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和風かにチャーハン

7df22164.JPG今日は夕飯にチャーハンを作ってみた。

レシピは、この前王様のブランチで紹介されていた「日本のおかず」という本を参考にした。何でもこの本の作者は、日本で超有名な京味という割烹料理屋(といっても僕は知らない)の主人だそうだ。内容は、素材を生かすと紹介されているように、味付けがとてもシンプルで、作り方も一品一品そんなに大した量ではない。簡単に美味しいものが作れるのはないか、と期待させる内容になっている。

その中でも特に簡単そうなチャーハンを作ってみたのだが、味付けらしい味付けが塩少々と薄口醤油こさじ一杯しかなくて、本当にちゃんとできるのか作っていて不安になった。

しかし、、、食べてみてビックリ!うまい!
もちろん、もっと美味しく作ることはできるのだろうが、基本的な味そのものが美味しい。味付けをほとんどしていないのに、こんな味になるとは。今日はカニタマにしたけど、本来使うはずのちゃんとしたカニにしたらもっと美味しいと思う。
他のレシピも早く作ってみたいと思った。

きっと、京味という割烹料理屋はとんでもなく美味しいのだろう。

日本のおかず

読書の春

 最近、通勤時間によく本を読むようになった。といっても朝は眠いのでもっぱら帰りの電車で読む。電車を待つ時間と電車に乗っている時間、合わせて20分程度で遠くはないのだが、かといって近くもなく、若干暇をもてあましてしまうので読むようになった。
 最近、まったくブログを更新してないので、感想文でも書きたいと思う。

1.地球最後の日
 小学校の時教室に置いてあって、そのときは地球に隕石が衝突する行が怖くて怖くて、結局読むことができなかった本。それ以来ずっと読みたいと思っていたので、アマゾンで見つけて即購入した。教室にあったのはハードカバーだったが、届いたのは文庫本。本の値段より配達料金の方が高かった。あらためて読んでみて、こういう話だったのかと理解することができた。でも、なんだかラストが記憶と違うような。。。なんでだろう。まぁ、小学校の頃は最後まで読めなかったから、そのせいか。しょうがないことだが、小学校の時ほどドキドキすることはなかった。

2.ジーン・ワルツ
 奥さんに借りる。ハードカバー。なぜか、サイン入りバージョン。登場する女医が頭の切れるキャラという設定のためか、文章が非常に論理的。よって、理解がすすむところは非常に明快でサクサク読めるが、最後の方の種あかし的なところでは、論理が難解すぎて、いわんとすることはなんとなく分かるのだが、細部まで理解することができなかった。結局文章を理解することに気をとられて、今ひとつこの本の提示している問題について考えられなかったのが残念。ちなみに、産婦人科を巡る問題がテーマ。

3.症例A
 奥さんに借りる。文庫本。奥さんの大学時代の研究テーマに近いとのことだったのだが、深い、というか、工学部の研究とは全く違う。テーマはいわゆる多重人格について。読んでいて少し怖くなってしまった。精神科医とか、心理学系の研究をする人は、真面目な人より気楽な人の方が良いと思った。

4.永遠の途中
 奥さんに借りる。文庫本。二人の女性がいて、二人は仲の良い友達で、片方は専業主婦としての道、もう片方はキャリアウーマンの道を歩むのだが、お互いがお互いの生き方を比較して優越感を抱いたり(優越感を抱こうとしたり)、嫉妬を感じたりする話。それが、20代、30代、、、という年代ごとに書かれている。非常に考えさせられた。後悔のない生き方なんて、幻想だと思う。これは女性向けの本なのかもしれないが、男性にもかなりオススメ。

 奥さんの本は、僕の読むジャンルとは全く違うので新鮮である。

出処進退に思う

 季節はもう秋なのか。秋の夜長とはよく言ったもので、しかも3連休ともなると、なかなか寝る気も起こらない。深夜というのは不思議な時間である。深夜番組はまことにくだらないと思うが、それでもずっと見れてしまうし、くだらないことをいくら考えても飽きない。


