ストレス社会を生き抜くために
先日職場の研修で「すぐに使えるメンタルヘルス」なる研修があり、希望者が参加する約半日の研修なのだが、まぁ2年目だし半日位良いだろうと思い参加した。内容はまさしく表題のとおりで、社会人の大敵であるストレスとどう向き合うかということである。非常におもしろく、信じられない内容が盛りだくさんだったので、自分のためのメモとしても書いておきたいと思う。
人間の感情というのは大別すれば5つ、すなわち、「喜び」「不安」「怒り」「悲しさ」「苦しさ」に分類することができる。では、人間はどうのようにしてこれらの感情を感じるのかというと、大脳から視床下部というところに「アドレナリン」「ノルアドレナリン」「ドーパミン」「セロトニン」という物質が分泌され、その量によってそれぞれの感情を感じる。すなわち、人間はこれらの物質をもとにした化学反応によって感情を感じるのである。同じ事象を見た時、その事象を捉えるのは大脳の働きなのだが、大脳で事象を捉えるところまでは万人に共通である。同じ事象を見ても人によって感じ方が違うのは、この大脳が事象を捉えた後に分泌する物資の量や割合が人によって違うので、視床下部によって検出されて感じられる感情が人によって異なるものになる。そして、悲しいかな、上の4つの物質の分泌される割合というのは、人によって”なぜか分からないが”ほとんど決まっているらしいのだ。認めたくはないかもしれないが、その人個人の感じやすい感情というのは生まれつき決定されているらしい。これは統計的に証明されている事実なのだ(遺伝は関係なく、双子の間でも違う。なお、研修の時もそれは本当なのかという議論が起こったのだが、統計的にというのはもちろん例外があるということである。そもそも統計は多数のサンプルから生じる”傾向”に着目するものである。)。
ここで、「アドレナリン」「ノルアドレナリン」が分泌されると、「怒り」「悲しみ」「不安」「苦しさ」に分類される感情を感じる。「ドーパミン」「セロトニン」が分泌されると「喜び」に分類される感情を感じる。上記したように人によって生まれつき感じやすい感情は決まっているわけだが、ある事象を捉えた際に「アドレナリン」「ノルアドレナリン」の分泌されやすい人は「怒り」等の感情を感じやすく、一方「ドーパミン」「セロトニン」の分泌されやすい人は「喜び」の感情を感じやすくできているわけである。前者をAタイプと言い、後者をBタイプという。日本人の7割はAタイプ、すなわち「怒り」等の感情を感じやすいストレスが潜在的に溜まり易いタイプの人間らしい。
ストレスといかに向き合って生きるか、ということを科学的な表現にすると、いかに「ドーパミン」「セロトニン」を出すかということになる。そして訓練しだいで「ドーパミン」「セロトニン」の分泌する量を増加させることができるところまで、現代科学は解明できているそうだ。こういうことを聞くとあまりよく思わない人もいるだろう。自分の感情がそんな化学反応なんぞで形成されているなど認めたくもないし、その化学反応を逆に利用して感情をコントロールするなど邪道だと思う人もいるだろう。しかし、例えば精神安定に分類される手術、薬等は、まさにこれらの物質の分泌量を制御するものであり、人間の感情は本人の意思とは関係なくコントロール可能なのである。だから、僕はこの話を聞いた時、少々恐ろしかった。
さて、話はそれたがいかに「ドーパミン」「セロトニン」を分泌しやすくするかだが、そこで指標になるのが「EQ」である。EQが高い人は「ドーパミン」「セロトニン」を分泌しやすい傾向にある。すなわち、「EQが高い」=「ドーパミン、セロトニンを分泌しやすい」=「ストレス耐性が高い」ということであり、EQを高めることこそ、ストレス社会を生き抜く鍵になるのだ。そしてなんと、現在EQを高めるトレーニングは確立されている。以下の内容は正直信じられないのだが、日本でも全国各地の中学校や高校で行われている、この研修の講義の先生も各地の中高から依頼がたくさんきていると言っていた、事実であることを予め述べておく。
