出撃に際して論子、生まれる愛子へ
陸軍少佐 渋谷健一の命 31歳
昭和20年6月11日
(「英霊の言乃葉」靖国神社より)
「父は選ばれて攻撃隊長となり、隊員11名、年歯わずか20歳に足らぬ若桜と共に決戦の先駆となる。
死せずとも戦いに勝つ術あらんと考えうるは常人の浅はかなる思慮にして、必ず死すと定まりて、それにて全軍敵に総体当たりを行い、尚且つ、現戦局の勝敗は神のみぞ知り給う。
真に国難というべきなり。父は死にても死するにあらず、悠久の大義に生きるなり。
1、寂しがり屋の子になるべからず、母のあるにあらずや。父も又幼少にして父母を病になくしたれど、決して明るさを失わずに成長したり。
まして、戦に出て壮烈に死すと聞かば、日の本の子は喜ぶべきものなり。
父恋しと思はば、空を見よ、大空に浮かぶ白雲に乗りて父は常に微笑みで迎う。
2、素直に育て、戦勝っても国難は去るにあらず、世界に平和が訪れて万民太平の幸を受けるまで、懸命の勉強をすることが大切なり。
二人仲良く、母と共に父の祖先を祭りて、明るく暮らすは、父に対して最大の孝養なり。
父は飛行将校として栄の任務を心から喜び、神明に真の春を将来する神風足らんとす。
皇恩の有り難さを常に感謝し世は変わるとも忠孝の心は、片時も忘るべからず。
3、御身等の母はまことに良き母、父在世中は、飛行将校の妻は数多く有れども、母程、日本婦人としての覚悟ある者少なし。父は、常に感謝しありたり。
戦時多忙の身にして真に母を幸福にあらしめる機会少なく、父の心残りの一つなり。
御身等成長せし時には、父の分まで母に孝養つくさるべし。
之父の頼みなり。現時、敵機爆撃の為に大都市等にて家は焼かれ、父母を失いし少年少女数限りなし。
之を思えば父は心痛極みなり。
御身等は母、祖父母に抱かれて真に幸福に育ちたるを忘るべからず。
書置く事は多けれど、大きくなった時に良く母に聞き、母の苦労を知り、決してわがまませぬよう望む。」
参考図書
「英霊の言乃葉」靖国神社
参考動画
知覧鎮魂の賦(「俺は、君のためにこそ死にに行く」より)