だからというわけではありませんが
私が動き出すのと同じタイミングで
背中を押してくれた感じです。
行動をしようと思います。
7/17の、山羊座での満月を目処に
下記新ブログへ移行して参ります。
私の望む世界の実現に、心から貢献することを
残りの人生を通して行い、しっかり思い出にしたい。
私が神様と約束して持ってきた「Calling」を、ちゃんと果たして行きたい。
私は地上に楽園をもたらしたい。
人が死を怖がらない世界
魂は死なないことを知り
でも、だからといってこの生をないがしろにするのでは決してなく
死の不安や恐れから自由になることで
エゴの束縛を外し
今あるこの生を、安心して、目一杯、より楽しんで味わい、一生懸命輝かせて生きることを、大切にする世界。
必要の無いまでに悲しみ過ぎることに、自ら人生の時間を費やし過ぎて、本来の目的からそれてしまわないように
逝った人達のためにも、自分や、自分に続く子孫達のためにも、自分の持ち分の生を良く生きることができるように
死を、忌み嫌い悪いものとして敵視し排除するのではなく
単なる(でも大きな)一区切りに過ぎないのだと
橋渡し(ミディアム)はいつでも存在するのだと
だから安心して生きようと
声を大にして言いたい。
そのための、窓口として
まずは今までのごちゃ混ぜブログ(笑)(←とはいえ、私の軌跡がたっぷり詰まった大切な記録&皆様へのエンターテイメントですw)から、
見えない世界、新しい世界へ通じること専用の、新しいブログへと、移行します。
☆
「ミディアムなんかもうやだ!」と言ってやめようとしたら
高次の存在や見えないものたちがあちこちから
「いいのかそれで?」
「違うんじゃないか?」と
手を替え品を替え
ちゃんと突っ込みを入れてくれました。
たとえ見えないものに対してでも、一度「自分の本音」をしっかり提示してみるって、大事なことなんだな、と思いました。
もやもやしているくらいなら、一度自分の思ったことをはっきり示してみる、それに対して相手はどう思うのかも、こちらが手の内を正直に明かして腹割って初めて、反応して返ってくるというもの。
「高次の存在なんだから、黙っていたって察してうまく対応してくれるはずだよね」では、駄目なのです。だって相手じゃないから。自分たちなんだから。世界は自分が創るものなんだから。自分の発することの反射なのだから、何も発しないでいたら、いつまでももやもやワケわかんないまま、違和感を持ったまま居たら、いつまでも違和感の世界に居ることになる。
またひとつ目の当たりにして、お利口さんになりました(笑)。(神様ありがとう)
有り難くて、申し訳なくて、ごめんなさいという気持ちいっぱいで、
(ごめんなさいというのは、バチが当たったから勘弁して下さいということではなく、自分自身の魂と、そこから繋がる「私の向こう側」の魂達を、大切にしなかったことに対して、申し訳なかった、ごめんなさい、ということです。)
恩返しをしたいと心から思っていた自分に
諦めないで自己実現をしたいと思っていた自分に
道=「Calling」に
気がつくことができました。
「そうだよな、やばいよな、私このままじゃ、何のために生まれてきたのかわからないまま、呆然とのんべんだらりとただ生きちゃうよな、それじゃ嫌だな、最期に後悔するだろうな」
そうも思いました。
「地球の為、人様の為」とかなんて、大それたことは言いません、いえ、半分はそういうのもあるかもしれませんし、それは大事な動機ですが、
「自分のため、自分がやはり楽しい、ワクワクするから」
この動機のほうが、若干大きいです。
このほうが長続きするし、主体性が保たれるし、自分に対して責任がある、人に左右されない分、やめないと思います。
扱う事が事なだけに
楽しいとかワクワクなんて言うと大いに語弊があるのですが
別れの悲しみや辛さが楽しいのではなく
そういうことって、あるんだと
宇宙には、あらゆる多彩な彩りの種類のひとつとして
こんなにも魂を成長させる「悲しみ」「分離へに対する感想」「一緒に居たいと思う」エネルギーが、体験が、在るのだと
それを味わえて、知ることができるというのは
魂の層がひとつ厚みを増す
深みと慈悲を、何にも体験しない魂よりも、ひとつ深く身に付けることになるのだと
そういう点が、ワクワクするのです。