「医師になる」という選択のリアル~国立大学医学部の知られざる実情~


「高校時代から医師になりたいと思っていた」学生はたった5割?


「子どもの夢はお医者さん」――そんな言葉を、私たちは保護者から何度も耳にしてきました。しかし、国立大学医学部医学科の現実は、多くの人が想像するものとはかなり異なります。

現在、医学部医学科に在籍する学生のうち、高校時代から自発的に医師を志し、その夢に向かって努力してきた学生は約5割にすぎないという実態があります。

4割は「いつの間にか」医師への道へ
さらに驚くべきは、その5割以外の学生のうち、約4割の学生が周囲からの期待や勧めによって「いつの間にか」医師を目指すようになったという事実です。

「成績がいいから医学部に行きなさい」
「医師になれば安定している」
「お父さんもお母さんもあなたを医者にしたいと思っている」

そんな進路指導、塾、親たち周囲の声に囲まれ、次第に他の選択肢が見えなくなり、気づけば医師になることだけが唯一の目標になっていた―。そんな学生たちが非常に多いのです。

 

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残り1割の葛藤
そして、残り約1割の学生は、未だに「医師になりたいわけではない」 と感じながら日々の学業に取り組んでいます。

「なぜ自分が今この大学の医学科にいるのか」
「この先、ずっと医学の勉強しながら医師として働くことができるのか」

そんな疑問を抱えながらも、一度始めた道を簡単には変えられないジレンマに苦しんでいます。

「自然と」医師を目指してしまった学生たち

さらに深く見ると、自発的に医師を志した最初の5割の学生グループの中にも、小さい頃から成績が良く、周囲から「あなたは医者になるべき」と言われ続けるうちに、いつの間にかそれが自分の夢だと思い込んでしまった学生が含まれています。

彼らは「人を救いたい」などという強い使命感からではなく、単に「成績が良かったから」 という理由で医師への道を歩み始めたのです。

 

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医学部生活の現実~考える余裕のなさ~
医学部に入学すると、そんな自己探求や葛藤にふけっている余裕は、最初の1年だけです。

2年次以降は、次々に押し寄せる試験、課題、研究、研修の日々。自分がなぜ医師を目指しているのか、という根本的な問いに向き合う時間的・精神的な余裕は失われていきます。

多くの学生のモチベーションは、次第に
「学内の友達に取り残されたくない」
「留年したくない」
という、より現実的で切実なものへと変化していきます。

 

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医学教育が問いかけるもの
この現実は、医学教育のあり方に重要な問いを投げかけています。

単に「成績が良い」という理由だけで医師を目指すことの問題点

医師としての使命感や倫理観をどのように育んでいくか

医学部入学後も、自己のキャリアについて真剣に考える機会の必要性

 

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高校生1年生からの総合型選抜対策

 

医師は単なる「職業」ではなく、人の命と直に向き合う特別な仕事です。だからこそ、医学を志す動機や姿勢は、将来の医療の質に直結する重要な要素なのです。

 

自分が重篤な病気をしたときに、どんな医師に診てもらいたいですか? 

医療の未来のために
もしあなたが医学部を目指しているなら、あるいはお子さんの進路として医学部を考えているなら、一度立ち止まって考えてみてください。

「なぜ医師になりたいのか」
「その選択は本当に子どもの意志か」

医学部のリアルな現状を知ることが、より良い医療の未来への第一歩になるかもしれません。
 

「中途半端」の先にあるもの~海外インター校からの帰国受験~


2年半という「ちょうど中途半端」な留学
小学生のころはクラスの中で成績が良いほうだった。父の駐在に伴い、中学1年の夏休みから約2年半の間、アジアのインターナショナルスクールに通った。現地ではESL(English as an Second Language)クラスから始め、なんとかメインストリームの授業についていけるようになった頃には、もう帰国が迫っていた。高校受験して、日本の高校に入学するために、父親の駐在期間を残して母親と一緒に先行帰国。

 

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「たった2年ちょっとじゃ、英語もネイティブレベルにはならない。日本の勉強だって塾でしてきたけど、明らかに進学校のそれとは遅れがある。なんていうか…全てが中途半端な気がする」

