保護者にとって「とにかく英語が大事」という漠然とした焦りから、子どもに早期教育をさせたり、多くの教材を与えたりしても、「なぜそれが難しいのか」「なぜ子どもがつまずくのか」という本質的な理由が見えていません。

 

学習の動機として「入試のため」「将来のため」と伝えても、子どもが自分の実感として「英語で何をしたいか」が見えなければ、学ぶ意義は伝わりにくいのです。


では、どうすればよいのでしょうか?

この複雑な本質を子どもに教えるのは、実は大人が思うほど難しくありません。むしろ、固定観念の少ない子どもの柔軟な感性の方が、この「違い」を面白い発見として捉えられることがあります。

具体的には、まず「英語と日本語では、大事なことを言う順番が違うんだよ」という一点に集中させてみましょう。

例えば、子どもが「I ate an apple.(私はリンゴを食べた)」という文を習ったら、こんな会話をしてみてください。鍵は、言語を単なる「ツール」ではなく、その言語に宿る「世界の見方」として捉え直すことです。子どもが「I ate an apple.」と習ったら、「英語では『私が食べた』って先に言っちゃうんだね。日本語だと最後に『食べた』って言うのに、面白いね」と、違いそのものを発見する会話をしてみてください。文法の違いを「間違い」ではなく「おもしろい特徴」として好奇心を持って観察することが、外国語の本質に近づく第一歩です。

この違いを好奇心的に理解させること。これは難しいですが、子どものころであればちょっと練習するとうまくいきます。あえて、最初は英語と日本語の語順の違いに集中させます。

ここで重要なのは、「どちらが正しいか」ではなく、「どちらも自分なりの順序で物事を伝えている」という事実を、好奇心を持って観察させることです。「食べる?リンゴ?」という語順遊びは、英語の「V+O」の感覚を、日本語の土台の上で疑似体験させる最高の練習になります。

文法を「覚えるべき堅苦しい規則」としてではなく、「世界を伝えるための、おもしろい並べ方の違い」として提示する。この小さな気づきの積み重ねが、単なる「翻訳作業」から「英語的思考へのシフト」への第一歩となり、子どもの中に「外国語というもの」に対する本質的で直感的な理解を育んでいくのです。

 

👇子どもには英語も日本語もっておもったら、この選択肢を考える

 

壁にぶつかったら、思い切って「第三の言語」の世界を覗いてみる
英語学習が思うように進まず、同じ方法でぐるぐると回り続けていると感じたら、それは「外国語というもの」の本質を見失っているサインかもしれません。そんな時、一見遠回りに思えるかもしれないが、実は極めて有効な方法があります。それは、英語からいったん距離を置き、まったく別の言語、例えば中国語、韓国語、フランス語などを「かじって」みることです。

これは逃避ではなく、むしろ積極的な「語学学習」です。英語だけを学んでいる時、私たちは「日本語vs英語」という一つの対立軸に縛られ、両者の違いに苦しみがちです。しかし、第三の言語が視界に入る瞬間、状況は一変します。

例えば、中国語の「語順」は英語に近く(SVO)、そこに「声調」という全く新しい概念が加わります。韓国語は日本語と同じSOV型ですが、助詞の代わりに「助詞に似た格助詞」と「敬語の複雑な体系」が立ちはだかります。フランス語に至っては、英語と語彙が似ているのに、名詞に「性」があり、動詞の活用が驚くほど細かい。これらをほんの少し体験するだけで、「あ、世界にはこんなに多様な『言葉の仕組み』があるんだ」「英語と日本語の違いは、この広大な多様性の中の一つのパターンに過ぎないんだ」という気づきが生まれます。

この気づきこそが、英語学習に新たな風を吹き込むのです。別の言語の文法の壁にぶつかることで、「言語を学ぶとは、単に単語を置き換えることではなく、その言語独自の『世界の見方』を受け入れる挑戦なんだ」というメタ的な理解が深まります。そして、その経験を持って英語に戻ると、以前は単なる「間違い」や「不便な規則」に思えていた英語の文法が、「英語というフィルターを通した、合理的な世界の捉え方」として、ぐっと理解しやすくなるのです。

