今年も最初の一週間が過ぎ、出会う人ごとの「あけましておめでとうございます」の挨拶もおおむね一巡して、早くも日常の日々に戻ろうとしている。
今年の年末年始も、いつものように、関東にある実家に帰って過ごした。両親とも80歳代の二人ぐらしであるが、心身ともに元気。
この上なく有り難いことだと思う。
私の子供のころ、お正月のバラエティの定番に「新春スターかくし芸大会」というのがあったが、ここ数年、わが家の定番となっているのが「芸能人格付けチェック」である。若いタレントなどには全く興味も知識もないうちの80代の両親が「Gackt」という名前を知ってる。それだけでも感慨深いのに、元旦の夜6時になると、夕食の準備も万端すませてGackt応援の体勢に入っているくらい、非常に楽しみにしているのである。
なので、そのGackt(のチーム)が答えを間違えて「普通芸能人」に陥落してしまったのは、このお正月における一大事件であった。
さて、毎年、この番組を見終わると、「うちでも真似して何かやってみようか?」ということが話題になる。ただ、「それなりに予算がかかりそう」なのと、「けっこう自信がない」というので、なかなか実現しなかった。
その懸案の企画を、今年は初めて開催しました。
2016 新春 我が家の格付けチェック
問題は、「ボトル入りの天然ミネラル水」と、「水道水」(笑)。
参加者・・・私の母と、私の妹と、その娘。つまり我が家の女三代です。
果たしてうちの三代の女たちは、この両者の区別がつくのであろうか

これがけっこう興味深いチャレンジとなりました。
言いだしっぺの私は「格付けマスター」となり、水温も調整して慎重にサンプルを準備します。そしていよいよ、三人の前にそれぞれ「○」印のカップと「×」印のカップが出されました。その二つを飲み比べて、こっちが「天然ミネラル水」だ! と思う方の印を上げる、というルール。
三人の参加者も、これの区別がつかない、という始末になりたくないので、口をゆすいだりしてすっごい真剣さで吟味した末に出した答えはこれ。
これは予想外の結果でした(笑)
三人が挙げている「×」は、水道水のほう。つまり全員外れ。皆さん、水道水と、買った水の違いがわからない、というとになります。
いや、三人の言い分によると、「味の違いはわかっている」。ただ、どっちがどっちかがわからない、ということらしくて。
うちの母は、この結果は意外と真剣にショックだったらしいので、来年は、もう少し母の得意分野でリベンジ戦をやってあげようと思っています。
「羅臼昆布と血合い抜きの鰹節でとっただし」と「粉末だしの素のだし」とか。
ただ、これを外すようなことになったら、母のショックはさらに大きなことになりそうだしなあ・・。
ブログネタ:2016年の目標決めた? 参加中そういうわけで、今年は、
・できるだけ年間にわたる目標
・成果ベースではなくて過程ベースの目標(成果ベースだと、達成した瞬間に何もやらなくなる自分がいるので)
をたてることにしました。
では行きます! 2016年頭の抱負 Vorsatz fürs neue Jahr です。
たくさんあります。
1.ドイツ語
今年は、6月に、2級にチャレンジすることにしました。で、もし受かったら、2017年準1級(の筆記試験部分)の受験を目指してがんばる。受からなかったら12月に再挑戦して、絶対に年内2級合格を果たす
がんばるぞーーー
2.英語
去年ドイツを旅行したとき、地味にがっかりしたことがある。ドイツの街中で人にものを尋ねたのだが、私のドイツ語を聞いたその相手は、話をさえぎって"You speak English?" と

ところがだ。私が英語をしゃべり始めたのをじっと聞いていたその人は、なんとドイツ語に戻して話しを再開したのである。どうやら、私の英語よりかは、私のドイツ語の方がなんぼかマシ、少なくとも同程度らしいのである。
・・・これは、喜んでいい事態なのだろうか・・
・・いや、英語がひどいと考えるのが普通だろう。ドイツ語とか、言ってる場合じゃないわけである。そこで。今年はTOEICにも2回挑戦することにした。3月に1回受けて、11月には、3月試験の結果より200点アップを目標にする。私の英語力から言って、700→900などはありえない。おそらく、400→600ぐらいの予測である。我ながら、「いい目標」である。
3.スポーツクラブ
今年は、体重は現状維持、体脂肪率は現状より1~1.5%の減を目指す。なので、去年のように死にもの狂いで通う必要はないので、筋トレを中心に月8回程度、年間合計100回を目標にする。これなら年間通じて頑張れるだろう。
4.肝機能
この項目は新登場です!
実は、去年秋に受けた人間ドックの結果で、ショックだったことがあった。
ここ数年間、血液検査は全項目「青判定」(正常)だったのに、今回、肝機能項目であるGOTとGPTが「黄判定」(要注意)になっちゃったのだ
「黄」と言ったって、GOTは33、GPTは31だから、基準値をちょびっと上回ってしまっただけだが、このところ年々上がってきてるのは確かだ。そして、原因はほぼ明白なのである。
ちょうど、持病の経過観察で、3か月に1回血液検査を受けることになっているから、12月の検査で、どちらの値も20台以下を目指す。どうやったら下がるのかはよくわからないが、とりあえずお正月の飲み残しのワインを飲みながら方法を考えて、本気で頑張ることにします。
5.断捨離
これも新項目です!