帰国直前、アプリを使って日本の中学1年生時代の友人にそうこぼした。自分がどこに所属しているのか、わからなくなっていた。

帰国生入試という現実
高校受験のタイミングで帰国。いわゆる「帰国子女」として、英語試験が優遇される帰国生入試枠で受験した。偏差値的には中堅の高校に合格できたものの、どこか腑に落ちない気持ちが残った。

「英語ができる帰国子女」というレッテルを貼られながらも、自分では「中途半端な英語力」しかないことを痛感していた。インター校では英語へた日本人とのコミュニティに閉じこもりがちで、ネイティブのように流暢に話せるわけではなかった。

 

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高校入学後、その「中途半端感」はさらに強まった。周りからは「英語がペラペラで羨ましい」と言われるが、内心では「この程度の英語力なんて、これから真剣に勉強する人の方がすぐに追い越せる」と思っていた。そもそも、英語の勉強は嫌いだった。トラウマのようなもの。

転機~「中途半端」を強みに変える道~
高1の秋、進路相談で担任の先生にこう言われた。

「成績はあまりよくない。でもあなたの経験は中途半端じゃない。むしろ、多様な環境を経験し、外国で苦労したからこそ見えているものがあるはずだ。帰国生としての経験を大学入試の総合型選抜で活かしてみてはどうか?」

その言葉をきっかけに、自分がインターナショナルスクールで経験した多文化の中で生きることや、言語習得のプロセスについて深く考察するようになった。これらを大学での学びにつなげたいと思うようになった。

新たな目標~英語力を武器に、しかし英語だけではない道へ~
今、私はこう考えている。

 

中学1年生から始める「総合型選抜」完全攻略ガイド: 将来の大学受験を見据え、中学時代に培うべき「5つの力」と実践ロードマップ

 

高校2年からは、中途半端だと思っていた英語力をさらに伸ばし実用的なレベルまで高める。同時に、海外経験で得た視点を、小論文や面接でしっかり伝えられるようにする。今からできる課外活動を探して、それを好きになる。

総合型選抜では、中途半端な経験だって問題ないしそれを語れる。完全なバイリンガルではないからこそ、言語習得の難しさやつらさと同時に、ちょっとしたおもしろさがあることを理解している。異文化の中で浮いていたからこそ、多様性の本当の意味を考えてきた。

「中途半端」だと思っていた自分の経験が、実はまわりとは違うと気づいた。英語がめちゃくちゃ上手な帰国子女の友達とは違う。だから意味がある。だからできることがある。自分は英語がいまいちだから日本での勉強もいまいちだって思っていたけど、帰国してから勉強していないからだけ。やる気が起きなかったのは親や英語のせいにして自分の目標を作らなかったから。言い訳して満足しようとしていただけだったのかも。自分に興味ないことを理解できてくると、興味あることが持ち上がってきた。興味あることをもっと深めていこう。

 

それから2年が過ぎた。

どんどんやりたいことが増えていき、受験前の今は時間が足りなくて困っている。

 

全面改訂版 子供の為に国際バカロレア校を選ぶべきか悩んでいる時に読む本: 学年別、進学のパターンとその実情

 

読んでくれているあなたへ
もし今、自分を「中途半端な帰国子女」だと思っているなら、それはきっと、もっと大きな何かへの途中なのだと思う。全てを完璧にこなせる人なんていない。むしろ、いろんな世界を少しずつ知っているからこそ、できることがある。

私はこれから、自分の「中途半端」を武器に、総合型選抜に挑戦する。同じように悩んでいる誰かが、この記事を読んで少しでも勇気を持ってくれればと思う。

だって、中途半端な経験の積み重ねが、私たちをユニークな存在にするのだから。
 

高知大学医学部キャンパスへの通学に関して

 

フォローしてくださっている方から詳細な内容が届きましたので許可を得て掲載します。

 

高知大学には、医学部として医学科と看護科がありますが、キャンパスは6年・4年間、岡豊キャンパスという大学病院の横のキャンパスになります。この岡豊という地区は電車がありません。通学に使用できるバスは朝の時間帯で1時間に2本程度。その他の時間帯には1時間バスがないことも。かなり利用に不便が生じます。

 

2年以降の医学部生は通常通学に自家用車を使用します。問題は、自動車運転免許証取得と、生活になれるまでの大学入学後の1年間でしょう。

 