 

👇日本のインター校の場合は、英語教育でも日本語の心配はいりません。日本ですから。

 

そして、他の言語でさらに学ぶことが増えるよりは、英語は簡単だという錯覚すら起こします。そこがチャンスです。


「英語がうまくいっていないのに、さらに他の言語を?」とためらう気持ちはわかります。しかし、これは山登りで一旦引き返して別のなだらかなルートから登り直すようなもの。新しい視点を得ることで、最初のルート(英語)の全体像と、自分がどこでつまずいていたのかが、驚くほどクリアに見えてくるはずです。ほんの少しの冒険が、英語学習という長い旅を、より豊かで確かなものにしてくれるでしょう。

英語学習がうまくいかないのは、能力の問題ではなく、「違う言語を学ぶとはどういうことか」というメタ認知(学習そのものに対する理解)が不足しているケースが非常に多いのです。私たち大人がまずこの「外国語の本質」を理解し、子どもと一緒に「もう一つの世界の見方」を探検するような気持ちで向き合うことが、最も確かな近道になるのではないでしょうか。

 

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免許と受験の「種類爆発」が、日本の若者を悩ませる


日本の若者が「成長」を実感する大きな節目といえば、運転免許の取得と大学合格だろう。かつてこれらは、ほとんど一本道の、共通の経験だった。しかし今、状況は一変している。免許の種類と入試の方式は、細分化の一途をたどり、思わぬ複雑さで若者たちを待ち受けている。社会に出る前の準備は、いつからこんなに大変になったのか?

 

ちなみに、今は自動車運転免許証をもっていない大卒が増えている。企業側も免許証が必要条件かどうかを見極めて求人を出している。昔みたいになんでもかんでも営業職=運転免許とはならないようです。それでも、たとえ自動車購入や運転に興味がなくても、やはり運転免許取得には約1カ月かかることから、大学生の間に取得、または高卒・大学入学前に取得がお勧めされます。


免許証の「類は細分化する」:30年で増え続ける区分
 

かつて「普通免許」と言えば、それはMT車用だった。しかし今や、教習所のパンフレットを見れば、目を引くのはAT限定という文字だ。自動車の普通免許は、ATとMTに分かれ、それぞれ第一種、第二種と枝分かれする。今の親世代にはAT限定免許は普通のことと映っている。

 

しかし、準中型免許が2017年に新設されるなど、30年前にはなかった区分が生まれている。これは大型トラックの運転手不足への対応だが、それと同時に免許証の記載項目を増やした。二輪に至っては、排気量による区分に加え、ここでもAT限定が存在し、選択肢はさらに細かくなる。現在、日本の第一種・第二種運転免許の種類は合わせて15種類にも上り、免許証の表に全ての欄が埋まる「フルビット免許」を目指すのは、一種のマニアックな挑戦となっている。

 

 

なぜこれほど細かく分けるのか。その背景には安全性の確保がある((たてまえ))。免許によって運転できる車の重量が異なるのは、運転技能に応じた適正な区分とするためだ。しかし、この細かさは、海外から見ると異様に映ることもある。例えばアメリカの場合、多くの州では自家用車運転の免許は1種類(Class D等)が基本だったり。日本のようにMT/ATや排気量で免許が分かれることがない国もある。オートバイに関しては免許は1種類だけとかも。

 

アジアも多くの国で日本ほど多くの運転免許証の種類をもっていない。日本の制度が複雑に見えるのも、無理からぬことかもしれない。

大学受験の「選択迷宮」:増殖する入試ルート
 

免許と同じ道を、大学入試も歩んでいる。かつては「一般入試」と「推薦入試」の二本柱が主流だった。しかし今は、総合型選抜、学校推薦型選抜に細分化され、その中でも大学ごとに名称や要件が異なる。さらに、国際バカロレア(IB)入試や、英語による学位プログラムなど、新しい入試ルートが次々と誕生している。受験日程も8月ごろから複数回受験日が設定されていたり、それぞれで要件がことなったり。