たいていは大人数で行う(ここではA,B,C,Dの4人とする)。最初はAさんは両手を開いて、手のひらを上にした状態にする。そのAさんに対して、B~Dさんがそれぞれ「私は○です」と自分の名前を言いながらAさんの手を握っていく。その後B~Dさんのうちから一人がAさんの手を握る(今度は名前を言わない)。そして、Aさんは誰が握ったかを当てるのだ。Aさんは目隠しをされていないから当たって当然である。次に、Aさんは目隠しをした状態で同じことをする。やってみればわかるのだが、この状態ですでにもうよく分からない。さらに次は、目隠し状態で、手のひらを指先でつっつくだけである。もはや全然分からない。そしてそして、最後にはAさんの手の上に手をかざすだけである。分かるはずがない。しかし、しかしである。このトレーニングを3時間も繰り返すと誰でも手をかざした人が誰であるか分かるようになるのである。これは、先生が言うには、いまだかつて例外がないらしい。誰でも3時間トレーニングすれば、目隠し状態にもかかわらず誰が手をかざしているか分かるようになるらしい。果ては、となりの部屋に誰がいるのかも分かるようになってしまうそうだ。全くもって信じられないのだが、本当なのであろう。ここで、このようなことが出来ている状態で分泌物質を測定すると「ドーパミン」「セロトニン」の分泌量が増加しているのだ。つまり、ストレスに強くなっているのだ。
さて、ここまでくるとかなりオカルト的であり、にわかには信じがたいものである。しかし、先生の話を聞くと、なんとなく納得もできるのである。人間には五感、すなわち「視覚」「触覚」「嗅覚」「聴覚」「味覚」が備わっている。人間が通常主に用いている感覚は、言わずもがな、「視覚」である。人間は外界を把握するのにおよそ80%「視覚」を用いている。そして、残りの20%を残り4つの感覚で補っている。外界把握の80%も視覚に頼っている人間からすると、先ほどの目隠しをした状態で触れてもいない人が誰かを当てるなど、不可能に感じるのが当然であり、また逆に言えば、それを当然不可能と感じるところに、いかに人間が視覚に頼って生きているかが如実に現れているとも言えるのだ。先ほどのトレーニングは、つまり、視覚を封じた状態で残りの4つの感覚を研ぎ澄ますトレーニングなのだ。視覚を除く4つの感覚がもし視覚並みだとしたら、目隠しなどされても誰が手をかざしているかなど、簡単に分かりそうなものではないだろうか。EQが高い人は、トレーニングをしなくとも簡単に当てられてしまう人が多いらしい。周りの人から見ると、なぜか勘の良い人、といったところだろう。ここでまた面白い事実があるのだが、宝くじに当たりやすい人は確かに存在する。その人達のEQはそろいもそろって高いのだ。数学的にか何か分からないが、誰にでも宝くじにあたるチャンスが一生のうち何回かあるらしい。分かりやすく言うと、その人が宝くじにあたる日というのが存在する。しかし、たいていの人はその日がわからない。だから、当たらない日に買ってしまい、結局当たらないのだ。しかし、宝くじに当たりやすい人は、なぜか分からないが、”何となく”当たりそうだと思ったからと買った日に当たる、つまり、自分の当たる日を”何となく”感じることができる人達らしい。よって、EQを高めれば、宝くじも当てることが出来るかもしれない。
この”何となく”という感覚を養いEQを高めることが鍵なのである。人はこの「何となく」を五感を超える直感という第六感だと言うかもしれない。しかし、この「何となく」は第六感としての感覚ではない(そういえば、セイントセイヤには第六感を超えた第七感というのがあって、冥界と現世を行き来できるとかいう設定だった気がする)。直感というものはあるかもしれない。しかし、先ほどのトレーニングにしても、まだトレーニングをしてにない人からすれば、直感で当ててると思われるものである。だが、3時間で例外なく直感を鍛えられるとはちょっと考えられない。だいたい直感という得たいの知れないものが鍛えられるのかも分からないし、鍛えようとしても雲をつかむような話だが、視覚以外の4感を鍛えると考えるなら、話はだいぶ現実的なものになるのではないだろうか。