私は、気まぐれで何事にも中途半端に興味を持つので、物が多い。
しかも、実は私は「捨てられない女」です。若いころに着ていた、もう10年以上着ていない服、もてあましているけど壊れているわけでもないので捨てきれない家具、買ったけど使いづらい失敗家電、学生のころ苦労して勉強した思い出が懐かしい参考書、特に、いつかリベンジしてやりたいと思ったまま死蔵している数学の問題集、そしてたくさんの本。
これを、勇気をもって、捨てる。そしてすっきりした家に住む。
・・ものを捨てるというのは大変です。惜しくなる。不安になる。捨てるものを吟味しながらいちいち思い出に耽る・・・。おそらく、今立てている抱負のうちでも、これがいちばんの難題だと思うけど、今年一年かけて、やりとげたいと思います。
6.家計簿
2014夏、2015夏と、ドイツ語圏に2年連続で旅をした。時間にもお財布にも限りがあるので、2016はひと休みの年としたいが、世情が安定しているようなら、2017ぐらいには、オペラ・ミュージカル鑑賞と、そして次こそはブンデスリーガ観戦の旅に出かけてみたい。ということは冬か早春ということになる。そしてその旅のコンテンツ充実のためには、先立つものが必要だ。
私は、普段は比較的無駄遣いはしない方だと思うが、忙しさで余裕がなくなると、つい家計簿がマダラ状態になる。2週間ほどつけないで放置したあげく訳がわからなくなるドンブリ家計である。これは今年はちょっと改善してみようと思う。3日以上家計簿をためない。
お金をためるため。つまりは、次なるドイツ「歌とサッカーの旅」のためである。7.楽器
自分の音楽については、今年は高い目標は立てません(他にやることが多すぎるから)。新しいこともやりません。
「ウェルナーの教則本 ⅠとⅡ」だけを、12月のおわりまでちゃんと続けていること。途中で放り出さないこと。それだけをめざしたいと思います。
8.仕事
去年、年頭の抱負で「今年こそ通る企画を」というのを掲げた。残念ながらその目標は、職場での私の居場所が変わったために、機会そのものを失うことになってしまった。
ところが、どうやら、再挑戦のチャンスが今年の5月に到来しそうな気配になってきた。
そこで捲土重来、その仕事を完成して成果を出すこと。この目標だけは年の上半期限定になるが、自分にとっての必達目標として掲げたい。大切な、2年越しの目標である。
以上が私の2016。
どこまで実現できるかわかりませんが、自分を信じて前向きに頑張りたいと思います。
年頭にあたって今年のプランを立てるため、まずは去年の振り返りをしてみようと思う。
今はやりのPDCAというやつである。
2015年は、私にとってどういう年だったか。
・・・一言でいえば、
前半は花丸
だったけれど秋以降に大崩壊
その好調も、そして失速も、そもそも年頭に掲げた目標に起因したような気がしている。
去年、ふと思い立ってブログに書いた「年頭の抱負」。内容は、語学のこと、趣味の楽器のこと、健康管理のこと、あとは仕事のことなどだった。
目指す数値まで加えて具体的な目標を掲げると( しかもそれを、匿名のブログとはいえ文字に書いて公言すると)、これが実に効果的だということを知った。しかし後半に大失速。
いきなり話が変わりますが、昨年末に「下町ロケット」を見ていたら、競合他社から特許侵害で訴えられてしまった佃社長(阿部寛)に神谷弁護士(恵俊影)が言っていた。「そもそも、なぜこんな事になったのかお分かりですか・・・それは、持っていた特許が良くなかったからです」
その伝で言えば、去年私が後半に失速したのは、「立てた目標が良くなかったからです」。
検証してみましょう。
1 独検3級に挑戦
まあこれは、自分が大学時代にやったドイツ語を思いの外よく覚えていたということでもあるけど、達成目標が3級というのはズルすぎた。なので6月に楽勝で達成してそれっきりだ。
受験してみての実感は、自分のドイツ語力は、「 2級には通るかもしれないけど準1級は到底無理(しゃべれないから)」というあたりだと思った。本気で頑張らないといけないのはここから先なのだ。
2 体重管理とスポーツクラブ
「半年で70回以上はスポーツクラブに行って、体重マイナス5㎏」が当初目標。
実際には、上半期にスポーツクラブに通った回数は100回を超え、目標体重も9月にクリアした。逆に「これ以上体重が減ったらまずい」という状況になって目標を失った私は急にテンションが下がり、クラブからも足が遠のいて、なんと11月には「ウェルカムバックドリンク」(うちのクラブでは、1ヶ月以上さぼったあと久しぶりに行くと、お励ましの、スポーツドリンクを一本くれる)を貰う始末。あれには我ながらがっくりしたなあ。幸いリバウンドはしていないけれど、体力筋力はもう一回鍛え直し中。
3 楽器
「趣味の弦楽器の練習を、とにかく5分でもいいから毎日欠かさずやる」という甘い目標。
ちょうど、楽器教室の生徒が集まってやってる弦楽アンサンブルの企画に参加することができた。合奏で自分だけ「落ちる」わけにはいかないので、7月まではかなり頑張れた。しかし、7月末の発表会をもって一段落した上に、8月の海外旅行で練習中断して以降、何かを忘れたように一切やらなくなってしまった。ライバルである姪っ子の7歳児は、ものすごい成長ぶりで、このままでは今年中に追い抜かれるのは確実だ。
・・何やってるんだ私。
教訓
目標をたてるんなら、ちゃんと1年もつ目標をたてるべし
2016年。新年が明けました
昨年は、個人的にはまずまず頑張っていろいろ手応えのあった年。
その昨年を自信にして、今年はさらに前を向いて、いい年にしていきたいと思います。
昨年は、世の中では不安なこと怖いことなどもいろいろあった年。
ことしはどうか、穏やかで希望の持てる年になりますように。
では、これからひと寝して、起きたらお節お屠蘇をいただいて、それから今年の抱負を考えることにいたしましょう。
Most Impressive Place
この夏に行ったオーストリア・ドイツ旅行の中で印象に強く残った場所の記録です。
MIP 第1位
自転車でめぐるベルリン
いろいろ行った今年の旅も、好きな街であるベルリンで締めたいと思い、旅の最後の3泊はベルリンにとりました。