 

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一番の問題は、これらが統一された日程で行われないことだ。もちろんそれは同時にメリットでもある。A大学の総合型選抜とB大学の一般入試後期、C大学のIB入試の面接が重なることもあれば、合格発表の時期と入学手続きの締切が、他の大学の試験日と複雑に絡み合う。海外からの留学生受け入れが活発化し、秋入学(9月・10月入学) の選択肢が増えれば、高校3年生のスケジュールは「春入学の一般入試」「秋入学の国際プログラム受験」「その間の各種選抜」で、さらに混迷を深める。

 

同じ大学を複数の受験方法で受験できる場合と、できない場合。受験日、面接日や合格発表のタイミングなどで受験できたりできなかったり。

 

👇インター校からでもいろんな受験が受けられる

 

受験生は自分がどのルートに適性があるのかを見極め、それぞれに全く異なる準備をし、衝突する日程の中から取捨選択を迫られる。「どの大学を、どの方式で受けるか」自体が、最初の難問となっているのだ。

減らない区分:制度変更のジレンマ

運転免許も受験も、一度増えた区分や方式は、ほとんど減らない。それはなぜか。

「既得権益」と「公平性」の壁だ。免許で言えば、昔の広い範囲の免許を取得したドライバーから、突然運転権を奪うことはできない。受験で言えば、「この新しい入試で頑張ってきた生徒」や、「この方式で実績を上げてきた塾や高校」の存在がある。新しい方式を追加することは「選択肢の拡大」として歓迎されても、古い方式を廃止することは「機会の剥奪」として反発を招く。

たしかに、統合してシンプルにすることは技術的に可能だ。免許であれば、段階的な技能試験で運転できる車種を決める方式も考えられる。受験であれば、共通テストの成績を基にした単一の方式に収斂させることも、原理的にはできるだろう。しかし、利害関係が複雑に絡み合い、政治的な判断が優先される結果、現実的には「追加はするが、削除はしない」という状態が続いている。

 

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全面改訂版 子供の為に国際バカロレア校を選ぶべきか悩んでいる時に読む本: 学年別、進学のパターンとその実情

 

複雑化が生む新しい「格差」


この複雑さは、新しい形の負担と格差を生んでいる。情報を収集・分析し、最適な戦略を立てられる家庭と、そうでない家庭の間で、機会の差が広がる可能性がある。また、秋入学や多様な選抜方式は、海外からの優秀な学生獲得には有効でも、国内の標準的な教育サイクルにいる大多数の生徒にとっては、混乱の元でしかない側面もある。

細分化は、一見すると個人の多様性や選択の自由に応えるものに見える。しかし、その複雑さのコストは、結局のところ、制度を利用する若者一人ひとりの肩にのしかかる。運転免許を取るにも、大学を目指すにも、かつてないほどの「情報リテラシー」と「人生設計力」が、十代の早い段階から求められている。社会は、この重い課題を彼らに押し付けたまま、十分なサポートを提供できているだろうか。免許証の種類と受験要項の分厚さが、その疑問を静かに投げかけている。

 

子どもの英語学習がうまくいかない根源:「外国語というもの」の本質がわからない

 

え? どういうこと? という大人は多いです。そもそも、本質が理解できている大人が少ないですし、それが理解できていなくても、なんとなく英語が話せる、大学入学もでき、卒業し、就職し、職場で多少英語に触れる機会があるような方も多いです。

 

そんな人でも本質は理解できていない?  そうです。その本質が理解できていなくても、英語があるていど話せるように、英語が使えるようにはなります。そして、意識しなくても本質をいつのまにか理解しています。その為、本質とはなにか?と気にしたことすらないのです。

 

その説明は複雑なので、今回は子どもの英語教育に関して話しをしぼっていきます。

 

「本質とは?」と感じても、とりあえず読み進めてください。この本質議論をすると、子どもへ話が向かいません。


さて、子どもの英語教育に熱心な親御さんは多いでしょう。しかし、なぜか子どもが英語に苦手意識を持ち、思うように伸びないという悩みをよく耳にします。

 

