかげんな流れで話が進み、しかもきちんと定番シーンを押さえて進み、ドクロベエがドクロ惑星・XYZ星人という宇宙人でドクロストーンが自分自身の体の一部だったことと、最後の1個が自分のアジトにあったという見事な落ちをつけて終了させました。さらにドロンボーが解散し、ドロンジョ様が「いい女は振り返らないんだよ!」と言って別れたのに…という続編を暗示させるシーンも生み出しました。新作ヤッターマンのスタッフには、こういう最終回を作りだすのは無理でしょう。


もしかしたら佐助氏のお好きな小山カメラマンこと小山高生なら見事なラストを書けたかもしれません。ゼンダマンとオタスケマンの最終前後編は手に汗握る名編でした。ゼンダマンでは確か大破した壊れて動けなくなったゼンダゴリラが写って次回へ続き、オタスケマンのラストカットでは両足を切断されて凍結したオタスケキンタから脱出したオタスケマンがゲキガスキーに捕まったところで次回へと続きました。次はどうなってしまうのかとドキドキしながら最終回を待った物です。しかーし、新作ヤッターマンではヤッターゼロが登場したところで終わりました。これでは次回でヤッターゼロの活躍で窮地を脱することが予想できてしまい、いまいちです。どうせなら、ヤッターゼロが登場する前に終わりにすればよかったのに、そういう展開は誰も思いつかなかったようです。もっとも小山高生は病がまだ癒えてなかったため、旧作のヤッターマンには参加できなかったんですけどね。


というわけで新作ヤッターマンは最後までいまいちな展開のままで終わってしまうようです。来週の日曜日は金沢へ行く予定ですが、テレビを見る時間がとれるかどうかはわかりません。その関係で新作ヤッターマン関係の更新は来週の月曜日以降になってしまうことをお許しください。


今日の脚本は武上純希でした。いやあ、似非ファンは誉めるんだろうけど、相変わらず酷い話でしたねえ。開始10分くらいで挿入されたドクロリングハンターのシーンは無駄と言うしかなかったです。普通にドクロリングハンターを集めるとか、その予算(声優に払うギャラ)がないのなら誰か一組を普通に呼び寄せりゃあいいのに、なんであんな無駄なシーンを入れるのか。師匠の藤川桂介さんが激怒するんじゃないですか。あとヤッターメカが「全機動作不能」になる展開は「くだらん」の一言でした。よくもまあ、こんなつまらない脚本を書けた物です。なんとなく来週の展開が読めてしまいました。まあ似非ファンは、ついにヤッターキング(ヤッターゼロ)登場、とか言って大騒ぎするんでしょうけどね。山寺宏一は「映画を見に行ったみんなは知ってるよね。え、見てない? まだ間に合うぞ。映画館に走れ。劇場版ヤッターマン『おもちゃの国で大決戦』見ていないと来週の話について行けない…かもよ。」と露骨な宣伝をしています。兄さん が「結局、視聴者を映画に誘導して金儲けかよ。」と言いたくなるようなこの言い草。こんな愚策に走るとはタツノコプロも地に落ちましたね。私は劇場版なんて金払ってまで見る気がしないのであしからず。なお、ドクロリングハンターの正体はドクボンでした。もっと引っ張れよ、武上君。



なお国分寺市に銭湯は3軒ありますが、駅から歩いて行けるのは北口の1軒と南口の1軒です。もう1軒は恋ヶ窪駅の方が近いです。位置については東京公衆浴場生活衛生同業組合 のページで確認してください。昔はさらにあって、南口に2軒と恋ヶ窪駅近くに1軒あったんですけどね。うち1軒はタツノコプロの近くにあって私が国分寺に引っ越した日に利用しました。入居したマンションが深夜電力でお湯を沸かして貯める方式だったので風呂を利用できなかったのです。もう1軒は竹中直人さんが国分寺に住んでいた頃によく利用したそうで、BSフジの番組で竹中さんが訪れていました。いずれにしろ、今回の話に登場したような作りにはなっていませんでした。

ところで今日、「琥珀 採掘」というのをキーに検索したところ、「琥珀採取跡地・漂着琥珀海岸 」というページを見つけました。そこにこのような文章が載っていました。


よく他県の方々で「久慈に行くと何処からでも琥珀がゴロゴロ出てくる」と思っている方がおります。マスコミなどで面白、おかしく誇張しての放送もあります。

現実はほとんど個人で100%見つけることは無理です。

確かに現在でも久慈近辺で琥珀採取業者の方がおられますが、その方々でも穴の中で削岩機を使い苦労しても現在ではなかなか難しくなっているそうです。でも遊びの感覚で採取体験するのも楽しいでしょう。久慈地区では観光客皆さんでも1㎝ぐらいの琥珀を見つけることが出来る特定の場所があります。それじゃその場所は何処か?と、聞かれればほとんどは個人土地で無断で入ることは出来ません。なので公開することは出来ません。


これを読んでわかるとおり、新作ヤッターマン第57話で描かれたように琥珀を拾うことは普通の人には無理だということがわかります。上に載せたリンクや文章と下の絵を見比べて、新作ヤッターマンの作りが如何にいい加減かを皆さん、考えてみてください。


