再燃
明日が来なければいい。
夜になるとそう思う。昨日も一昨日も一日たりとも考えなかった日はない。
それなら死んでしまえばいい。一番簡単なことだ。方法ならいくらでもある。でも今まで僕は何もしようとしなかった。情けないことに怖いのだ。一昨日も電車のホームから線路側に足を踏みだそうとしたができなかったし、その前の日も映像は思い浮かぶが実行できなかった。それから神に祈ったり、聞こえないぐらいの小声で愚痴を言ったりするぐらいならしたことはあるが、それも逃げの姿勢の一端にすぎない。ああ馬鹿らしい。こんな奴ほど早く死ぬべきではないのか。無駄飯食ってんじゃねえよ!
そう思っていても、いや、そう思うからこそなのか、明日は間違いなくやって来るに違いない。神の思し召しやら運命やら名前を決めるのは勝手だが、それならそれでまた生きていくしかないのだろう。それを決めるのは他ならない僕自身なのだが…。
夜になるとそう思う。昨日も一昨日も一日たりとも考えなかった日はない。
それなら死んでしまえばいい。一番簡単なことだ。方法ならいくらでもある。でも今まで僕は何もしようとしなかった。情けないことに怖いのだ。一昨日も電車のホームから線路側に足を踏みだそうとしたができなかったし、その前の日も映像は思い浮かぶが実行できなかった。それから神に祈ったり、聞こえないぐらいの小声で愚痴を言ったりするぐらいならしたことはあるが、それも逃げの姿勢の一端にすぎない。ああ馬鹿らしい。こんな奴ほど早く死ぬべきではないのか。無駄飯食ってんじゃねえよ!
そう思っていても、いや、そう思うからこそなのか、明日は間違いなくやって来るに違いない。神の思し召しやら運命やら名前を決めるのは勝手だが、それならそれでまた生きていくしかないのだろう。それを決めるのは他ならない僕自身なのだが…。
土産
先のブログで東京で観たライブのことを書いたが、本も買った。それらを以下に記しておくことにする。
『現代俳句文庫64 澤好摩句集』(2009年1月、ふらんす堂)
『田中裕明 追悼 ふらんす堂通信・別冊No.1』(2005年10月、ふらんす堂)
『昼寝の国の人―『田中裕明全句集』を読む ふらんす堂通信・別冊No.2』(2008年12月、ふらんす堂)
鳥居万由実『遠さについて』(2008年11月、ふらんす堂)
別にこれだけ買ったからなんだということではないが、ついブログや雑誌などで本の紹介があるとつい買いたくなるのだ。だが、なかなかふらんす堂の本を(僕の知っている範囲での)東海地方の大型書店などで見かけないので、東京に行ったときなどにまとめて買う次第なのだ。(ちなみにまだ全部読み切れてはいない。更に言えば、昨年からの積み残し分も充分読み切っているとは言い難い状態にある)
僕自身の中では、俳句よりも短歌を詠んだり鑑賞するのが好きなので、句集を買うというとつい言い訳がましく「怠りがちな“勉強”もかねて…」と自分に言い聞かせながら買う羽目になる。まあ、自分が自身を相手に小芝居を演じる形なのだが、馬鹿らしいことこのうえない。その積み重ねが今の僕を作っているといわれると返す言葉がない。…どこまでいっても同じこと、僕は僕なんだなと思う場面が出来するのだ。
しかし、買った書籍はどれも面白い。仕事場への行き来や帰りの新幹線の中でも読んでいたのだが、何でこんなふうに詠めるんだろうという嫉妬心やら、早くこんな風に詠みたいものだという焦りが出てくるのが常な自分には、少し苦痛な時間であった。そんな自分なので感想を述べることさえいつできることやらわからないが、適当な時期に感想など書ければいいと思う。(このまま何もしない可能性は充分にありえるのだが…)
『現代俳句文庫64 澤好摩句集』(2009年1月、ふらんす堂)
『田中裕明 追悼 ふらんす堂通信・別冊No.1』(2005年10月、ふらんす堂)
『昼寝の国の人―『田中裕明全句集』を読む ふらんす堂通信・別冊No.2』(2008年12月、ふらんす堂)
鳥居万由実『遠さについて』(2008年11月、ふらんす堂)
別にこれだけ買ったからなんだということではないが、ついブログや雑誌などで本の紹介があるとつい買いたくなるのだ。だが、なかなかふらんす堂の本を(僕の知っている範囲での)東海地方の大型書店などで見かけないので、東京に行ったときなどにまとめて買う次第なのだ。(ちなみにまだ全部読み切れてはいない。更に言えば、昨年からの積み残し分も充分読み切っているとは言い難い状態にある)
僕自身の中では、俳句よりも短歌を詠んだり鑑賞するのが好きなので、句集を買うというとつい言い訳がましく「怠りがちな“勉強”もかねて…」と自分に言い聞かせながら買う羽目になる。まあ、自分が自身を相手に小芝居を演じる形なのだが、馬鹿らしいことこのうえない。その積み重ねが今の僕を作っているといわれると返す言葉がない。…どこまでいっても同じこと、僕は僕なんだなと思う場面が出来するのだ。