そして、せっかくの、昨年に引き続きのベルリンなので、今年は昨年とは違う、「前から一度やってみたかったこと」にトライしてみることにしました。
それは、日常生活感覚のベルリンを味わう、ということでした。
そこで、「自転車」。
去年来た時に感じたことですが、ベルリンという街は、自転車がすごく定着していて、またたしかに自転車で動くのが便利な街なんですね。地形はおおむね平坦で、自転車でちょうど回りきれる大きさ。U- bahn, S-bahn 、バスなどの公共交通機関も便利だけれど、それぞれの路線を把握して乗り変えたりするのは意外に面倒。そこで今回は、公共交通機関原則禁止、3日間通しで自転車を借りて、それでべルリン市内をあちこち走り回ることにしました。
こちらの真ん中の赤いのが今回の私の相棒です。
また今回は、奮発してベルリン中央駅近くのアパートメント型ホテルをとりました。(Expediaで、バーゲン価格で出しているのを見つけた)。ここは冷蔵庫、調理器具や食器を含めてキッチン設備が完備、
テラス付きリビングと、
寝室があり(寝室にも壁テレビ付き)
バスルームには洗濯・乾燥機までついて、これでさらに所帯じみ日常生活感アップ
そしてもう一つのポイント。それは、観光客みたいに(って、観光客なんですけど)、有名な観光スポットを回らない。実際には、去年行き残した2、3か所には行きましたが、3日いたにしてはかなり抑えました。だって、地元の人間は、自分の街の観光名所に毎日行ったりしないですもん(笑)。
そんなセッティングで、ベルリンで「暮らす」プチ体験の3日間。やってみたら、「次も絶対これ」と思えるような、大変に満喫した3日間となりました。そのプチ感想は後日改めて書くとして、今回は、「自転車でめぐる」ための補足情報を書いておきます。
●予約について
ネットで調べると、日本から予約できるレンタサイクル屋さんはあり、今回は、あらかじめ3日予約を入れて行きました。
ただし、行ってみると、ベルリンの街中には、専門のレンタサイクル屋さんだけでなく、ホテルやカフェなどでも自転車を貸し出しているところは多く、料金もだいたい同じようなものなので、行ってから借りるのでも十分な気がしました。
今回は、幸い、連日のド快晴だったので結果オーライになりましたが、3日も予約して雨だったら一体どうする気だったんだ、って自分で思いました。。。
●交通の注意
・基本的に、ベルリンの街は、自転車に大変親切です。路肩が通りにくいなどで多少車道側にはみ出して走っても、自動車のほうがよけて減速してくれるぐらいで、自転車が相当はばを効かせて走っています。
・ただし、右側通行のルールはきちんと守られているようです。日本だと、短い距離だと軽い気持ちで逆走することもありがちだと思いますが、ここでは、左側を走っていると、しっかり注意されますし、危ないです。
・右側通行で一番危ないと思ったのは、走る時より、道を渡るときです。日本では、道をわたる場合「みーぎ見て左見てー、もういーちど右を見て」という歌もあるように、車は右から来るという感覚が身にしみついてますが、ベルリンでは当然ですが車は左側から来ます。慣れないうちは、意識しないと、これが本当に要注意だと思いました。
●無料wifi
街中で情報取りたくて無料wifiを探すということがあると思いますが、これは意外に少なくて苦労しました。スタバやマックは、店舗によって無料wifiがあったりなかったりしますが、チェックポイントチャーリー付近のスタバに昼食時間帯に寄った時は、(wifi目当てで入店したのに)、混雑のせいでしょう、重くて重くて全く使い物になりませんでした。
逆に、一番高速で快適に使えたのは、ベルリン郊外で、お客が私1人という状態の、夕方のマックでした。
●地図など
自転車で方々を回りたい場合、当たり前ですが地図は必携です。
今回は、ブランデンブルグ門前のお土産物屋さんでこの地図を買いましたが、パノラマ風でイメージがつかみやすい上、地図としては縮尺や方角、地名情報などが詳しく正確で、とても重宝しました。
あと、コンパスがあれば、迷いかけた時に大変役に立ちます。
ベルリンの街路はわりと込み入っていると思いますが、小さなStraßeにまでくまなく街路名が表示されていますので、正確で情報量の多い地図とコンパスがあれば不安なく回れると思います。
レンタサイクル屋のお姉さんによると、自転車は、みんなそこらへんにワイヤーロックで適当にくくりつけるのよ、ということでした。くくりつける用の柵も随所にありますが、立木などにもこんな感じでくくっています。
私もやってみる♪
自転車くくりつけ禁止の場所には、それを示す表示もあります。なるほど、ベルリンならではですね。
この夏に行ったオーストリア・ドイツ旅行の中で印象に強く残った場所の記録です。
MIP 第2位 ザンクト・マルガレーテン野外オペラ(オーストリア)
「ザンクト・マルガレーテン」は、オーストリア南部、隣国との国境も近いあたりにある、ヨーロッパ最古の採石場です。近くにある美しいノイジートラー湖とともに、世界遺産のひとつとなっているところです。
採石跡の荒々しい景観のなか、彫刻家によるアートの展示も行われており、また、夏に開催される野外オペラでも知られています。そのオペラの、今年のプログラムは、プッチーニの「トスカ」 (←大好き )
この演目を知り、この夏ウィーンに行くというならば、これはぜひ行かずばなるまいと思った私。
やや無理くりの算段をして、このオペラを鑑賞してきました
●行き方
何が無理くりかというと、このオペラは開演時刻がなんと夜9時。途中の休憩もあり、終演予定は12時(夜中の)なのです。
ヨーロッパではだいたい開演時刻は遅い。にしても、これはきつい。
何しろ場所は、ウィーンから直線距離で200㌔ぐらいの距離があって、ヨーロッパの超高速道を車ですっ飛ばして最低でも1時間半はかかる場所なのですから。そんな場所で、真夜中にはねる舞台を、ウィーンから見に行ったりできるのか。
不安を覚えつつ、とにかく見に行きたい一心で、執念に執念を重ねて探したところ、やはりそういう需要はあるらしく、ウィーンから観劇用の日帰りシャトルバスが出ているのを発見。以下、行き方を書いておきます。
