自分。猫も。 -11ページ目

今の自分。

最近。


人と話す

本を読む

他人のブログみる

など


外からの刺激によって

考える機会が増えている



自分は「言葉」を知らない

(教養がないのはもちろんのコト・・・いや、そんなコトより言葉が持つ本当の意味をわかっていない。要は考えていない。)


何も考えていない

(浅い考え。結局肝心なところで逃げている。自分にきっちり向き合っていない。自分の考えがあるようで実はない。「まっすぐ」ではなく「蛇行」した考え。)


何も見えていない

(視野が狭い上に、視界に入っているだけで実際観ていない。自分のことしかみていない。自分のことすらみえていない。)




いろいろ考えている。(考え始めている)



今、現在は・・

言葉を発することが怖く思える。


軽々しく言葉を発することができない。

何もわかっていないクセに、何も(本当の意味で)考えていないクセに何様じゃ!

どうしたいんじゃ、オマエ!!

と自分が嫌になる。

無責任に言葉を使えない。


発言だけでなく「聞く」ことも、

正確に言えば「聞こえてくる」言葉にも嫌気が差している。

職場では休憩時間に他人の噂話や冗談、TVの音等が耳に入ってくるのも

不快に感じてしまう。

(自分の心の問題やのに何て自己中心的な感じ方なんや・・・)



自分がとてもちっぽけに感じる。

(実際ちっぽけであるが、単なるちっぽけではなく自己否定的な意味で。)

人や状況に影響される。

やはり自分がナイ。ということか。



すごく根暗状態に思えるけど、こうやって自分を見つめることで

それらを考えることができる。

暗くもあり前向きでもある感じやな。



子供の頃から自分の考えではなく他人の考えを考えて生きてきたからだな。

今頃になってようやく自分を考えるようになった。



気づいて考えること。

考え続けること。

今、それが楽しかったり疲れたり。


しかし、楽しいのだと思う。



追記:いや、楽しくもあり苦しくもあり・・・やな。


楽しい時間。

アマゾンさんで注文していた本達が届いた♪


自分。猫も。



読書は著者との対話である。

        と

以前何かで聞いたことがある。



と言われつつもそんな風に感じたことはあまりない。



しかし

この人の本は


読みながら感じる。

読みながら考える。

読みながら自分の意識を知る。

著者との対話に加えて自分自身とも対話しているかのような・・・。



でも、結局わからないことだらけであるんやけど。


それでも

それだからこそエエのだな。



楽しい時間だ。






おもしろい。

昨日購入した本、1冊読んでみた。


自分。猫も。
この人、おもしろい。


目次みて購入したんやけど
自分。猫も。
↑目次の一部


とても興味深かった。


自分の考えていること

わかること

わからないこと

は一体何だったんだ!

表面上のみの思考や。



中学の頃から

「自分は何で他の誰でもなく自分なんやろう」

と考えていた。

「自分はなぜ、この身体(肉体)で精神(自分)を持っているんやろう」

と。


でも、答えには1ミリも近づけないまま現在に至っている。

誰に聞いても自分の納得いく答えを得たことはなかった。


この本はそういったコトも述べていた。



直接的な答えが書かれている訳ではないけど

「考える」ということを考えさせられた。

考えたいと思った。



1回読んだだけでは理解できていない。

また読みたいと思う。


この人の本を他にも読んでみたいな。

アマゾンさんで注文するか。




しかし・・・・

この人は(もう亡くなっているけど)、人を批判することで自分も批判されているみたいだな。(ある件で)

いや、この人の考え自体を批判している人もいるみたいだな。

自分は、この人の考え方が好きと思えたし関心が持てたし他の本も読みたいと思えた。

当たり前やけど、考え方は人それぞれやな。





追記:自分は何も知らないで↑(しかし・・・以降)ネットで調べたことを書いたが・・・

何にも知らんのに、こんな意味のないコトを書いてしまった自分が嫌になった。

誰が誰を批判しようと関係ないし、そんなコトに目を向けてしまった自分自身に嫌悪感を抱いてしまう。

自分が、池田晶子さんを尊敬し好きであるということに変わりはないのだからな。

本を読む度に、この人の言葉を聴く(読む)度に、感動を覚える。

言葉は生きているな。


本読むぞ。ヒマな時に。

今日は、友人と免許の更新に行ってきた。

あんなキモス(←証明写真)な免許証を5年間持ち続けなければいかんのは残念だな。

ま、しょうがない。



本を買った。


自分。猫も。
↑これは仕事上、知識を深めた方がいいと思ったので買った。



自分。猫も。
↑これらはパラパラめくってみて興味があったので。



本って、なかなかじっくり読むという機会が少ないけど

ヒマな時間を有効に使えるのがエエよな。

待ち時間とか。特にエエわ。



人。

仕事終わって、職場の仲間と ある人のお通夜に行ってきた。


そこで

1枚の写真を見せてもらった。


それ見ておもった。


人間は

子供であろうと

大人であろうと

歳をとろうと


何かを「失う」こと

不本意なこと

不自由であること

いろんな「負」を


(心の中ではどんなに苦しもうとも)