👇今の学校のままでよいの? と感じたら調べてみる。

 

その原因の多くは、学習者である子どもが「外国語というものの本質」を理解していないことにあります。

表面的な理解が生む「変換」という苦行


日本人が英語を学ぶとき、最初に直面するのは文法の違いです。これが日本人にとって英語が難しい理由です。

 

例えば、日本語が「主語+目的語+動詞」(SOV型)なのに対し、英語は「主語+動詞+目的語」(SVO型)です。これは知識として習います。語順が違います。

 

語順を考えると、次のように変わりますね。

日本語:私リンゴを食べたよ

英語:私 食べたよ リンゴ

日本語:私疲れた

英語:私 た 疲れ


しかし、大人でも子どもでもここで多くの学習者が落とし穴にはまります。この違いを単なる形式的なルールとしてだけ理解しようとすると、「日本語の文を、頭の中で単語一つひとつ英語の語順に並び替える」という、極めて複雑で非効率な「変換作業」が頭の中で始まってしまいます。これが、会話でとっさに言葉が出てこない、英語を読むのに時間がかかる大きな原因です。

この「変換」の苦行が生まれるのは、文法が単なる文の構成ルールではなく、「世界の切り取り方、物事の捉え方」そのものの違いを表していることに気づいていないからなのです。

 

👇海外インターと国内インター校は違います。

 

ちなみに、とにかく間違えても声を出して話してみると、案外通じるものです。しかし、試験・受験と紐づけられた英語学習においては、間違えてもよいから話してみるということができなくなります。

文法とは「発想の最初の一歩」を決めるもの


文法の本質は、実はもっと深いところにあります。それは「発想の最初の一歩」をコントロールする、思考の枠組み(認知フレーム)です。

簡単な例で考えてみましょう。英語は、主語(S)と動詞(V)という「誰が・どうする」という行動の核心から、まず言語化を始めます。「I eat an apple.」では、最初に「私」が「食べる」という行為が宣言されます。一方、日本語は「私はリンゴを食べる」と、行動の対象である「リンゴ」を先に置き、最後に結論の「食べる」を持ってきます。

これは、単に語順が違うというだけではありません。英語は最初から「主体とその行動」に焦点を当てる思考スタイルを促し、日本語は状況全体を把握してから核心に至る思考プロセスを反映しています。つまり、文法とは、どの視点から物事を捉え、どの順序で世界を言葉にしていくかという「思考の流れ」そのものなのです。この「発想の最初の一歩」が根本から違うことを実感できないまま勉強を進めると、いつまでたっても英語は「日本語を別の記号に翻訳する作業」に留まり、本当の意味で「使える」ようにはなりません。

 

日常の会話をちょっと観察してみてください。

友達がリンゴを持っている時、私たちは日本語で「リンゴ、食べる?」と自然に聞きます。では、この時、頭の中では何が起こっているでしょうか。私たちは、目に映る最も重要な対象「リンゴ」を最初に口にし、その後に「食べる?」という核心的な行動を持ってきています。

 

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実は、英語でも全く同じ心理が働きます。同じ状況で「Eat an apple?」と声をかければ通じます。ここには主語の"You"はありません。なぜなら、目の前の相手に向かって話していることは明らかで、何よりもまず「食べる」という行動そのものが先頭に来るからです。この短い言葉は、「(あなた、)リンゴ食べる?」という意味です。

ここで、もう一歩踏み込んでみましょう。もし私たちが「食べる?リンゴ?」と言い換えたらどうでしょう。不思議なことに、この語順は「Eat an apple?」という英語の語順により近づきます。

 

ここに隠れた秘密があります。

 

「リンゴ、食べる?」と「食べる?リンゴ?」。この小さな語順の違いに、英語と日本語の根本的な違いを理解する大きなヒントが隠れています。

この「食べる?リンゴ?」という並びは、英語の「SVO(主語+動詞+目的語)」という基本構造の、最も重要な前半部分「V+O(動詞+目的語)」だけを抜き出した姿なのです。つまり、英語の思考では、真っ先に「動詞」、すなわち「何をするか」という行動の核心が置かれる傾向が強い。この発想の「最初の一歩」が、日本語とは決定的に違うのです。