今回利用したのは、Blagussという会社が運行するシャトルバスです。ウィーンの街外れ、Erdberg (U-Bahnで、ウィーン・ミッテ駅から4つ目)にあるバスターミナルから乗ることができます。
出発18:30→現地到着20:00過ぎ。帰りは、オペラ終了後の00:30ごろ出発して、ウィーン帰着が夜中2時です。ネットで予約可、往復で25ユーロ。バウチャーはPDFで送られてくるので、それを持参します。
●出発
昼間ウィーン市内を見て回ったあと、夕刻になってU bahnでErdbergに行くと、駅の近くがこんな感じのバスターミナルになっています。東欧方面への長距離バスが何台も発着して、バックパックのお客でにぎわっていますが、シャトルバスの乗り場にはちゃんと「トスカ」のポスターも貼られていてわかりやすいです。
去年、ドイツのテクレンブルク野外ミュージカルに行ったときは、観客の服装は思い切りラフでしたが、今回はさすがオペラ!お客の年齢層はかなり高く、そして皆さんけっこうドレスアップしていらっしゃいます。バスは満席、東洋人は私だけで、ほとんど地元の人しか乗っていない感じ。我ながら、よくこんな交通手段を見つけたもんだと少しあきれながら、これ用に持ってきたワンピースで、いそいそと乗り込みます。
●舞台の風景
現地に到着したのは20時過ぎ。ヨーロッパの夜はまだこんなに明るい。観客席まで降りていく通路の向こう側に、採石場の様子が遠望できます
開演前の舞台。大がかりな舞台装置がしつらえてあります。なんとなく小林幸子の紅白の衣装みたいな感じですが、このスカートの部分が幕のように開いて、劇が始まるわけです。
これは幕間に、ちょっとスカートの隙間からのぞいてみたところです。こんな風に、舞台装置や投影によって、この空間が礼拝堂になったり、スカルピアの部屋になったり、サンタンジェロ城になったりするわけです。上演中は、歌手のアップも投影されます。
開演までの小一時間、広場にははバーが立ち並んでいて、皆さんワインや軽食を楽しみながら、開演を待ちます。見回したところ、やっぱり東洋系の顔をした人間は非常に少なくて、「どこから来られましたか」「私は川越に住んでましたよ」などと声をかけてくださる人もいて、少しお話しながら開演を待ちました。 ワインがほどよく回って、いい気持ちになってきたところで、開演を告げるアナウンスがあり、席に着きます。席は前から2列目。この時点で、すでにもう極楽気分ですね。
●オペラ
「トスカ」は、情熱的で理不尽な悲劇ですが、採石場の荒々しい風景を活かした演出がすごくマッチして、とてもドラマチックで迫力ある舞台を堪能することができました。舞台装置の上にしつらえてあるローマ彫刻風の巨大な白い像は、場の転換に合わせて向きを変え色照明を浴びて、物語の劇的な展開を演出し、最後の銃殺とトスカの投身のシーンでは、背景の巨大な石の壁が効果的に使われました。
そして「カヴァラドッシ」(←重要)。この、騎士で芸術家で、正義漢で、友情に篤く、女に優しく(甘く)情熱的な、(そして、最期に微妙に間抜けな死に方をするところも却って哀れを誘う、)女心に直球でくる(笑)キャラクターが私は大好きで、それだけに、イケメン希望 という大きなネックがありました。
林真理子さんがかつて、「トスカでは、カヴァラドッシよりスカルピア(=冷酷で好色な悪役)の方が、大抵いい男だ」と書いているそうですが、どうもテノールよりバリトンの方が、イケメン率は高いらしい。
ルックスの点で評判がいいのはヨナス・カウフマンが演じたカヴァラドッシですが、DVDでみる限り、その版ではスカルピアがいくらなんでもむさ苦しすぎ、悪役なりの品格や魅力が感じられなくてちょっと好みではありません。
その点今回は、なかなか魅力的なカヴァラドッシで、第1幕で出てくる独唱やトスカとの二重唱、第3幕のアリアなど、ああいつまでも見ていたい聞いていたいと思いながらの至福の時間を過ごすことができました。
●追加情報
・オペラのチケットは、ザンクト・マルガレーテン野外オペラの公式サイトから直接購入できます。チケットはPDFで送られてくるので、自分でプリントして行きます。
・ウィーンから日帰りする場合、夜中の2時ごろに市内に帰着することになります。帰りは、Erdbergのバスセンターのあと、ウィーン中心のオペラ座前にも止まってくれます。ただしこの時刻、公共交通機関(S Bahn,U Bahnなど)はすべて終了しています)。
また、行きの乗り場はErdberg発のみで、オペラ座前でピックアップはありませんので注意。
・Erdbergはウィーンの町外れで、この周辺で宿を取ろうとする場合、長距離バス旅行者が宿泊する用に、パスセンターから徒歩5~10分ぐらいの圏内に、安めのホテルはいくつかあります。周辺の治安はあまり危険ということはないと思いますが、何しろ真夜中に人気の少ない道を歩くわけなので、明るいうちに宿は下見して、道順と距離を確認しておくことをおすすめします。(私の場合、Erdbergでおりた客のうち5人ぐらいが同じ道をホテルに向かいましたので、夜道の不安はあまりありませんでした)
さて、この夏の旅の記録は、あと「第1位」を残すのみとなりましたが、じつは、「第1位」には特定の観光スポットとは違う内容を書きたいと思っています。なので、本日のザンクト・マルガレーテンが、この夏に印象深かった旅先の 実質 第1位
ということになります。ダイナミックな景観と、素晴らしいオペラと、旅程づくりの楽しみとの合わせ技の勝利(?)でした。この夏に行ったオーストリア・ドイツ旅行の中で印象に強く残った場所の記録です。
MIP 第3位 ザクセン・スイス (ドイツ、ドレスデン近郊)
なんだか「高いところに登る」シリーズのようになってきた今回の旅ですが、今日はその最終回です。話はまたドイツに戻りますが、先述のドレスデンからチェコ方面に少し南下したところに、「ザクセン・スイス」と呼ばれる景勝地があります。せっかくドレスデンまで行ったので、ついでに足を伸ばしてみたのですが、「スイス」と言っても、爽快な青と白のアルペン的山容とは大違い!
