ついに新作ヤッターマンが終わりました。観終わって思ったことは、この話、三部作にする必要はなかったのではないかと言うことです。旧作だったらたったの1回分で済む話を3回分に引き延ばしに引き延ばしたため、全体に空虚な展開が目立ったのです。すりおろしたとろろを味噌汁でのばしますが、印象としてはとろろが1で味噌汁が2と言った具合でしょうか。無駄なシーンを削れば1回で済んだでしょう。それもこれも最終回の脚本を書いたのが高橋ナツコだったからです。最終三部作の筋立てを考えたのも彼女だったのでしょうが、よくもまあこんな酷い話を考え出したものです。ガンちゃんがアイちゃんに告白する場面もくだらない邪魔を入れてぶち壊し、「ドロンボーが解散するけど実は…」という場面も余計なシーンを入れて白けさせてしまいました。本当にこの人は娯楽と言う物をわかっていません。こんなものを見て佐助氏はどうするのでしょうか? もしこんなものも「最高でした」と褒め称えるようであれば私は彼を軽蔑します。
ところで偶然にも、昨晩ファミリー劇場で特捜最前線の最終三部作を放送していました。三話とも脚本を書いたのは長坂秀佳さん。三部作でありながら主役は橘→桜井→神代と移って行きます。
まず橘が死刑囚尾崎(大地康雄)が犯行を自供した事件の中にただ一件、金貸し殺しだけは尾崎が犯行を行なっていないとにらみます。橘は尾崎のところに日参するなど捜査を敢行。並行して橘の二人の息子と橘との対立と和解が描かれます。そして橘の睨み通り、事件の真犯人が東署の警察官上岡(中康治)であることが判明。上岡は逮捕されます。ところがこれで事件が解決したわけではありません。尾崎は上岡しか知らないようなことまで自供で話していました。なぜ尾崎は上岡しか知らないようなことを話すことができたのでしょうか。また上岡は殺した金貸しから借りた金を何に使っていたのでしょうか。この謎が残ったまま2話目に入ります。
2話目では上岡の弁護を桜井の父が担当することになり、必然的に主役が桜井に移ります。桜井の父は大物弁護士で蓄えもない平巡査の弁護を引き受けるような人物ではありません。この事件の裏には何かがある。桜井の父に仕事を依頼したのはなぜなのか。そして桜井の父はなぜそのような仕事を引き受けたのか。事件を調べていくに従って、事件の裏には東署の不正体質があることが浮かび上がります。そして桜井の父が仕事を引き受けた真の目的があかされ、事件は解決したかに見えましたが…ここで3話目に入ります。
神代は東署の事件の捜査について上層部からの査問を受け、さらに特命捜査課解散の噂まで流れます。特命課の面々がそのことについて話しているところへ神代がラフな格好をして現われ、拳銃を持ち出して出ていきます。神代は東署、暴力団、宗教団体、政治家の事務所を次々と襲います。特命課は神代の暴走の意図がわからず、皆神代が発狂したものと思いますが、神代が暴走して襲った先を調べていくうちにある事実が浮かび上がってきます。事件の背後には警察、暴力団、政治家との癒着関係があったのです。
長坂さんが脚本を書いただけあって3話とも無駄なシーンは一切ありません。シーンだけではなく登場人物さえ無駄な人は出てきません。拘置所の看守、東署の平巡査さえ、ドラマで重要な意味を持つセリフを話すのです。ドロンボーの夢を語るシーンなどで無駄な時間を浪費したのとは大違いです。高橋ナツコ・武上純希らは特捜最前線の最終三部作を見て、三部作の脚本をどう書いたらいいのか、よく勉強すべきです。長坂さんが如何に心血を注いで書いたのかを知るべきです。終わりよければすべてよしと言いますが、如何にして物語を締めくくるのか、それが大事なのです。ここまで読んで似非ファンは、刑事ドラマとアニメは違う、と言いだすでしょうが、どちらも同じ娯楽という点では代わりがありません。長坂さんはドラマだけではなく、特撮番組やアニメ番組の脚本を書いています。そしてどの作品でも長坂さんの作風や姿勢は変わりがありません。面白いものであればいいのです。新作ヤッターマンは面白くないから問題なのです。
ただ、特捜最前線の最終三部作で残念な場面があります。それは紅林(横光克彦)と叶(夏夕介)が「二人の刑事が死んで、三人が辞めた」と回想する場面です。実際の映像では婦警の高杉幹子(関谷ますみ)の退職場面が流れた後、津上(荒木しげる)→滝(櫻木健一)→吉野(誠直也)→船村(大滝秀治)の退職もしくは殉職シーンが流れます。ところが、セリフを良く見てください。紅林と叶は刑事のことを話しています。なぜ婦警である高杉幹子が登場するのでしょうか? 実は、特命捜査課には高杉幹子が赴任する前に彼女のいとこである高杉陽三(西田敏行)と言う刑事がいたのです。どうやら長坂さんは高杉幹子ではなく高杉陽三を指定したかったようなのです。それが証拠に最終回の脚本では該当場面では一番最初に「高杉」が登場すると指定されています。さらに長坂さんの他の脚本では高杉陽三を「高杉」と書き、高杉幹子は「幹子」と書いているのです。長坂さんは第351話「津上刑事の遺言!」にもこの時点で特命課にいなかった高杉陽三、滝、津上を登場させていますから、最終三部作でも高杉陽三を登場させたかったに違いありません。この作品の不幸は、最終回の演出を行なった宮越澄氏が高杉陽三がいた頃は演出に参加しておらず、彼の存在を知らなかった(らしい)ことにあるのかもしれません。またプロデューサーの阿部征司さんも末期からの登板で、同じく高杉陽三の存在を知らなかったようです。画竜点睛を欠く状態になり、残念でした。
というわけでしばらく新作ヤッターマンについてあれこれ書いてきました。長い間、ありがとうございました。とはいっても、このブログが終了するわけではありません。やりかけのネタが残っていますし、そして新たなネタを見つけて書いていこうと思います。