ひろくんのブログ-未設定

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昨日行なわれたHARD OFF ECOスタジアム新潟での横浜対中日戦を観戦した関係で今朝は新潟にいました。新潟でも新作ヤッターマンはネットされていました。「早朝に枠移動してから、玩具売り上げに頼らなくても安定した視聴率が取っている事実や、ここ最近の企業タイアップを見ているとまだまだ安泰と信じていたので、本当に最終回になることはかなり悲しく、大ショックものがあります。」と寝ぼけたことを書いている似非ファンもおりますが、この人達は本当にアホータロウみたいに現実が見えていないんですね。アホータロウも自分の立会演説会に大勢の人達が押し寄せるのを見て、自民党の人気も落ちた物ではないと思い込んでいました。さらに日刊ゲンダイに載った記事によれば、アホータロウは「自民党が負けたのは小泉・竹中による改革の破綻と二代続いた政権途中放り投げが原因であり、最後まで投げださずにやりぬいた自分には責任がない」と考え、総裁続投を狙って動いていた、というのです。日刊ゲンダイの記事ですので信憑性は薄いかもしれませんが、今までの言動を見るとあながち嘘でもなさそうだなと思えてきます。アホータロウは自民党政権を終わらせてしまいましたが、それと同じように、新作ヤッターマンのスタッフは過去の名作に泥を塗り、タツノコプロを再起不能と思える状態にまで落ち込ませてしまいました。いや、本当にそう思いましたよ。



さて前の記事で最終回は3部作になることを書いたのですが、9月はもう一回放送があることを忘れていました。それが今日放送された話です。今回は今までの話に比べればまあマシな部類に入るかなあとは思いましたが、インチキ商売の額が1000円だったりするなど、いまいちな点がたくさんありました。まあそれをいちいち挙げていくとキリがないので最大の問題点のみ書きます。それは、物語の核となった琥珀の扱いが相変わらずいい加減だったということです。ブルービートルを追い求めたムシゴロウはついにブルービートルの入った琥珀を見つけるのですが、その見つけ方が実にいい加減でした。なんと、琥珀はこのような状態で見つかるのです。

つまり、宝石のような石の状態で見つかるのです。これを見た私は呆れてしまいました。ダメ押しとしてムシゴロウは琥珀を拾いまくります。

いやあ、琥珀って石の状態で堆積しているもんなんですねえ…ってそんなわけはありません。私は日本で琥珀を産出する岩手県久慈市にある琥珀博物館 に電話して問い合わせてみました。すると、久慈では地層の中に埋まったものを掘り出していることがわかりました。確かに富山県の越中宮崎の翡翠海岸のように石の状態で産出する箇所はあるにはあるのですが、その琥珀は遠くから川や海の流れにのって運ばれてきたものだということです。上の状態になっているのは皆無と言ってもいいでしょう。実際私は大学3年生のゴールデンウィークの時期に富山県を旅行したことがあり、その時宿泊したユースホステル天香寺のペアレントさんの案内で越中宮崎の翡翠海岸で翡翠を拾いに行ったことがありますが、全然見つかりませんでした。翡翠海岸に転がっている翡翠は元々姫川の上流にある鉱床が川の流れで削られて運ばれた物ですので、運が悪いと空振りに終わることもあるのです。



以上のことから、新作ヤッターマン第57話のような状態で琥珀が見つかるとは到底思えません。今回の脚本を書いたのは本田雅也ですが、話の進め方から考えて、本田が脚本でこういう情景を指定したのを作画神が何も調べずに絵にしたと思われます。本田は宝石がどのようにして採掘されているのを知らないのでしょうか? ここは物語最大の山場と言うべき場面なのですから、きちんと調べてほしかったです。そういう発想がスタッフにまったくないということも驚きです。本当、日本のアニメやドラマは質が悪くなりました。今はなんでもインターネットなどで検索できるはずなのに、使いこなせていないようです。昔はそんなに技術が発達していませんでしたが、スタッフの想像力は今の作品よりもあったと思います。今は高度な技術に頼り過ぎてしまい、想像力が欠落していると思います。だから、視聴者の胸を打つ作品が皆無なのでしょう。上から目線の作品が目立つのでしょう。一度娯楽とは何なのかをテレビのスタッフは考えるべきだと思います。


いよいよ今月で最終回を迎える新作ヤッターマン。もっと早く決断すべきでした。この期に及んでも似非ファンは製作陣をかばっていますが、良い作品が納品されない現状を追認していては何の解決にもなりません。