そこには、まさに「ドイツ・ロマン派」という奇観が広がっていました!!
●現地への行き方
ドレスデンの南方には、政治史の中でも何度か大きな役割 (敵に追われた王様の逃げ延び先とか、重要な囚人の幽閉先とか) を果たした「ケーニッヒシュタイン城」などもあり、できればそこも含めて旅程を組みたいところですが、今回は日程の制約があり、一番のポイントである「バスタイ橋」のみ、観に行くことにしました。
その「バスタイ橋」に行くには、ドレスデン中央駅からSバーンに乗ります。エルベ川の流れに沿って30~40分ほど南下し、チェコ国境もほど近くなってきます。
最寄駅は「クアオルト・ラーテンKurort Rathen」。こんな感じの小さな駅です。駅舎の向こうに見える風景が、すでに何だかすごい。
駅を降りたら、エルベ川方向に降りていき、そこから発着する渡し舟にのって対岸に渡ります。そう、「バスタイ橋」が観光の目玉のくせに、この場所に橋がかかっていない。なので、みんな向こう側に行くために、乗船口に行列になっています。
ここの渡し舟、往復で8ユーロです。写真にも写っている向こう岸にわたるだけ5分ほどでこのお値段!(ちなみに、ドレスデン~クアオルト・ラーテン間のSバーン30分ほど、往復料金は13ユーロです)。
立って乗ったまま運ばれるすし詰めのお客さん。私は旅行中はあまり野暮なことはいわないんですけど、この時は思わず数えて計算しました。ひとり片道だと4ユーロ、60人ほど乗っているので240ユーロ、5分ほどの稼働でこのお値段。。この舟、1時間に4回往復ほどは出ている。なんかバスタイ橋でものすごく潤ってるんじゃないか・・・ほんと野暮だけどつい考えてしまった。
さて、そうこうしている間に、あっという間に向こう岸に着くので下船。
実をいうと私は、現地を見るまで、かなりの「辺境」をイメージしていました。事前の旅行情報も少なかったので、道に迷わないで行けるのか、旅行者が安全に通行できるのか、など、かなり不安でした。ところが、予想に反して、人の渋滞が起きるほどの賑わいです。おそらく、余程の閑散期に行かない限り、周りの人たちについていけばよく、道に迷うということは少ないかと思われます。
舟を降りたところが街の中心です。クア(保養)オルト(場所)の名前のとおり、のんびりした感じの保養地で、観光客向けのカフェ、お土産やさん、宿泊施設などのほか、日本の温泉場にあるような、長期滞在者むけの食料品店のような店もあります。標識などのほとんどはドイツ語。旅行者が話しているのもドイツ語もしくはそれ以外の言葉(おそらくチェコ側からの旅行者)です。
町に入って数分ほど歩いたら、左に折れて、登山道に入ります。整備されて歩きやすい道です。
登っている間にも、木々の間から、このエリア独特の、森と奇岩からなる独特な風景が現れてきます。展望の中心スポットまでは、20~30分ほど。その中心は何と言っても「バスタイ橋」ですけれど、その少し手前に、2ユーロの料金で入れる有料展望エリアがあります。ここから眺める奇岩や森の眺望は迫力があり、またその奇岩に渡された鉄橋の通路を歩くスリルを味わうことができるので、もし高所恐怖症でなければ、おすすめしたいところです。
その有料展望エリアの様子を、外から眺めたのがこちら。岩と岩の間に渡された橋を人が渡っているのがわかるでしょうか。外から見ると結構こわいですね~。

そして、バスタイ橋。荒々しい奇岩群に囲まれた独特の景観です。
もう一つ、美術の好きな方は行き忘れてならないのが、「画家の道」。バスタイ橋を渡ったあと、すぐに右に折れる、もう一つの展望スポットです。
なぜ「画家の道」というかというと、18世紀から19世紀にかけてのドイツロマン派に属する幻想的な風景画家、カスパー・ダヴィド・フリードリヒ。そのフリードリヒが絵を描いたスポットがここにあるのです。フリードリヒの絵は、理想的・幻想的にデフォルメされた、非現実的な風景だとばかり思っていたのですが、実は実際の風景に即した写実的な絵だったのでありました。 その「実際の風景」の方が、幻想的でやや不気味な、自然の造形だったわけですね・・。
岩が織りなす独特の景観と、そして、どこまでも続く、濃く深い森。なんだか深い感慨をおぼえて、気が付くとけっこう長い時間をここで過ごしました。
●追加情報
・Kurort Rathen 駅の列車発着は、上下とも1時間に1本程度、もしくはそれ以下なので、しっかり確認しておくとよいです。
・山道の途中にはトイレはありませんが、バスタイ橋から少し上がったところに、カフェやレストランのあるけっこう大きな休憩所があります。もしかしたら宿泊もできるかもしれません。(未確認)
・駅から「バスタイ橋」までの往復は、片道30分程度の手軽な観光コースですが、実は、「バスタイ橋」をさらに超えてずっと周回していく長時間のハイキングコースもありました。地元(ドイツやチェコ)からの家族連れで、ハイキングを楽しみに来ている人も多いようでした。
Most Impressive Place
この夏に行ったオーストリア・ドイツ旅行の中で印象に強く残った場所の記録です。
MIP第4位 「ケールシュタインハウス」。 ザルツブルク近郊です。
今回の旅は、子どもサービスもあって、期せずして「高いところに登る」という遠足企画が多かったのですが、今日とりあげるのは、私の歴史趣味も合わせて選んだバスツアーです。
ベルヒテスガーデンという町があります。行政的にはドイツに属しますが、地図でみると、ドイツの領土が半島のように小さくオーストリアに突き出している感じのところで、高い山や湖、塩鉱などのあるリゾート地です。
