免許と受験の「種類爆発」が、日本の若者を悩ませる
日本の若者が「成長」を実感する大きな節目といえば、運転免許の取得と大学合格だろう。かつてこれらは、ほとんど一本道の、共通の経験だった。しかし今、状況は一変している。免許の種類と入試の方式は、細分化の一途をたどり、思わぬ複雑さで若者たちを待ち受けている。社会に出る前の準備は、いつからこんなに大変になったのか?
ちなみに、今は自動車運転免許証をもっていない大卒が増えている。企業側も免許証が必要条件かどうかを見極めて求人を出している。昔みたいになんでもかんでも営業職=運転免許とはならないようです。それでも、たとえ自動車購入や運転に興味がなくても、やはり運転免許取得には約1カ月かかることから、大学生の間に取得、または高卒・大学入学前に取得がお勧めされます。
免許証の「類は細分化する」:30年で増え続ける区分
かつて「普通免許」と言えば、それはMT車用だった。しかし今や、教習所のパンフレットを見れば、目を引くのはAT限定という文字だ。自動車の普通免許は、ATとMTに分かれ、それぞれ第一種、第二種と枝分かれする。今の親世代にはAT限定免許は普通のことと映っている。
しかし、準中型免許が2017年に新設されるなど、30年前にはなかった区分が生まれている。これは大型トラックの運転手不足への対応だが、それと同時に免許証の記載項目を増やした。二輪に至っては、排気量による区分に加え、ここでもAT限定が存在し、選択肢はさらに細かくなる。現在、日本の第一種・第二種運転免許の種類は合わせて15種類にも上り、免許証の表に全ての欄が埋まる「フルビット免許」を目指すのは、一種のマニアックな挑戦となっている。
なぜこれほど細かく分けるのか。その背景には安全性の確保がある((たてまえ))。免許によって運転できる車の重量が異なるのは、運転技能に応じた適正な区分とするためだ。しかし、この細かさは、海外から見ると異様に映ることもある。例えばアメリカの場合、多くの州では自家用車運転の免許は1種類(Class D等)が基本だったり。日本のようにMT/ATや排気量で免許が分かれることがない国もある。オートバイに関しては免許は1種類だけとかも。
アジアも多くの国で日本ほど多くの運転免許証の種類をもっていない。日本の制度が複雑に見えるのも、無理からぬことかもしれない。
大学受験の「選択迷宮」:増殖する入試ルート
免許と同じ道を、大学入試も歩んでいる。かつては「一般入試」と「推薦入試」の二本柱が主流だった。しかし今は、総合型選抜、学校推薦型選抜に細分化され、その中でも大学ごとに名称や要件が異なる。さらに、国際バカロレア(IB)入試や、英語による学位プログラムなど、新しい入試ルートが次々と誕生している。受験日程も8月ごろから複数回受験日が設定されていたり、それぞれで要件がことなったり。
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一番の問題は、これらが統一された日程で行われないことだ。もちろんそれは同時にメリットでもある。A大学の総合型選抜とB大学の一般入試後期、C大学のIB入試の面接が重なることもあれば、合格発表の時期と入学手続きの締切が、他の大学の試験日と複雑に絡み合う。海外からの留学生受け入れが活発化し、秋入学(9月・10月入学) の選択肢が増えれば、高校3年生のスケジュールは「春入学の一般入試」「秋入学の国際プログラム受験」「その間の各種選抜」で、さらに混迷を深める。
同じ大学を複数の受験方法で受験できる場合と、できない場合。受験日、面接日や合格発表のタイミングなどで受験できたりできなかったり。
👇インター校からでもいろんな受験が受けられる
受験生は自分がどのルートに適性があるのかを見極め、それぞれに全く異なる準備をし、衝突する日程の中から取捨選択を迫られる。「どの大学を、どの方式で受けるか」自体が、最初の難問となっているのだ。
減らない区分:制度変更のジレンマ
運転免許も受験も、一度増えた区分や方式は、ほとんど減らない。それはなぜか。
「既得権益」と「公平性」の壁だ。免許で言えば、昔の広い範囲の免許を取得したドライバーから、突然運転権を奪うことはできない。受験で言えば、「この新しい入試で頑張ってきた生徒」や、「この方式で実績を上げてきた塾や高校」の存在がある。新しい方式を追加することは「選択肢の拡大」として歓迎されても、古い方式を廃止することは「機会の剥奪」として反発を招く。
たしかに、統合してシンプルにすることは技術的に可能だ。免許であれば、段階的な技能試験で運転できる車種を決める方式も考えられる。受験であれば、共通テストの成績を基にした単一の方式に収斂させることも、原理的にはできるだろう。しかし、利害関係が複雑に絡み合い、政治的な判断が優先される結果、現実的には「追加はするが、削除はしない」という状態が続いている。
👇国際バカロレアIBDP卒業でも一般入試もうける
複雑化が生む新しい「格差」
この複雑さは、新しい形の負担と格差を生んでいる。情報を収集・分析し、最適な戦略を立てられる家庭と、そうでない家庭の間で、機会の差が広がる可能性がある。また、秋入学や多様な選抜方式は、海外からの優秀な学生獲得には有効でも、国内の標準的な教育サイクルにいる大多数の生徒にとっては、混乱の元でしかない側面もある。
細分化は、一見すると個人の多様性や選択の自由に応えるものに見える。しかし、その複雑さのコストは、結局のところ、制度を利用する若者一人ひとりの肩にのしかかる。運転免許を取るにも、大学を目指すにも、かつてないほどの「情報リテラシー」と「人生設計力」が、十代の早い段階から求められている。社会は、この重い課題を彼らに押し付けたまま、十分なサポートを提供できているだろうか。免許証の種類と受験要項の分厚さが、その疑問を静かに投げかけている。



