肺に起こる炎症が「肺炎」で、肺炎は「肺胞性肺炎」と「間質性肺炎」に分けられます。肺炎の多くは「肺胞性肺炎」で、原因は細菌性がほとんどです。細菌が肺胞腔内で繁殖し、肺胞腔内に滲出液が溜まるのですが、細菌が死滅して、浸出液が痰として喀出されたり、組織内に吸収されたりすると、肺は元に戻ります。一方、間質性肺炎は細菌性でない場合が多く、治療に難渋します。ここでは、間質性肺炎を取り上げます。

間質性肺炎には、原因が明らかなものとそうでないものがあり、後者は「特発性」と呼ばれます。原因としては、ウイルスやマイコプラズマ、薬剤、放射線などがあり、それぞれ原因を冠した名称で呼ばれます(たとえば、ウイルス性間質性肺炎)。

 

間質性肺炎の「間質」は解剖学用語で、「実質」と対をなして定義されます。

「実質」は臓器の機能が営まれる部分で、間質はそれ以外の部分、ということです。肺の機能はガス交換ですから、肺胞が存在するところが「実質」で、肺胞がない部分が間質ということになるはずです。具体的には、気管支や肺動静脈などですが、おかしなことに「間質性肺炎」の間質は肺胞壁を指しています。どう考えても理屈に合わないのですが、定義のあいまいさとは別に、間質性肺炎の形態は肺胞性肺炎と明らかに異なり、明確に区別することができます。詳しい説明は専門家コースで行なうこととして、肺胞壁の形が変わらないのが肺胞性肺炎、変わるのが間質性肺炎、ということで、話を進めます。

さて、間質性肺炎で肺胞壁の形はどのようにかわるのでしょうか。教科書では、図2_3_1のように説明されています。つまり、肺胞構造の骨格は不変で、肺胞壁の厚みが増す、ということです。

図2_3_1.間質性肺炎の病理像の模式図

 

しかし、この図に表された肺胞壁の変化は、個別の肺胞を経時的に観察して得られた知見ではありません。たとえば、動物の皮膚に癌を発生させ、それがどのように変化していくかを観察することは可能ですが、実験動物の肺胞壁を個別に識別してそれがどのように変化していくかをライブ画像として観察することは不可能です。したがって、図2_3_1の変化は、異なる個体の異なる時相の病理標本の所見をつなぎ合わせて得られた「仮説」、ということになります。

 

間質性肺炎のCT画像は、図2_3_2のようなすりガラス陰影が特徴的です。

 

図2_3_2. 急性間質性肺炎のCT像

 

よく見ると、すりガラス陰影と健常部(黒色の部分)の境界が内側に凸になっています。これは、すりガラス部分の容積が減少して境界が変位したことを意味していますが、図2_3_1の説明では、容積が減少することが説明できません。容積減少が起こるメカニズムは何なのでしょうか?肺胞壁の変化は本当に肥厚だけなのでしょうか?

 

この問いに答えるためには、肺胞が呼吸中にどのように動くのか、間質性肺炎の際はその動きがどのように変化するのか。を知る必要があります。詳細は専門家コースで説明するとして、要は図2_3_3に示すように「肺胞壁の肥厚とされている部分には、つぶれた肺胞の肺胞壁が折り重なっている」というのが答えです。折り重なった肺胞壁が損傷を受けて炎症反応が起こります。また、つぶれた肺胞は容積0なので、肺の容積が減少します。

つまり、間質性肺炎の正体は「肺胞虚脱性肺炎」(コペルニクスポイント6)なのです[1]。

 

 

肺の構造機能の章で説明したように、肺胞が最小容積になると肺胞口が閉鎖します(コペルニクスポイント3)。肺胞口が閉鎖すると肺胞腔は気道との連絡が絶たれ、閉鎖空間になります。直径 0.1 mm 程度の小さな気泡が安定して存在するためには、強力な界面活性作用でもって表面張力を最小限にする必要があります。Ⅱ型肺胞上皮細胞が産生分泌する「肺サーファクタント」がその役割を担っています。肺サーファクタントが何らかの原因で欠乏すると、肺胞腔表面の表面張力によって肺胞がつぶれ(=肺胞虚脱)、そこを流れる血液が肺胞気中の酸素を取り込めないままに肺静脈に流れ込むため(肺内シャント)、低酸素血症に陥ります。肺胞構造の骨格自体が変化してしまっているので、炎症が消褪しても虚脱した肺胞は復元されず、呼吸機能の低下が一定期間、持続することになります。肺胞壁の修復過程で広範な線維化が生じると、「肺線維症」という状態になります。

 

「肺サーファクタント欠乏→肺胞虚脱→肺胞壁の炎症→低酸素血症」という過程は、いわゆる間質性肺炎だけでなく、急性呼吸窮迫症候群(Acute Respiratory Distress Syndrome;ARDS)とその典型的組織像であるびまん性肺胞傷害(Diffuse Alveolar Damage; DAD)に共通するものです。間質性肺炎のなかには、急性の経過をたどるものと数年の経過をたどるものがありますが、それは、肺サーファクタント欠乏の程度と期間に依存するのではないか、と考えられます。肺サーファクタント欠乏がどのようにして起こるのかは、間質性肺炎やARDSの原因によってさまざままなメカニズムがありうるでしょう。ある種のウイルスや薬剤は、Ⅱ型肺胞上皮細胞の肺サーファクタント産生(もしくは分泌)機能を障害すると考えられます。新型コロナ肺炎はこれに相当します(「新型コロナ肺炎」の章で説明します)。肺胞腔に分泌された肺サーファクタントのフォーメーションを変えて界面活性作用を損なうメカニズムが働いていることも考えられます。

 

肺胞虚脱は間質性肺炎の病理像、CT画像、呼吸機能のすべてにとってきわめて重要な現象ですが、教科書にはほとんど説明がありません。私は2002年のアメリカ胸部学会で「肺胞口は深呼気で閉鎖し、肺胞は閉鎖空間になる。肺サーファクタント欠乏下では閉鎖肺胞は虚脱する」と発表しました。そのときは、実験論文にもとづく理論的な考察だけでしたが、その後徐々に傍証が蓄積されてきました。しかし、2020年現在、学界は間質性肺炎やARDSと肺胞虚脱の関係を公式には認めていません。新型コロナ肺炎に関しても、肺胞虚脱と肺サーファクタントに言及する呼吸器研究者はほとんどいません。いったい、どういうことなのでしょうか。詳しくは「呼吸器疾患(専門コース)」の「WWの悲劇」で説明します。

 

文献:

 1.北岡裕子.呼吸器画像を4次元的に理解する.第9回:間質性肺炎.断層映像研究会雑誌 41: 105-109, 2014.