この町の近郊に、 「ケールシュタインハウス」というヒトラーの山荘があります。ヒトラーが、ドイツで権力を掌握したのち、オーストリアを併合したのが1938年。おそらくは、彼が権力への道を上り詰めた時期であったろう1939年に、膨大な資金と労働力を投入して、ケールシュタイン山(標高1881メートル)の山頂付近に建てられたのがこの山荘です。ここで、ムッソリーニなどとの重要な政治的会談もおこなわれたとの話です。
この山荘の別名が、 「イーグルス・ネスト」(鷲の巣)。 この名前は、大戦終了後にこれを接収したアメリカが付けたということですが、まさにナチスの象徴(というよりも伝統的にドイツを象徴するとされてきた鳥ですが)である「鷲」が、屹立した山頂にこしらえた「巣」ということで、歴史的にも、そして外観的にも、まさに言いえて妙、という感じがしました。
私たちは、眺望の楽しみと歴史探訪を兼ねて、ここに足を伸ばしてみることにしました。
●行き方
私たちは、ザルツブルクから出ている「パノラマ・ツアー」の観光バスツアーを、日本からネットで予約して行きました。結果的には予約して大正解だったのですが、一応、予約のメリットとデメリットを書いておきます。
<予約するメリット>
確実に乗れる。当たり前ですね(笑)。
愛想と恰幅のいいガイド氏(私たちの内輪では「おっちゃん」と呼んでいた)が、出発前にお客さんに希望を聞いたところ、「英語」希望
、「フランス語」希望
、「イタリア語」希望
、「スペイン語」希望
などいろいろ手が挙がりましたが、「ドイツ語」希望はゼロでした。つまり全員外国人観光客だったわけです。8月の観光シーズンでもあり、私たちが参加したツアーは満席でした。人気も高いコースのようなので、確実に乗りたい場合は予約をおすすめします。
ちなみに「中国語」と「日本語」(日本人は私たちだけ)の希望
も出ましたが、それはおっちゃんのレパートリー外だったようで、私たちとしてはおっちゃんがしゃべる英語の部分が頼りでした。
<予約するデメリット>
天候が悪いと悲劇。これに尽きます。このツアーのレビューを見ると、行った人の満足度は非常に高いのですが、そうでなかった人も少しいます。「このツアーは良いか悪いかの二択、ギャンブルのようなものだ」と書いている人もいます。予約したからには、雨降りでもあきらめて乗るしかない (それか、ツアー代を放棄するか・・)。鷲の巣からの眺望がこのツアーの命なので、ガスがかかって視界ゼロだった、とかだった場合のがっかり感は計り知れません。。。。
●行程
ツアーの集合は8:30。そこから、おっちゃんの自己紹介や一通りの説明のあと出発となります。ちなみに、バスの座席は自由席ですが、出発の時の席が、以降その人の指定席となり、「途中で何度か下車するが、戻ってきたら必ず今と同じ席に座ってくれ、絶対に席を変えるな」と厳重に言い渡されます。国籍もバラバラな観光客一行を事故・トラブルなく引率するのは大変だと思いますが、そのための工夫やきまりもいろいろとあるようです。お客の方も、その辺はわかってるし、旅行でウキウキしてますから、みんな機嫌よく指示に従っています。
出発して30分ほどもすると、山のうねうね道に入り、そこから、みるみる高度があがって、車窓には、結構スリルある風景が広がっていきます。
途中の休憩所で、英語グループ、フランス語グループなどに分かれて小さいバスに乗り換え、その終点から、今度はひんやりした地下道を歩き、さらに大きなエレベーターに乗って、「鷲の巣」まで上がります。おっちゃんの説明によると、このエレベーターは authentic、つまり「本物」で、ヒトラーの時代に造られたものが現在も稼働していて、私たちは今それに乗ってるのだ、ということでした。
そのエレベーターは、直接「鷲の巣」山荘の内部につながっていて、そこを起点に、食堂、会議に使われた部屋など、当時の様子を忍びながら見て回れるようになっています。この山荘を造った当時の状況や、建設の過程などを説明したパネルも展示されています。
さらに山荘の外には、さらに岩場を登っていく細い道が続いていて(次の写真の、右側に小さく見えてる屋根が山荘)、そこを登っていくと、さらに高度感あふれる絶景が楽しめます。
●感想
すばらしい展望。高い山からのアルペン的な風景が、360度にわたって堪能できます。( くどいようですが、これで雨だとどれだけ悲しいかと思いますよね・・)
ここの、実はけっこう重要なポイントは、ほとんど足で登ることなくこれだけの絶景を堪能できることではないでしょうか。普通の山岳観光だと、途中までバスで登ってきても最後のところは足で登ることになるわけですが、ここはヒトラー時代のエレベーターによって、山荘の中まで直接あがってこられるわけなので。
私自身は、歴史的関心もあってここを選んだわけですが、その点でいうと、ヒトラー関連の建築物として、ここは往時の様子のまま保存・公開されて誰でも見られる状態になっている、数少ない例なのではないかと思います。
というのも、たとえば「ヒトラー最後の12日間」の舞台となった地下壕(の残骸)が非公開で、その地上が何の変哲もない駐車場になっているように、べルリンでもウィーンでも、ヒトラーやナチスの活動の痕跡は徹底的に破壊・抹消されているか、残存していても公開される例は少ないからです。公開することによる政治的影響の大きさが、その慎重さの背景にあるのでしょう。
今回、「この部屋でムッソリーニとの会談が行われた」「ここはエヴァ・ブラウンが使った居室だった」などと説明を受けながら、そのエヴァ・ブラウンが眺めたであろう美しい風景を同じ窓から眺め、その窓枠を背にうちの子どもたちが写真を撮ったりしているのを見ていると、歴史上のできごとが、少しだけ生々しい手触りをもって感じることができたような気がしました。
●ツアーについて
