呼吸生理学で「拡散 diffusion」という場合、肺胞気の酸素分子が血液中のヘモグロビンに結合するまでの過程を意味している。肺胞気から血漿への酸素の移動は物理学的な「拡散」でなされるが、血漿に溶解した酸素がヘモグロビンに結合する過程は化学反応を伴なう。また、毛細血管内を肺血流に乗って移動する。そのため、欧州では物理学的な「拡散」と区別するために「輸送transfer 」という語が用いられている。私自身は「輸送」が適切だと考えるが、混乱を避けるために日本での慣例に習い、「拡散 diffusion」という語を用いる。

 我々が知りたいのは酸素の輸送であるが、血液中にすでに存在する酸素と新たに摂取された酸素を区別することはできないため、肺拡散能検査では、大気中にも体内にも本来は存在していない一酸化炭素(CO)が標識ガスとして用いられる。DLCOのCOは一酸化炭素を表している。

 

1.肺胞気から血液中への酸素の移動

 従来、肺拡散能は、ガスが肺胞気から毛細血管内の血漿に移動する過程と血漿から赤血球内のヘモグロビンに結合する過程の2つに分けて考えられている。前者を肺胞膜成分、後者を血液成分と呼ぶ。膜成分は肺胞壁の表面積に比例し、肺胞壁の厚さに反比例する。肺気腫でDLCOが低下するのは肺胞壁が破壊されて表面積が減少するためであり、間質性肺炎や肺線維症でDLCOが低下するのは肺胞壁が肥厚するためである、と既存の教科書には書かれている。

 しかし、このような説明は、血液が静止した状態が想定されている。「血液成分」として登場するのは血液量であって、血流量ではない。実際の肺胞では、図1のように、血液が常に流れており、肺胞気から血液中に移動した酸素は血流に乗って心臓へと運ばれる。

 

      図1.肺胞内で酸素が運ばれる過程

 

2.肺血流量とDLCOの関係

 運動時にDLCOが増加することはよく知られている。教科書では血液量が増加するからとされているが、血液量の増加はうっ血を意味しており、運動時の血行動態と矛盾する。運動時のDLCOの増加は肺血流量の増加で説明されるべきである。

教科書には、肺拡散能(DL )は次のような式で表されている。

1/DL =   1/DM + 1/(θ・Vc)               式(1)

Mが膜成分、Vcは血液量、θは酸素とヘモグロビンの結合係数である。

この式に、肺血流量Qを加えると、

    1/DL  = 1 / (DM+βQ) + 1/ (θ・Vc +Q)   式(2)

となる(βは酸素の溶解度)。

 肺血流量が膜成分と血液成分に比べて無視できるほど小さい場合は、式(2)は式(1)と同じになる。逆に、後者が前者に比べて無視できるほど小さい場合は、式(2)は

      DL  = C1・Q + C2

となる(C1, C2 は適当な定数)。

  これは、ECMOを用いて肺血流量とDLCOの関係を調べた実験論文にも合致し1)、肺亜細葉モデルによる気流血流拡散シミュレーションの結果とも合致している2)。ただし、文献1では、肺血流量は肺血流量の基準値の2%から50%の範囲に限られ、得られたDLCOの値は臨床的な基準値の10%程度のほぼ一定の値だった。式(1)の妥当性を主張する結論であるが、なにゆえ、血流量を50%以下に限定したのか、得られたDLCOの値が過小なのかについての説明は記されていない。文献1と2より、DLCOと肺血流量の関係は図2のように推定される。DLCOは、肺胞壁の状態を反映しているのではなく、肺血流量の指標であると考えるべきである。

 

   図2.DLCOと肺血流量の関係

 

3. 呼吸器疾患とDLCO

 間質性肺炎や肺線維症におけるDLCOの低下は、虚脱した肺胞を流れる血液が「肺内シャント」となり、有効肺血流量を減少させるためである(間質性肺炎における肺胞虚脱については、本ブログ「間質性肺炎」で解説している)。このとき、低酸素血症にはなるが高炭酸ガス血症は起こらない。教科書には「炭酸ガスの拡散係数は酸素の20倍なので、拡散障害の影響は出ない」と説明されているが、この説明は誤りである。肺動脈血と肺静脈血の酸素分圧の差は約60Torrで肺以外に酸素を取り入れる場所はない。しかるに、肺動脈血と肺静脈血の炭酸ガス分圧の差は約5Torrしかなく、重炭酸イオンの形で腎臓からも排出される。そのため、肺の血流障害の影響は酸素分圧に強くあらわれ、炭酸ガス分圧にはほとんど現れない。

 肺気腫では、肺胞壁が破壊されて肺血管床が減少していることはよく知られている。肺気腫でDLCOが低下するのは肺血流量の減少が原因と考えるべきである。ただし、前述したように肺血管床の減少では高炭酸ガス血症は起こらない。肺気腫で生じる2型呼吸不全の原因は弾性力低下による換気不全である。

 

 

文献:

1. Borland C. et al. Can a membrane oxygenator be a model for lung NO and CO transfer ? J. Applied Physiol. 100: 1527–1538, 2006.

2. Kitaoka H. Diffusion capacity of carbon monoxide (DLCO) is not related to diffusion in the alveolar membrane but an index of effective pulmonary blood flow rate: A theoretical study. AJRCCM. 197: A5841, 2018.