アパート・マンションを借りる場合は、選択肢が2つあります。1つは、大学周辺に暮らすこと。徒歩圏内か自転車で5分程度の場所ですね。しかし、賃貸物件数が限られ、大学の周りにはスーパーマーケットがないなど、普段の生活に不便が生じます。自転車5分程度であれば悪天候時の問題も最初の1年間はがまんできそうです。ただ、居住者が大学生ばかりとなり同じ場所に同級生も多くなり、プライバシーに多少影響してきます。

 

※情報提供者さんは近隣へ入居されたようです。

 

もう1つは、大学キャンパスから離れた場所で賃貸物件を借りること。

電車バスが使えない地区が多くありますが、キャンパスから自転車で15分から30分程度かけて通学するのであれば住居の選択肢は広がります。しかし、大学入学後の梅雨前後など含めて悪天候時には非常に苦労します。つまり、バスが使えない場所はお勧めできません。

 

お勧めはやはりバスを利用した通学です。

高知駅につながるバスルート沿いには大きなスーパーマーケットや銀行などもあり、生活に不便はありません。たとえ1時間に1,2本のバスでも、登校には使えています。また、バスルート沿いには自動車教習所もあり、最初の1年間はかなり便利です。

 

大学入学時に大学からの住居に関する詳細な案内はないとのことなので、高知駅・大学病院を結ぶバスルートへの入居を強くお勧めするとのことでした。

 

岡山大学や広島大学、その他の中四国の大学キャンパスではキャンパスが便利な場所にありこのような心配がないようなので、自由に選んだ住居で大きな難点は生じないとのこと。そのため、あえて高知大学医学部の話しだけを掲載しておきます。

 

日本では、大学の通学に自転車を利用することは普通ですが、自転車は雨天ではめんどうになることから、やはりどんなに本数がすくなくても代替え手段のバスなどが利用できる場所に暮らすことは重要ですね。

 

なお、医師になって勤務医として通勤する場合にも自家用車は必要です。大学在学中に自動車免許を取得し、自家用車を持つことは医師になる準備の1つとされています。

 

EAL、ESL、ELLはいずれも英語が母国語ではない生徒を支援する校内教育プログラムを指しますが、微妙にニュアンスが異なります。

 

以下に詳しく説明します。(間違えているところがあればコメント機能で教えてください)

1. ESL (English as a Second Language) - 第二言語としての英語
これは最も歴史があり、広く認知されている用語です。

焦点: 「英語」そのものの習得に焦点を当てています。読み、書き、聞く、話すの4技能を集中的に学びます。

対象: 英語を「第二言語」として学ぶすべての学習者を指します。しかし、「第二」という言葉が、英語以外の言語を第一言語(母国語)とすることを暗に示すため、英語が第三、第四の言語である生徒にはやや不正確な表現となります。世界には子どもでも3か国語を普段使いする人も多くいます。

使用例: 「ESLクラス」「ESL教師」など、プログラムや教師を指す一般的な名称としてまだ広く使われています。

 

 

2. ELL (English Language Learner) - 英語学習者
この用語は、学習者そのものに焦点を当てています。

焦点: 「英語を学んでいる生徒」という個人を尊重した表現です。その生徒のバックグラウンドや能力を「英語ができない不足した人」ではなく、「新しい言語を獲得しつつある学習者」として前向きに捉えます。

対象: 学校では、支援が必要な生徒を指すための包括的な用語としてよく使われます。「彼はELLです」「当校のELLの生徒数」などのように使います。

特徴: 人々を表す表現として、より公平で包括的であると考えられており、近年、教育現場で非常に好まれる用語です。

3. EAL (English as an Additional Language) - 追加言語としての英語
これは最も包括的で、多言語主義を認める現代的な用語です。

 

 

焦点: 生徒が既に持っている言語能力を認め、英語をその言語に「追加」するという考え方です。英語を「第二」の言語とするのではなく、その生徒の言語レパートリーに「新たに加わる言語」として位置づけます。これにより、母国語を軽視せず、むしろ資産として捉えることができます。

対象: 英語が第二、第三問わず、母国語以外の言語として英語を学ぶすべての学習者を正確に表現できます。

特徴: カナダや英国、また国際バカロレア(IB)プログラムなどで特に好んで使われる用語です。日本のインターナショナルスクールでもこの用語が増えています。

 