日本語の「リンゴ、食べる?」は、「物(対象)」→「行動」という流れで、全体の状況から核心にゆっくり近づいていきます。一方、英語的発想の「食べる?リンゴ?」は、いきなり「行動の核心」を提示し、その後に対象を付け加えます。それが日本語でもできますが、常には使用しません。

 

子どもも保護者も直面する「理解の壁」

この「外国語というもの」の本質的な理解不足は、子どもと保護者、両方に影響します。

子どもにとっての壁:「日本語と英語が根本的に異なる文法体系、音声、考え方を持つ」という実感が乏しいまま、単語や文法問題の暗記という表面的な学習を続けると、どこかで必ず伸び悩みます。英語の音声周波数帯が日本語と大きく異なるという物理的な違いもあるため、特にリスニングで苦戦するケースも少なくありません。

保護者にとっての壁:「とにかく英語が大事」という漠然とした焦りから、子どもに早期教育をさせたり、多くの教材を与えたりしても、「なぜそれが難しいのか」「なぜ子どもがつまずくのか」という本質的な理由が見えていません。学習の動機として「入試のため」「将来のため」と伝えても、子どもが自分の実感として「英語で何をしたいか」が見えなければ、学ぶ意義は伝わりにくいのです。

 

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「言語は世界の見方」を一緒に発見する

では、どうすればよいのでしょうか?

 

※※明日に続きます※※

 

「文庫本の値段は倍近く」の衝撃 知られざる書籍値上げの実態


「そう言われてみれば、確かに昔に比べて値段が高い」多くの親が感じる本の値上がり。その波は、じわりと、しかし確実に読書習慣を変えつつある。

最近、書店で本を手に取った時、「以前より高くなったな」と感じることはないだろうか。気づきにくいが、書籍の価格はここ10年で特に顕著に上昇している。雑誌、新書、文庫。あらゆる紙の書籍が値上がりの波に飲み込まれているのだ。

「平均1割」が示せない現実
 

出版業界では平均的な書籍価格の上昇率を「1割程度」と説明することが多い。しかし、この数字は読者の実感とは大きく乖離している。なぜなら、よく手に取る書籍、特に売れ筋の本は平均よりもはるかに高い上昇率を示しているからだ。

文庫本はかつて「500円以下」が当たり前だったが、現在は700~900円。1000円を超えるものも多くなっている。この10年間の上昇幅は過去10年間(2002~2012年)の2倍以上に達している。読者が「安価な本」として親しんできた文庫本が、決して安いとは言えない価格帯へと移行している。

 

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また、単行本においては「2,000円以下の書籍が減少」している。実際、最近のベストセラーリストを見ると、ハードカバーの文芸書は1,600円から1,700円、専門的な内容の書籍は2,000円以上が珍しくない。

値上がりの背景に潜む三重苦

本の値上げは、単なる物価高の影響だけではない。複数の要因が重なって生じている。

原材料・製造コストの高騰:紙やインクの価格上昇に加え、輸送費や倉庫管理費も増加している。

初版部数の減少:日本の出版販売額は年々減少しており、それに伴って1タイトルあたりの初版部数が減少。部数が少なくなると、1冊あたりの製造単価は上がる。

企画の多様化と高付加価値化:インターネットやSNSの発達により、特定の読者に向けた「ニッチな企画」が成立しやすくなった。その結果、豪華な装丁や特別な仕様を施した「高くても買いたい」と思わせる高付加価値本(例:15,400円の特装小説)も登場している。

 

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売れ筋の本は「5割値上がり」が普通?