心の作用については古今東西問わずいろいろなことが言われている。精神鍛錬とか心技体とかいう言葉があって、よく使われている現実からもそれは読み取れる。しかし、実際どうやれば良いのかということについては、その重要性が叫ばれる割には全然知られていない。例えば、「無心になれ」なんて言われたって、どうやれば無心になれるのか、そもそも無心とは何か、全く良く分からない。座禅で何か変わるだろうか。ブルース・リーは映画燃えよドラゴンで「Don’t Think!!FEEL!!(考えるんじゃない、感じるんだ)」と言っている。合気道で有名な藤平光一は「心が体を動かす」と説いている。それらの言わんとすることは何となく分かるが、一方で全く雲をつかむような話であった。しかし、これらのことを現代的な言葉で表現するならば、要は「EQを鍛えよ」ということなのではないかと思う。つまり、視覚以外の4つの感覚を鍛えなさい、ということなのではないかと今は思うのだ。
先生が言う簡単EQトレーニング方法は、電車の中で背中にいる人の感情(最初に書いた5つ)を推理することである。振り返ってみて顔を見て、推理が正しければ成功、正しくなければ失敗。どうやって成功したか失敗したかを判断するのか謎であるが、先生が言うにはそれが分かるようになるらしい。僕が研修後に思ったことだが、音楽を聴くとか、料理を作るとか、そういうことでも良いような気がする。ストレスに強い体は案外身近にある物事を工夫することで達成できるのではないだろうか。
そんなわけで、うまくはまとめられないのだが、要はEQを高めることがストレス社会を生き抜く鍵なのだ。ちなみにアメリカではEQトレーニングを社員に施すことは、雇い主の義務になっている。そして、EQを鍛えるとは、視覚以外の4感を鍛えることであり、それによって「ドーパミン」「セロトニン」が分泌されやすくなり、ストレスに強い体質になることができるのである。
最後に、上の文章だと「先生」は仙人とか哲人のようなイメージを抱かれるかもしれないが、全くそうではない。臨床心理士として現場で働いている方である。
人間の感情というのは大別すれば5つ、すなわち、「喜び」「不安」「怒り」「悲しさ」「苦しさ」に分類することができる。では、人間はどうのようにしてこれらの感情を感じるのかというと、大脳から視床下部というところに「アドレナリン」「ノルアドレナリン」「ドーパミン」「セロトニン」という物質が分泌され、その量によってそれぞれの感情を感じる。すなわち、人間はこれらの物質をもとにした化学反応によって感情を感じるのである。同じ事象を見た時、その事象を捉えるのは大脳の働きなのだが、大脳で事象を捉えるところまでは万人に共通である。同じ事象を見ても人によって感じ方が違うのは、この大脳が事象を捉えた後に分泌する物資の量や割合が人によって違うので、視床下部によって検出されて感じられる感情が人によって異なるものになる。そして、悲しいかな、上の4つの物質の分泌される割合というのは、人によって”なぜか分からないが”ほとんど決まっているらしいのだ。認めたくはないかもしれないが、その人個人の感じやすい感情というのは生まれつき決定されているらしい。これは統計的に証明されている事実なのだ(遺伝は関係なく、双子の間でも違う。なお、研修の時もそれは本当なのかという議論が起こったのだが、統計的にというのはもちろん例外があるということである。そもそも統計は多数のサンプルから生じる”傾向”に着目するものである。)。
ここで、「アドレナリン」「ノルアドレナリン」が分泌されると、「怒り」「悲しみ」「不安」「苦しさ」に分類される感情を感じる。「ドーパミン」「セロトニン」が分泌されると「喜び」に分類される感情を感じる。上記したように人によって生まれつき感じやすい感情は決まっているわけだが、ある事象を捉えた際に「アドレナリン」「ノルアドレナリン」の分泌されやすい人は「怒り」等の感情を感じやすく、一方「ドーパミン」「セロトニン」の分泌されやすい人は「喜び」の感情を感じやすくできているわけである。前者をAタイプと言い、後者をBタイプという。日本人の7割はAタイプ、すなわち「怒り」等の感情を感じやすいストレスが潜在的に溜まり易いタイプの人間らしい。
ストレスといかに向き合って生きるか、ということを科学的な表現にすると、いかに「ドーパミン」「セロトニン」を出すかということになる。そして訓練しだいで「ドーパミン」「セロトニン」の分泌する量を増加させることができるところまで、現代科学は解明できているそうだ。こういうことを聞くとあまりよく思わない人もいるだろう。自分の感情がそんな化学反応なんぞで形成されているなど認めたくもないし、その化学反応を逆に利用して感情をコントロールするなど邪道だと思う人もいるだろう。しかし、例えば精神安定に分類される手術、薬等は、まさにこれらの物質の分泌量を制御するものであり、人間の感情は本人の意思とは関係なくコントロール可能なのである。だから、僕はこの話を聞いた時、少々恐ろしかった。