ツアーの所要時間は4~4.5時間ですが、往復にそれなりの時間がかかりますから、「鷲の巣」に滞在できる自由時間は1時間ほどです。山荘にはレストランも併設されていますが、観光客の多くは風景を堪能するのに夢中で、その風景を眺めながらゆったりと食事を楽しむ、という余裕は残念ながらありませんでした。私たちは2時間でも居たかったけど、ここだけで2時間というのは人によっては退屈かもしれませんから、残念ですが団体ツアーとしてはこれが適度なところなのかもしれません。
また、今回私たちが利用したパノラマ・ツアー社では、「鷲の巣」のみ(大人一人53ユーロ。ちょっとお高めですね) のほか、「塩鉱探訪」などが追加された丸一日のツアー (こっちはさらに高くて93ユーロ) もあって、それに参加している人は、途中で私たちと別れ、ツナギの作業服のようなものを渡されて、塩鉱の方に消えていきました。もし次に機会があったら、ぜひそれもやってみたいと思います。
そうした、いろいろな「もっと」はありますが、全体としては、私自身も満足でき、そして何よりも子どもたちが「今回の旅の中でも特に楽しかった」と言ってくれた、大成功企画となりました。
この夏に行ったオーストリア・ドイツ旅行の中で印象に強く残った場所の記録です。
(今回は、ゲーマーがかった、ちょっと変な感想文です・・)
MIP第5位 ヴァッハウ渓谷。 オーストリアです。
今回の旅は、子ども(小学生2人)がありました。ヨーロッパの都市の、教会や歴史ある建築物、美術館や博物館などは、大人にとっては大変魅力的ですが、それだけでは子どもたちにはきっと退屈。そう思った私たちは、いくつか、工夫した行き先を用意しました(動物園とか)。その中で、今日と次回は、美しい風景を堪能した郊外の景勝地をとりあげてみます。
ヴァッハウ渓谷は、ドナウ川沿いの、メルクからクレムスあたりにかけてのエリアですが、ここでは、私たちはまず、メルク修道院を見学。とても壮麗・壮大で、教会や宝物館など見所が多く、時間に余裕があれば、時間をかけて見学したあと、メルクをのんびり街歩き、そしてカフェでお茶、といった過ごし方もできそうです。
修道院のたくさんの見所の中で、私がとても好きだったのは、歴史あることで知られている「図書館」でした。それほど広くはありませんが、天井までの壁一面に、重厚な装丁の、古い本(本というより、「書物」と言った方がしっくりくる)が納められています。見るからに貴く近寄りがたい感じがしますが、おそらくその当時、「知」というものが、今の私たちでは想像もしがたいぐらい高みにあるものであり、ここはその「知」の、なまなかな人では手の届かない(その存在も知らない)ような巨大な集積ということだったのだろうな、と感じました(残念ながら写真撮影が禁止なので画像はありません・・)。
図書館だけでなく、メルク修道院全体が、そういう「総本山」的な壮大さ、華麗さをかもし出していて、私が実は「修道院」という名前に持っていた勝手な先入観、つまり北海道の「トラピスト修道院」とか、イタリアの田舎にある修道院のような小さく質素で素朴な感じ、というイメージとは、まさに対極的な感じがしました。
ちょっと余談ですが、古いテレビゲームのタイトルで、「ブック・オブ・ウォーターマークス」という外国もの(いわゆる洋ゲー)があります。その冒頭に、静謐な空間と重厚な書棚の列を持った図書館が出てきます。私は当時、そのゲーム自体というよりその空間の雰囲気が好きで、ゲームを進めずもせずにただ延々と流していたりしたのですが、メルク修道院の図書館にたたずんで、ふと、そのゲーム内の図書館のことを思い出したりしました。
さてさて、メルクの街から坂道にそって降りてドナウ川まで行くと、船着き場があります。ここから、遊覧船に乗ってのんびりと風景を楽しみながら1時間あまり下ると、デュルンシュタインという街に着きます。
デュルンシュタインは、街の城壁をくぐると、狭い街路にたくさんのバールやおみやげ屋さんが並び、観光客が行き交う、のどかだけれど活気ある街です。街の入口からほど近いところに登り口があって、それを登って行くと、12世紀ごろにイギリスのリチャード1世(獅子心王 リチャード・ザ・ライオンハート)というかっこいい名前の王様が捕われて幽閉されていたという「デュルンシュタイン城」があります。リチャード一世といえば映画「ロビン・フッド」に出てくる王様で、これまでショーン・コネリーとかアンソニー・ホプキンスなどが演じています (ということを、親切に説明してくれる説明版が、登り道途中に設置されていました)。
お天気もよく、道も登りやすく整備されていて20分ほども小汗をかくとてっぺんに着きます(こういう道は子どもたちは大喜びで登って行きました)。
お城というよりは「城址」か、むしろ「廃墟」といったほうがいい感じですが、その頂上は意外な高度感があって、ドナウ川の眺望が堪能できます。まさに風光明媚の言葉に尽きます。その風景をゆっくりと堪能したら、また町まで下りてきて、一汗かいたごほうびに大人はワイン、子どもたちはアプリコットジュース。なんだか極楽ですね。
ドナウ川をクルーズすると、この他にも、沿岸のそこここに点在する古い山城や街の風景が楽しめます。中には、かつて山賊が居座って、通る人を襲っていたというような物騒な城も。ここも時間があったら登ってみたい。
また、この一帯には、葡萄畑がたくさんあります。平地にも、またこんなお城の山すそにも。
さてまた余談ですが、ちょっと前のテレビゲームのタイトルで、「オブリビオン」という外国もの(いわゆる洋ゲー)がありました。その中で出てくる「スキングラード」という架空の城塞都市の周辺の風景がまさにこんな感じ!!! 都市周辺の谷に貼りついているブドウ畑が、頭上から房が垂れるような背の高いブドウ棚ではなくて、腰高な柵のような感じであることも、その背景に廃城が点在していることも、さらにその朽ちた廃城に巣食っているのが怖い山賊であるということも。ゲーマーとしても感激でした(笑)!!!