さて兄さん の書いた記事 で知ったのですが、シネマトゥデイ に“ドロンジョ様が号泣の素顔公開!32年続いた「ヤッターマン」がついにグランドフィナーレ!! ”という題の記事が載っています。ドロンジョの素顔を見せるのを最終回に向けての盛り上げに活用しようというのです。ふーん。でもねえ、旧作のヤッターマンではドロンジョ様はしょっちゅう素顔を見せていたんですけどねえ。確かに新作では見せていなかったんだろうけどさあ。さらに、9月は3話連続の話にするそうです。でもどうせ脚本を書くのは高橋ナツコなんでしょう? 今までの話を見てきて痛感したんだけど、この人に3話連続ストーリーを盛り上げるだけの力量があるとは到底思えないんですけどね。この程度の小者が幅をきかせていること自体、日本のアニメ界が末期症状にあることをよく表していると思うんだけどね。アニさんは「麻生的」とおっしゃっていますが、私に言わせれば高橋ナツコはアホータロウよりさらに小者の山本一太クラスです。赤尾でこは石原伸晃。武上純希は安倍晋三です。ついでに笹川ひろしさんは海部俊樹。笹川さんはそんなに罪はないと思うのですが、総監督と言う立場で彼らにお墨付きを与えていましたからねえ。



大体、高橋ナツコは仕事し過ぎです。wikipediaによれば、去年と今年はこれだけの作品を手掛けています。


・ヤッターマン(2008年 - )

・毎日かあさん(2009年)

・07-GHOST(2009年)

・極上!!めちゃモテ委員長(2009年)

・ヒゲぴよ(2009年)※チーフライター

・東京マグニチュード8.0(2009年)

・switch(2008年)※脚本監修

・メジャー4thシーズン(2008年)

・二十面相の娘(2008年)

・西洋骨董洋菓子店 ~アンティーク~(2008年)

・キャシャーン Sins(2008年 - 2009年)

・アスラクライン(2009年)

・劇場版BLEACH Fade to Black 君の名を呼ぶ(2008年)

・サファイア リボンの騎士(2008年 - 2009年)※脚本のみ


しかし、新作ヤッターマンのように粗製乱造であることは完全に否定はできません。昔の脚本家も上原正三さんや長坂秀佳さんのように多作でしたが、ここまで中身のない作品を量産したりはしませんでした。長坂さんは上原さんが「週に8本書いた」と言っていたのを噂で聞き、一度抜いてやろうと仕事に精を出したことがあるそうですが、作品の質を保つためにドラマや特撮の仕事ほど力を入れずに済む構成台本の仕事もして抜いたそうです。作家としてのプライドがあるのなら、当然のことながら、書いた作品の質にも注意を払うべきです。私はアニメをほとんど見ませんが、新作ヤッターマンでの仕事ぶりを見る限りでは、高橋ナツコがそういう矜持を持っているとは到底思えません。またその程度の小者が売れっ子になってしまうこと自体が問題だと思います。



だいたい、制作現場が厳しいから酷い作品を作ってよいわけではありません。見てくれる視聴者に失礼です。それに名作と言うのは厳しい現場から生み出されたのです。仮面ライダーは巨大ヒーローにする予算も光線を作画する予算もなかったため、等身大のヒーローが生身で格闘する作品になりました。本当に予算がなかったため、本郷猛の衣装は藤岡さんの私服が多かったそうです。途中巨大化させる話も局から出たのですが、平山プロデューサーが頑として応じませんでした。また放送前に事故で主役の本郷猛を演じた藤岡弘さんが出演不能になるという、番組続行自体が不能になるかもしれないアクシデントに見舞われ、これまた局が本郷猛を殺して藤岡さんの降板させるよう平山さんに言ってきたのですが、平山さんはこれもはねのけ、藤岡さんの治療中は佐々木剛さんを一文字隼人として出すことにしたのです。もし局の提案通りにしていたら、仮面ライダーはあれほどの人気番組にはならなかったでしょう。ダブルライダーがライダーダブルキックを放つという名場面は生まれなかったでしょう。さらに組合活動が盛んだったために大泉学園の撮影所が使えず、大泉学園から遠く離れた生田の山の中のスタジオを借りて作っていました。そのスタジオでさえ、何もなかったそうです。そんな惨状の中、仮面ライダーは作られたのです。



番組を制作するにはこれくらいの見識が必要なのです。現場が厳しいからというのはただの言い訳にすぎません。厳しかった現場の話を聞いて「自分が間違っていたことを知りました」と言って、粗悪な作品を批判することをやめるのは間違っています。どんなに苦労しようと粗悪品は粗悪品なのです。粗悪品しか作れないのなら、思い切って制作をやめて仕切り直すというのも一つの見識です。実際、平山亨プロデューサーは「妖術武芸帳」を打ちきって「柔道一直線」を始めたり、「ロボット110番」を打ちきって「がんばれ! レッドビッキーズ」を始めて盛り返しています。「太陽にほえろ! 2001」の惨状を見て、このシリーズ制作を以後行わないことを決断した岡田晋吉さんの例もあります。名人と言うのは作品の質に誇りを抱いているのです。そしてその質を保てない事態に陥った時は潔く撤退するものなのです。仕事に誇りを抱いているのなら、そうすべきです。



なお、今後の予定は第58話「ヤッターメカ全滅だコロン!」(9月13日放送)、第59話「ドクロベエ復活だコロン!」(9月20日放送)、最終話「さらばドロンボー今度こそ解散だコロン!」(9月27日放送)だそうです。