 先日安倍元総理が突然の辞意を表明した。その後の批判の渦は周知のとおりである。続投した時点でかなりの物議を醸し出した上に、あのような辞め方では批判されても仕方がないと思う。なぜ、あのような辞め方をしたのか、いくら考えても推測の域を出ない。単にもう嫌になってしまったからなのかもしれないし、突然辞めないとまずいような疑惑を握られてしまったからなのかもしれない。
 それにしても袋叩きに近い批判のされようである。あれほど辞めてくれと批判されていたのだから、辞めてくれて良かったという肯定的な見解があっても良さそうだが、、、というのは甘い考えなんだろう。今までやってきたことの責任は、辞めたからといって解放されるわけではないし、将来に渡って検証され、批評されていくのだろう。
 しかし、それでも「これだから、おぼっちゃまは、、、」等の批判には心から同情する。このような批判は、個人的には禁じ手に近いと思う。全く論理的ではないし、「おまえは○○人だから、△△だ」という類の発言に近いと思うがどうであろうか。言われたほうは反論できないし、反論できないのを知っていてこのような批判をするのは、批判の質としては最悪であると思う。とはいえ、週刊誌の表題にはよく選ばれそうなフレーズである。


 出処進退といえば、朝青竜はどうなるのだろう。朝青竜に興味はないし、相撲にも全く興味がない。しかし、これからどうなるのかについては、いささか興味がある。
 最初朝青竜がサッカーをしてる映像を見た時、案外サッカーうまいんだな、程度の感想しか持たなかった。まさか、こんな一大事になるとは想像もしなかった。でも、考えてみると当然の結果なんだよね。相撲協会の公式行事(巡業??)を怪我の療養ってことで欠席したけど、その間にサッカーやってるわけだから。これは別に相撲に限らず、他のスポーツでもそうだろう。野球でも、サッカーでも、遠征に怪我を理由に来なかったと思ったら、地元で元気に遊んでたら、誰だって怒るに決まってる。
 ただ、面白いのは朝青竜の場合は相撲協会からさんざん批判されているわりには、謹慎処分とか、医師を派遣されたりだとか、モンゴルで結局療養させていて、なんだかんだで面倒を見てもらっているところ。野球とかサッカーだったら、そんな選手、即刻選手生命終了で事件解決といったところだろう。そんな選手は要りませんと、それで終わり。見てるこっちとしても、バカなことしたなぁって思うだけだし、別に謹慎とか、療養とか、ましてや記者会見で事情説明&お詫びなんて、そんなことをしてもらう必要性を全く感じない。
 個人的には朝青竜もそれで構わないのだが、しかしそうはならないのは、それだけでは許せないという人が大勢いるからではないのか。ここが野球やサッカーとは相撲が大きく異なる点なんだと思う。つまり、スポーツじゃないんだよね。いやしくも伝統ある国技なわけだ。伝統ある国技に泥をぬられた、けしからん、このまま引退して事を有耶無耶にしたままいなくなるのは許さん、ということなんだろうと思う。
 今の相撲が外国人力士の存在なくして成り立たないのは事実だろう。そのため、最近は外国人力士に相撲の精神を教育する必要があるといった論調をよく耳にするが、これほど難儀なものはないと思う。そもそも、相撲の精神とは一体なんであるか分からない。簡単に言えば、強いだけではだめだ、ということなのかもしれない。朝青竜が復帰するとして、復帰した時にどれほどの活躍をするだろうか。仮に優勝などしてしまった時には、相撲の精神はどうなるのだろう。自己の体制内に、自己の体制を破壊する因子を含みつつ、しかし、それに頼らねば自己の体制を維持することができない体制、それがまさに今の相撲協会ではないのか。そのような組織がどのような方向へ動いていくのか、少し興味がある。