というわけで、のんびりとドナウ河畔の風景を堪能したい人にはとてもおすすめのエリアでした。ウィーン側からだと列車で1時間半ほどですから、東京でいえば高尾ぐらいの距離感でしょうか。ウィーンの駅に掲示されている「近郊地図」に載っているような意外な近さですが、中世的なのどかな町並み、教会、美しいドナウ川、点在する山城などの風景が堪能できるところだと思います。
なお、私たちは、移動の関係もあって、宿泊はヴァッハウ渓谷南端のクレムスを選択しましたが、私たちが感じた限りでは、街に見所は多くなく、お店なども少なく、あまりおすすめではありません。特に、行ったのが日曜ということもあり、店もレストランも閉まっていて、行場を失ったたくさんの観光客が路頭に迷っていました。もし宿泊するなら、アクセスのバスの時間に多少拘束されたりするかもしれませんが、街の風情もよいデュルンシュタインの方がおすすめだと思います。
この夏に行ったオーストリア・ドイツ旅行の中で印象に強く残った場所の記録です。
第6位には、「聖母教会とドレスデンの街並」を挙げたいと思います。
ドレスデンの「聖母教会」というと、第二次世界大戦の末期、連合国軍によるドレスデン空爆により崩壊し、そのまま長い間「放置」 (・・というか、瓦礫の山の状態で「保存」) されていた大聖堂です。東西統一後、その瓦礫をもとにして復元するという遠大なプロジェクトが進み、2005年に再建され、教会として復活したものです。
私は、1980年代の半ばごろに、この瓦礫の山の前を歩いて通りました。
その時私は、ツヴィンガー宮殿の絵画館を見学に行く途中だったのですが、生々しい崩壊現場が目の前に唐突に現れて衝撃を受けたものの、その瓦礫の山が元は何だったのか、実は知りませんでした。
その旅行の際に使った交通公社のガイドブックを取り出して確認しても、地図に「聖母教会」は載っておらず、説明文もありません。つまり当時、そこは単に戦災による廃墟であって、「聖母教会」は存在していなかったのです。当時の東独政権としては、崩壊した宗教施設の跡を地図に掲載する意味もなかったのではないかと思います。
その旅行から10年ほども経ったころ、テレビで「聖母教会復興プロジェクト」のことが報じられました。その画面を見て、自分があの時に通った瓦礫の山のことだとわかりました。あれを復元する。。。。 まさに気の遠くなるような話だと思ったものです。
今回見た聖母教会は、まるで別の場所のようでした。ガラーンとさびれていたこの場所の周囲にはにぎやかにカフェやレストランが並び、たくさんの観光客が訪れています。
教会の外観。この黒いところが、元の材料から復元した部分です。
教会の内部は、淡い色調にみちた華やかな雰囲気です。プロテスタントの教会としては意外なほど装飾的で、特に祭壇奥の躍動的な彫刻に目を惹かれました。
教会のドームには上ることができます。(有料)
上の展望台からはドレスデンの街並を見渡すことができます。ドレスデン旧市街は、街路が少しややこしいので、ここで街全体の概念を得ておくと、町歩きの助けになります。
この教会が復活した時のドレスデン市民の感慨がどれほどのものだったか、私は崩壊前の教会の姿を知っているわけではないので想像すべくもありませんが、それでも、ブランデンブルク門と同じように、この30年という歳月が生み出した変貌と、それを実現させた、人というものが持っている夢というか希望というか努力というか、その力に打たれる思いがします。
もう一つ、今回ドレスデンを訪れて改めて感じたこと。それは、この都市の美しさです。前回来たとき、ここは東ドイツ時代の末期で、街は殺風景で沈滞しきっており、ショーウィンドーの中の物は乏しく、というか店も街路も煤けた感じで、その上、社会主義独特の管理的でこわばった空気が支配していました。実はこの時に行った東ドイツ諸都市では、(ブランデンブルク門周辺を除き) 写真を一枚も撮っていません。写真を撮るのすら怖い雰囲気ということもありましたか、それよりむしろ、沈滞した街に、西側から来た旅行者が無遠慮なカメラを向けることについての気後れもありました。
そうしたかつての印象もあったので、今回行ってみて、あの時には見えなかったこの街の華麗さに改めて驚きました。
「エルベ川のフィレンツェ」と呼ばれるこの街は、確かに、大戦中に受けた爆撃の痕跡と、おそらくは社会主義時代の沈滞の跡が色濃く、真っ黒な建物のファサードや石像が目についたりして、街全体が黒く煤けた印象はまだあります。もしも、そうした戦災を免れ、往年の栄華のまま残されていたなら、どれだけ美しく絢爛な宝石のような都市だったか、と、月並みな表現ですがそのように思いました。
エルベ川をはさんで新市街側から、旧市街の全容を眺めわたすと、そうした想像が促されるように思います。









