さて、話はそれたがいかに「ドーパミン」「セロトニン」を分泌しやすくするかだが、そこで指標になるのが「EQ」である。EQが高い人は「ドーパミン」「セロトニン」を分泌しやすい傾向にある。すなわち、「EQが高い」=「ドーパミン、セロトニンを分泌しやすい」=「ストレス耐性が高い」ということであり、EQを高めることこそ、ストレス社会を生き抜く鍵になるのだ。そしてなんと、現在EQを高めるトレーニングは確立されている。以下の内容は正直信じられないのだが、日本でも全国各地の中学校や高校で行われている、この研修の講義の先生も各地の中高から依頼がたくさんきていると言っていた、事実であることを予め述べておく。
たいていは大人数で行う(ここではA,B,C,Dの4人とする)。最初はAさんは両手を開いて、手のひらを上にした状態にする。そのAさんに対して、B~Dさんがそれぞれ「私は○です」と自分の名前を言いながらAさんの手を握っていく。その後B~Dさんのうちから一人がAさんの手を握る(今度は名前を言わない)。そして、Aさんは誰が握ったかを当てるのだ。Aさんは目隠しをされていないから当たって当然である。次に、Aさんは目隠しをした状態で同じことをする。やってみればわかるのだが、この状態ですでにもうよく分からない。さらに次は、目隠し状態で、手のひらを指先でつっつくだけである。もはや全然分からない。そしてそして、最後にはAさんの手の上に手をかざすだけである。分かるはずがない。しかし、しかしである。このトレーニングを3時間も繰り返すと誰でも手をかざした人が誰であるか分かるようになるのである。これは、先生が言うには、いまだかつて例外がないらしい。誰でも3時間トレーニングすれば、目隠し状態にもかかわらず誰が手をかざしているか分かるようになるらしい。果ては、となりの部屋に誰がいるのかも分かるようになってしまうそうだ。全くもって信じられないのだが、本当なのであろう。ここで、このようなことが出来ている状態で分泌物質を測定すると「ドーパミン」「セロトニン」の分泌量が増加しているのだ。つまり、ストレスに強くなっているのだ。
さて、ここまでくるとかなりオカルト的であり、にわかには信じがたいものである。しかし、先生の話を聞くと、なんとなく納得もできるのである。人間には五感、すなわち「視覚」「触覚」「嗅覚」「聴覚」「味覚」が備わっている。人間が通常主に用いている感覚は、言わずもがな、「視覚」である。人間は外界を把握するのにおよそ80%「視覚」を用いている。そして、残りの20%を残り4つの感覚で補っている。外界把握の80%も視覚に頼っている人間からすると、先ほどの目隠しをした状態で触れてもいない人が誰かを当てるなど、不可能に感じるのが当然であり、また逆に言えば、それを当然不可能と感じるところに、いかに人間が視覚に頼って生きているかが如実に現れているとも言えるのだ。先ほどのトレーニングは、つまり、視覚を封じた状態で残りの4つの感覚を研ぎ澄ますトレーニングなのだ。視覚を除く4つの感覚がもし視覚並みだとしたら、目隠しなどされても誰が手をかざしているかなど、簡単に分かりそうなものではないだろうか。EQが高い人は、トレーニングをしなくとも簡単に当てられてしまう人が多いらしい。周りの人から見ると、なぜか勘の良い人、といったところだろう。ここでまた面白い事実があるのだが、宝くじに当たりやすい人は確かに存在する。その人達のEQはそろいもそろって高いのだ。数学的にか何か分からないが、誰にでも宝くじにあたるチャンスが一生のうち何回かあるらしい。分かりやすく言うと、その人が宝くじにあたる日というのが存在する。しかし、たいていの人はその日がわからない。だから、当たらない日に買ってしまい、結局当たらないのだ。しかし、宝くじに当たりやすい人は、なぜか分からないが、”何となく”当たりそうだと思ったからと買った日に当たる、つまり、自分の当たる日を”何となく”感じることができる人達らしい。よって、EQを高めれば、宝くじも当てることが出来るかもしれない。