しかし、買った書籍はどれも面白い。仕事場への行き来や帰りの新幹線の中でも読んでいたのだが、何でこんなふうに詠めるんだろうという嫉妬心やら、早くこんな風に詠みたいものだという焦りが出てくるのが常な自分には、少し苦痛な時間であった。そんな自分なので感想を述べることさえいつできることやらわからないが、適当な時期に感想など書ければいいと思う。(このまま何もしない可能性は充分にありえるのだが…)
「生」
2月4日、生まれて初めて友川カズキを生で観た。(@渋谷アピア)
早めに出掛けたのに、はじめて行くせいか、場所がわからず三十分以上遅れて到着。とりあえずビール片手に目と耳を集中させた。トークはライブアルバムで聴いた時と同じく面白かった。でもすぐに「逮捕」とか少し物騒な言葉が出るのは勘弁してほしかった。歌については、アルバムよりも素敵だった。(当社比2.5倍というところか。生で聴くのだから当然だろうが…)僕が席に着いてから二三曲歌ったところで第一部終了になったため、休憩時間中にたまたま隣に座った女性と話をしたり、CD売場の辺りでカップルと最新CDの話をする。いつもライブハウスなどに行くと黙っていることが多いのだが、何分はじめてのせいか、少しはしゃいでいたようだ。第二部に突入してからもがんがん酒を飲みながら、歌をどんどん歌っていった。曲順など詳細ははっきり覚えていないが(情けない…)、「エリセの目」や「春は殺人」を歌ってくれたのが個人的に嬉しかった。あまり好きではないと書くと大変申し訳ないのだが、日常を歌った曲(この時歌ってくれた曲では「ボーする日」)や他人の詩に作曲した曲(この日歌ってくれた曲では「シシャモ」や中原中也の詩に作曲した曲)は「生」だったせいかすんなりと耳に飛びこんではきた。そんなこんなで(僕自身がトイレに二度も立ってしまいとても恥ずかしかったが)第二部でも十数曲歌ってくれて、その上アンコールに応えて「サーカス」と「あやかしの月」(だったと思う)を歌ってくれてライブ終了となった。本当はライブ後に残っていろんな人と話をすればいいのだろうが、10時半過ぎということもあり、それもせずにそそくさと宿に戻った。来月もう一度観ることのできる機会があるから、その時は最初から観よう、そして今度は友川に声をかけようと強く誓った夜であった。
付記
自分は批評などうまく書くことができず、たちの悪い読書感想文のようなものしかできません。本当に申し訳ありません。曲目の詳細などお知りになりたい場合などは、他の人のブログなどを見ていただくようお願いいたします。
また、今後もこのような感想めいたことを書く場合は、敬称など省略させていただきますのでご寛容のほどよろしくお願いいたします。
早めに出掛けたのに、はじめて行くせいか、場所がわからず三十分以上遅れて到着。とりあえずビール片手に目と耳を集中させた。トークはライブアルバムで聴いた時と同じく面白かった。でもすぐに「逮捕」とか少し物騒な言葉が出るのは勘弁してほしかった。歌については、アルバムよりも素敵だった。(当社比2.5倍というところか。生で聴くのだから当然だろうが…)僕が席に着いてから二三曲歌ったところで第一部終了になったため、休憩時間中にたまたま隣に座った女性と話をしたり、CD売場の辺りでカップルと最新CDの話をする。いつもライブハウスなどに行くと黙っていることが多いのだが、何分はじめてのせいか、少しはしゃいでいたようだ。第二部に突入してからもがんがん酒を飲みながら、歌をどんどん歌っていった。曲順など詳細ははっきり覚えていないが(情けない…)、「エリセの目」や「春は殺人」を歌ってくれたのが個人的に嬉しかった。あまり好きではないと書くと大変申し訳ないのだが、日常を歌った曲(この時歌ってくれた曲では「ボーする日」)や他人の詩に作曲した曲(この日歌ってくれた曲では「シシャモ」や中原中也の詩に作曲した曲)は「生」だったせいかすんなりと耳に飛びこんではきた。そんなこんなで(僕自身がトイレに二度も立ってしまいとても恥ずかしかったが)第二部でも十数曲歌ってくれて、その上アンコールに応えて「サーカス」と「あやかしの月」(だったと思う)を歌ってくれてライブ終了となった。本当はライブ後に残っていろんな人と話をすればいいのだろうが、10時半過ぎということもあり、それもせずにそそくさと宿に戻った。来月もう一度観ることのできる機会があるから、その時は最初から観よう、そして今度は友川に声をかけようと強く誓った夜であった。
付記
自分は批評などうまく書くことができず、たちの悪い読書感想文のようなものしかできません。本当に申し訳ありません。曲目の詳細などお知りになりたい場合などは、他の人のブログなどを見ていただくようお願いいたします。
また、今後もこのような感想めいたことを書く場合は、敬称など省略させていただきますのでご寛容のほどよろしくお願いいたします。