 

読者が日常的に購入する「売れ筋」の書籍の価格上昇は、平均値を大きく上回る。この実感は、以下のような市場の変化と符合する。

出版市場全体が縮小する中で、出版社は確実に売れると見込まれる一部のヒット作や定番商品に経営資源を集中させる傾向がある。その結果、人気シリーズの最新巻や、メディア化が決まった作品など、「確実に売れる」と予測される本は、初版部数の減少による単価上昇の影響を受けにくい一方で、需要が見込めるがゆえに価格への転嫁も比較的受け入れられやすい環境にある。

ベストセラーランキングを見ると、文芸書の単行本は1,500円~1800円が当たり前となり、5年前には1,200~1,300円台が中心だった価格帯から、実質的に3割の値上がりが生じている。

 

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本の未来と読者の選択

本は値段が上がる一方で、市場規模は縮小傾向にある。2025年11月の書籍販売金額は前年同月比1.4%減。文庫本の販売は減少が著しく、2022年は前年比5.0%減と落ち込んでいる。

しかし、紙の本にはデジタルにはない価値も根強く存在する。一部の識者からは、エネルギーを消費せず、集中して読み切れる「有限のメディア」として、特に若い世代を中心に再評価される可能性が指摘されている。

 

出版業界は、単なる値上げではなく、「高くても買いたい」と思わせる本ならではの価値(装丁の美しさ、コレクション性、没入感など)を打ち出し、差別化を図る戦略へと移行しつつある。

 

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本を手に取る時、私たちはもはや「かつての常識的な値段」を期待することは難しい。代わりに、その本が提供する体験や価値に対して、いくらを支払うに値するかを、一冊一冊、判断する時代が来ている。

インター校からインター校への転校が必ず成功するわけではない。だから読んでおいてください。

 

インター校からインター校への転校は、よくある話です。
しかし、それが必ずしもスムーズにいくとは限りません。
大きく分けて2つのパターンがあります。

 1) 同じ都市に住み続けながらの転校
 2) 国や都市を変えての転校


それぞれに異なる課題があり、準備が必要です。

同じ都市内での転校:油断は禁物


同じ地域内で学校を変える場合、一見するとハードルは低そうに見えます。

学校見学がしやすい

評判や実情がわかりやすい

生活基盤が変わらない

知り合いがすでに通っていることも

これらの点は確かにメリットです。
しかし、転校後にこんな不満が生じることも少なくありません。

担任の教師との相性

期待していたカリキュラムとのギャップ

学校運営の方針への違和感

子供にとっても、新しいクラスメイトになじむのは簡単ではありません。
勉強面では、前の学校との学習内容の重複やずれがあり、予習・復習が負担になることも。

転校には常にリスクが伴います。
たとえ同じ地域内でも、簡単な決断ではないのです。

 

国を変える転校:特に「海外→日本」は注意


親にとってもストレスが大きい国を越えた転校は、子供にとってはさらに大きな変化です。
今回は特に、「海外のインター校から日本の学校へ」というパターンに焦点を当てて考えてみましょう。

日本の「インター校」は、海外と同じですか?


まず知っておくべきことは、日本のインター校は、たとえ名前が「インターナショナル」であっても、日本の学校であるということです。
例外は、以下のような環境の場合です。

生徒のほとんどが外国人
日本人でも帰国して2年程度の帰国子女が中心
在籍する日本人生徒も、数年後に海外へ転出するケースが多い


このような学校であれば、海外のインター校に近い環境と言えるでしょう。
しかし、そうでない場合は、日本の学校としての文化や友達付き合いを想定しておく必要があります。

 

学習スタイルのギャップ


日本のインター校が中高一貫校の場合、高校3年生の進学先を見ると、その学校の方向性がわかります。

多くの生徒が日本の大学を受験しているのであれば、その学校は日本の大学受験(特に一般入試)を見据えたカリキュラムを組んでいる可能性が高いのです。

「詰め込み学習」と聞くとネガティブに捉えがちですが、海外のインター校でも成績を維持するためには、一定量の知識の記憶は必要です。
特にサイエンス系科目では、学年が上がるにつれて覚える内容が増え、それが成績に直結します。

違いは、海外では「広く浅く多くのことを覚える」傾向が強いのに対し、日本では「深く正確に覚える」ことが求められる場合が多いことかもしれません。

 

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