この”何となく”という感覚を養いEQを高めることが鍵なのである。人はこの「何となく」を五感を超える直感という第六感だと言うかもしれない。しかし、この「何となく」は第六感としての感覚ではない(そういえば、セイントセイヤには第六感を超えた第七感というのがあって、冥界と現世を行き来できるとかいう設定だった気がする)。直感というものはあるかもしれない。しかし、先ほどのトレーニングにしても、まだトレーニングをしてにない人からすれば、直感で当ててると思われるものである。だが、3時間で例外なく直感を鍛えられるとはちょっと考えられない。だいたい直感という得たいの知れないものが鍛えられるのかも分からないし、鍛えようとしても雲をつかむような話だが、視覚以外の4感を鍛えると考えるなら、話はだいぶ現実的なものになるのではないだろうか。
心の作用については古今東西問わずいろいろなことが言われている。精神鍛錬とか心技体とかいう言葉があって、よく使われている現実からもそれは読み取れる。しかし、実際どうやれば良いのかということについては、その重要性が叫ばれる割には全然知られていない。例えば、「無心になれ」なんて言われたって、どうやれば無心になれるのか、そもそも無心とは何か、全く良く分からない。座禅で何か変わるだろうか。ブルース・リーは映画燃えよドラゴンで「Don’t Think!!FEEL!!(考えるんじゃない、感じるんだ)」と言っている。合気道で有名な藤平光一は「心が体を動かす」と説いている。それらの言わんとすることは何となく分かるが、一方で全く雲をつかむような話であった。しかし、これらのことを現代的な言葉で表現するならば、要は「EQを鍛えよ」ということなのではないかと思う。つまり、視覚以外の4つの感覚を鍛えなさい、ということなのではないかと今は思うのだ。
先生が言う簡単EQトレーニング方法は、電車の中で背中にいる人の感情(最初に書いた5つ)を推理することである。振り返ってみて顔を見て、推理が正しければ成功、正しくなければ失敗。どうやって成功したか失敗したかを判断するのか謎であるが、先生が言うにはそれが分かるようになるらしい。僕が研修後に思ったことだが、音楽を聴くとか、料理を作るとか、そういうことでも良いような気がする。ストレスに強い体は案外身近にある物事を工夫することで達成できるのではないだろうか。
そんなわけで、うまくはまとめられないのだが、要はEQを高めることがストレス社会を生き抜く鍵なのだ。ちなみにアメリカではEQトレーニングを社員に施すことは、雇い主の義務になっている。そして、EQを鍛えるとは、視覚以外の4感を鍛えることであり、それによって「ドーパミン」「セロトニン」が分泌されやすくなり、ストレスに強い体質になることができるのである。
最後に、上の文章だと「先生」は仙人とか哲人のようなイメージを抱かれるかもしれないが、全くそうではない。臨床心理士として現場で働いている方である。
3000円~☆
職場のボーリング大会、個人の部で優勝してしまった。
ボーリングは中高とかなりやってて、
ひどい時は友達4人で一日中、14、5ゲーム位やってた。
帰りに受付のおばちゃんに”君達プロになるの?”とか
真顔で言われたのをまだ覚えている。
そんなにうまくなかったんだが、
大学に入ってからあまりやらなくなった割りに、
スコアだけは伸びに伸びた。
そして、
とうとう優勝してしまった。
上司に”君はプロボーラーになったほうがよいのでは”
と言われないように気をつけよう。
ちなみにスコアは190。
賞品として3000円の商品券を頂いた。
さて、何に使おうか。
ボーリングは中高とかなりやってて、
ひどい時は友達4人で一日中、14、5ゲーム位やってた。
帰りに受付のおばちゃんに”君達プロになるの?”とか
真顔で言われたのをまだ覚えている。
そんなにうまくなかったんだが、
大学に入ってからあまりやらなくなった割りに、
スコアだけは伸びに伸びた。
そして、
とうとう優勝してしまった。
上司に”君はプロボーラーになったほうがよいのでは”
と言われないように気をつけよう。
ちなみにスコアは190。
賞品として3000円の商品券を頂いた。
さて、何に使おうか。