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まとめ:比較表
用語    焦点    ニュアンス    主な使用地域・文脈
ESL    プログラム・教科    「英語が母国語ではない」という不足に焦点。やや古風。    北米(特に過去)、一般社会で広く認知


ELL    学習者本人    「英語を学んでいる」という学習プロセスに焦点。人物尊重。    北米の教育現場(現在、非常に一般的)


EAL    言語の追加    既存の言語に新たに加えるという資産として捉える。包括的。    カナダ、英国、国際バカロレア、国際的な文脈

 

 

なぜ用語が変わってきたのか?
用語が ESL → ELL / EAL と移り変わってきた背景には、教育哲学の変化があります。

不足モデルから資産モデルへ:

ESLは「英語ができない」という「不足」を補うという考え方でした。

ELL/EALは、母国語という貴重な「資産」を既に持っている生徒が、さらに英語という新しい「資産」を追加していると捉えます。これは、生徒の文化的・言語的アイデンティティを尊重する姿勢を示しています。

 

 

簡単に言えば、

ESLは「何を」教えるか(英語という科目)

ELLは「誰を」教えるか(英語を学ぶ生徒)

EALは「どのように」言語を捉えるか(既存の言語に追加する資産)

という焦点の違いがあります。

現在の教育現場では、ELL(学習者を指す場合)とEAL(プログラムを指す場合)がより正確で公平な用語として推奨される傾向にあります。

『杉森くんを殺すには』は、衝撃的なタイトルとキュートな表紙が特徴的な児童文学作品で、第62回野間児童文芸賞を受賞しています。高校生の主人公が抱える複雑な感情と、その向こうにある「自殺」や「依存」 といった重いテーマを扱いながら、多くの読者を惹きつけています。

以下が、この本のあらすじです。

主人公と衝撃の決意
物語は、高校1年生の主人公ヒロ(広瀬結愛)が「杉森くんを殺すことにした」と兄のミトさんに宣言するという、強烈なシーンから始まります。ヒロは幼馴染の杉森くんのことを、自分を苦しめる嫌な存在だと感じており、その思いを日記に15個もリストアップするほどでした。

 

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兄からの不可解な助言
この宣告を受けた兄のミトさんは、驚くべきことに、「今のうちにやり残したことをやっておくこと」と、「裁判所で理由を説明するために、杉森くんを殺すに至った経緯を日記にまとめておくこと」という2つの具体的な助言をします。ヒロはこの助言に従い、日記を書き進めながら、時折杉森くんに会いに行くという生活を送ることになります。

物語の核心と真実
実はこの物語の核心は、杉森くんが既に自死でこの世を去っているという事実にあります。ヒロの「杉森くんを殺す」という決意は、物理的な殺人を意味するのではなく、あまりにも辛い現実(杉森くんの自死)を受け入れられないヒロが、その記憶や事実そのものを心の中で“殺す(消し去る)”ことで、自分を守り、前に進もうとする心の葛藤と再生のプロセスを象徴的に表しているのです。

ヒロの苦しみと成長
ヒロは、杉森くんから精神的な依存をされ、その重みに疲弊し、距離を置いた結果、杉森くんを見殺しにしてしまったという罪悪感と後悔に苛まれていました。物語は、ヒロがそんな複雑な感情と向き合い、新しい友人との関係を築きながら、少しずつ傷ついた心を取り戻し、喪失を受け入れ、生きていく姿を描いています。

この本は、「依存と友情の境界」 や、「残された者の悲しみと向き合い方」 について深く考えさせられる内容となっています。巻末には自殺防止ダイヤルや相談窓口のリストが掲載されているなど、社会的なメッセージ性の強い作品でもあります。

 

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🎯 読むにあたってのアドバイス

対象年齢:出版社は中学生以上を推奨しています。内容的には中高生に響く部分が多いですが、大人が読んでも考えさせられるテーマを含んでいます。

読む前に:この本の真の面白さや感動は、ネタバレなしで読むことでより深く味わうことができます。ぜひ、予備知識を可能な限り入れずにページを開いてみてください。

『杉森くんを殺すには』は、衝撃的なタイトルとは裏腹に、読後には温かくも切ない読後感が残る作品です。重いテーマではありますが、ヒロの等身大の悩みと成長の物語に、多くの読者が共感し、勇気づけられています。