なにがストレスかって
日常生活に妻がいないことに対してのストレスがすごい。
当然だ、20年連れ添ったんだ。
隣にはいつも彼女がいるというのが当たり前だったんだ。
身体の一部が削り取られたようだ。
妻は俺がいることに対してのストレスだったんだろうけど。
いつの間にか、亭主元気で留守がいい になってたし。
金の切れ目が縁の切れ目・・
世の中いいときもあれば悪いときもある
全部おんぶにだっこで、俺が息切れしたら ポイ なのか?
稼げなくなった男は用済みなのか?
でもそれは俺のせいじゃない。
世の中が不景気なのは俺のせいではない。
そんな世知辛い世の中を、助け合って乗り越えていくのが夫婦なんじゃないのか。
頑張るのは俺だけ?
経費を節約しないと生きていけない状態で
事務所を引き払って自宅で仕事する。
それがそんなに悪いことか?
確かにストレスだったのかもしれない。
でも俺にどうしろと。
遊んでいるわけじゃないんだ。
朝はやくから夜中まで、1年中働いているんだ。
でもこの頃からだ。
生活の歯車が合わず、少しずつおかしくなっていったのは。
私らにできることがあったら何でも言って
近所の人です。
死因を知らない人のほうがよくしてくれます。
そりゃあそうか。
でも、子供が小さいときからずっと付き合いのある
いわゆるママ友?
実はこの人らが曲者だった。
もちろん死因も知ってる。
法要に来るたびに妻の写真を見ては
若くていいなぁ(歳をとらなくていいなぁ) と。
妻が亡くなってからネコを飼ったんです。
そしたら、一人減ったから
一人増やさなきゃね と。

俺も大人なんで、ぐっと堪えて何も言わなかったけど
この前お兄ちゃんが新品のスポーツバッグを
バイト先からもらってきたのね。
でも子供が持つ様なのだからいらないっていうわけ
じゃあその筋に強いママ友に聞けば誰かいるかもと
電話しても一向につかまらず
しかたがなく自宅まで行ったんだが、お留守。
あとで連絡もらえますかと言付けたんだが、一向に連絡なし。
ま、しょうがねーかとあきらめていたところ道でばったり。
事情を説明して、新品だからと言うと
もうそういうつきあいもないし(うそばっかり)
歳もはなれちゃったしね(小学生のチーム監督とか知ってるくせに)
ようするに、自殺者の家のバッグなんて
誰もほしいっていう人はいるわけないだろ っていうのを
遠まわし言ってるわけだ。
そうだよね。
俺がバカでした。
普通だったら、近所で自殺なんかしたら
ふざけるな、こんなところでするなよ、どっか山でも行け と
そう思うわな。
その家の者から、たとえ新品ですよと言われたところで
誰もいらんわな。
私らにできることあったら何でも言って じゃなくてさ
こんな近所で迷惑なんだけど と言ってもらったほうがわかりやすかったかな。
そう言ってもらえば、なるべく顔もあわせない様に
なるべく挨拶する機会がなくなる様に努力したのにさ。
もう建前だけの法要には来なくていいです。
もう法要がいやだ
人に会うのがいやだ
家に人が来るのがいやだ
そっとしておいてほしいのに…
この先もずっとあるのか
考えただけでうっとおしい
愛していたけど、世間体でやらなきゃならないのは苦痛なんだ
そんなのやってあげたいとは思わない
俺一人神社にいって泣くからそれでいいだろう
もう普通にしたい生活に、波風を立てたくないんだ
用意をするのもいやだ
お金だってかかるし
その後の片付けだって大変なんだ
花なんかもって来るなよ
どうせ枯れてしまうんだ
誰が片付けると思ってるんだよ
泣きながらゴミ袋に入れる俺の気持ちとか考えたことあるのかよおまえら
せめてお菓子とかにして
子供らがあとで食べるから…
いやだいやだいやだ
本当は君が死んでしまったことを確かめるのが一番いやなんだ
死にたいとは思わない。
子供達にまた同じ辛い思いはさせたくない。
だから
消えてしまいたい。
俺なんか最初からいなかったことにしてほしい。
それだと子供も最初からいないことになるか・・
ついこの前まで、妻はいつ戻ってきてくれるんだろうと
本気で考えていた。
死んでしまっているんだから、そんなことは絶対にあり得ないわけで
そう考え直すのに少し時間が必要で
また現実を受け止めたら受け止めたで、また悲しくなって落ち込んで・・
寝て覚めて、また一人でいることに疑問をもつシチュがあって
あいつはいつ戻ってきてくれるんだろう・・
もうこのスパイラルばっか。
消えたい
恥ずかしながら、妻は俺にとって一番大事な人で
いつも彼女が中心の生活だった。
彼女と知り合う前に、つきあった女性は何人かいたけど
心から全部好きになり愛した人は彼女が初めてだった。
彼女もそうだと言ってくれた。
だから結婚したときは本当にうれしかった。
彼女はとても複雑な家庭環境で育ち、とても幸せとは言えない幼少を過ごしているが
そんなことを感じさせずいつも明るく笑顔で俺の隣にいてくれた。
俺は彼女のその笑顔をみるだけで幸せだった。
だから、今までその苦労した分を上回るように幸せにしてあげたかった。
ウチは自営業なので、彼女が中心と言いながら
生活は俺が主導で送っていた。
だからといってがちがちの亭主関白というわけでもない。
息子達にも、ママはウチでは紅一点なんだから
やさしくしなきゃね といつも言っていた。
上の子なんかも
パパはいつも厳しいけど
なんだかんだ言って、ママにはやさしいんだね と。
え? そうか? おまえたちにだってやさしいだろ と照れ隠ししたり。
俺に何かあったらママをよろしく頼むなとよく言っていた。
妻が逝って一年後ぐらいに、上の子が自分の彼女のことを話するときがあって
俺の彼女ってたいした悩みとかないんだよね
いいよな幸せな家庭で育って
と言うから
ウチだってママが死ぬまでは幸せだったよな
そう言われた息子は、そうだよねとひとこと
それからかな・・なんか俺に対する接し方が変わったのは。