認めて

受け入れて

こらえて

生きているんやな


そんな中でも

幸せを見つけて

感じることができて

生きている


一人では感じることができない


想ってくれる人がいるから

想う人がいるから


生きるということに向き合えるんかな



・・・・・

1枚の写真から

自分勝手に考えてしまった。



自分には

足りないものを感じてしまった。





感情に対する責任。

最近、いろいろ考えていろんな感情が生まれる。


生まれて消えていくものもあれば

消えない感情もたくさんある



感情が生まれて、自分の意識を確認したり深く考えたり考えんかったり・・・・



消えない感情がたいてい「暗い」のは何でやろう。

あたりまえか。

自分の中で解決されない物事に対する感情やから・・・

そんな感情は押し殺したくなるけど・・・

それでは意味がない。



マイナスに考える(考えて終わる)のはセコイよな。

セコイ・・・え~っと、ズルイ。な。


自分の考え・感情・意識に責任を持つ。

向き合い方というか・・・・

「認めること」

「受け入れること」

も合わせて。



どんな感情が生まれて、どんな想いが生まれても

きちんと「自分」を持っていれば

向き合うことができるし戻ることができる。

進むこともできる。



(人間、「何か」にとらわれたり惑わされたりするのも仕方ないが・・)

自由に考えることができるのだから

(自由=責任)

思考の中でも責任を持って「自分」を生きたい。




うだうだうだうだ・・・・

「うそ」「偽り」はいらん。



雪。

今日はお休み♪

ゴミ捨ての為、外に出ると・・・

「!!!!!!!!!!!!」

一面雪だった( ̄□ ̄;)!!

ちょっと朝からテンション上がったぜ。


いや~、しかしこんな日に仕事じゃなくてよかった~^^

・・・・・・・・・・・・・・

と思ったけど、野暮用で職場に行かねばならんかった。

チッ・・・


ま、でも昼からなので

それまでグダグダした。


猫は、私の布団の上でいつまでもちんたらしていたけど
自分。猫も。

私が、プチ庭を覗いていたら・・・

自分。猫も。


見にきやがったわね!
自分。猫も。

そういや、おまえ・・・

こんな雪見たんはじめてなんじゃないんか?




職場に行ったら

「こんなに雪が積もったんは25年ぶりやとTVで言いよった。」

と言っていた。


ほほぉぉ~そうどすか。

そりゃ、猫も見たことないハズだな。




仕事から帰る時、19時前だったけど

車のフロントガラスが凍っていた!

こんな時間に何でやねん!

こんなん初めてじゃ!


伝えるコト

そっとしておく=何も言わない


これは・・・相手にこちらの想いが伝わるのか?

仮に伝える必要がないとしても

その人は本当にそっとしておいてほしいのか?

他人のコトやし本心はわからん。

でも

他人だからこそ余計に

「言葉」にしなければ何も伝わらんし何もわからんのじゃないんかい!


自分勝手に相手の心を推し量って・・

何らかの「伝えたい想い」は持っているのに「言わない」

それでエエのか?


そっとするよりも言ったらええやん!!

最近、仕事上で思うことがあった。

ま、人それぞれいろんな考えがあるし、自分は言いたいだけ。



と思いつつも、タイミングが悪くて自分はまだ中途半端にしか言えてない。

今度、チャンスを伺ってドカンと言ってやろう。(伝えたいと思う。)


しかし・・・・

時間が経つにつれて自分の中の熱い気持ち(考え)がだんだんと薄れていく。

(さめていくというか・・・)


時間というものは「熱」を奪っていくな。





ドライカレー

今日、職場でお昼ご飯を食べながらTVを観ていたら

「ドライカレー」を作っていた。

それ観ていたら・・・

「今日の晩御飯はコレしかない!!」

と激しく思った。


ピーマンとパプリカを大きめにカットして使っていたのが

スゴクおいしそうに見えた。

あまりしっかりとは観てなかったので

いいかげんにマネして作った♪


自分。猫も。
ちょっとパプリカ盛りすぎた^^;



食べた感想は・・

「大きめにカットしたらこんな感じになるのか。なるほど。あまり好みではないな。」

味は普通。(テキトーだから。)

隠し味が砂糖というのは覚えていたので入れたけどな。

悪。

今日は、職場の人が手作りグラタンくれたので晩御飯に食べた。


自分。猫も。


昨日の晩にメールで「グラタンを持っていくわ」と言ってくれていた。

最初、メールみて・・・

「ありがたい」

  より

「申し訳ない」

と思えた。


人から受ける「親切」「好意」「気遣い」「やさしさ」は

うれしいしありがたいけど

まず最初に思ってしまうのは

「自分のような人間に・・・そんな風にしてくれなくていいのに。」

だ・・・。

「不意」である程、特にそう思える。


何でそんな風に思えるのか?

自分が自分の事を「悪」と見ているからか。


こんな最低な自分に良くしてくれるのは「悪い、申し訳ない」と思える。


昨日、久々に姉からも電話が掛かってきて・・・

自分のコト気遣ってくれて・・・

同じ様に思えた。


「悪」とか「罪」って、赤ちゃん以外はどんな人間にも存在すると思う。

「知る」コトによって。

何も知らない何も気づかない人が何か「悪い」とされることをしてしまっても

それは「悪」ではないと思う。


自分は、思想・思考面が「悪」やと思う。

「最低やな」と思えてしまう考えに気づくこともよくある。


気づいて考えを改めることもあれば、道徳的な考え方に改めようとしても「偽善的」に思えて考えを変えなかったり・・・・。

自分の気持ちがなければ「ウソ」になるし。

「ウソ」は嫌。


でも・・・

いろいろ考えても、結局自分の都合のいいように考えてしまっているような気がする。


そうならんようにせねば。


しかし・・・

ブログつけていたら

自分の「浅はかさ」に気づく。