ウィーンに来ている。
ウィーン国立歌劇場で、2夜もオペラを鑑賞する自分。夢のようだ。
一夜めは「アイーダ」、
二夜めは「アンドレア・シェニエ」。
二夜めのタイトルロールはヨナス・カウフマンである。
関西弁に、「何が悲しうてそんな」という面白い表現があるが、私は思う。何が果報で人生でこんないい目を見せて貰えるのだろうか。。
宿は、夜に女一人で細い通りを歩いて帰らなくても済むように、
奮発して歌劇場の真裏みたいな場所に瀟洒なホテルを取った。
何度も書くが、ほんとうに夢みたいな気分である。
昼間は、ウィーンの王宮を何時間もかけてゆっくり見学し、
ベートーベンが住んだ家と、モーツァルトの家に足を運んだ。
ベートーベンの家は、如何にもその時代を彷彿とさせるようで、
狭い入口を入り急な暗い階段を上がってたどり着くことができた。重い木のドアの向こうに、質素だが4室ぐらい部屋が広がっていた。
モーツァルトの家は、彼の生涯のうちでは一番立派な家ということで、明るい穏やかな陽のさす、こちらも同じくらいの広さのあるアパートメントだった。ウィーンで職と地位を得る高揚や幸福感みたいなものを想像しながら夜を待った。
夜が来て、ホテルで身支度をして、「いざ出陣~」
みたいな気分でどきどきしながら歌劇場に向かった。やっぱりシドニーの「スワン」オペラハウスとは趣が異なり、身分高げにドレスアップした人もたくさん。そして開演が近づき向かう席は、舞台ほぼ正面2階のボックス席である。
もう夢みたいだ。(←くどい)
さて、「アンドレア・シェニエ」。
これはもう、甘いテノールの歌を堪能するのにうってつけの演目です。
カウフマン先生の力強い、しかもドイツ語の歌唱は、ヘルデンの役柄に一番合ってるのではないかと自分としては思うのだけれど、イタリア語の甘い役柄はやっぱり先生の十八番で、私はその歌はおろか、先生が舞台の隅っこで繰り出す小芝居に至るまで目を凝らし、もう思い残すことはないぐらい堪能しました。もう夢のよう
演出も、いい意味で普通で、パリの街中や世情の不穏さや、そういう雰囲気を控えめに作り出していたと思います。
ただ、一つたけ、びっくりしたことがある。
「アンドレア・シェニエ」には、いくつか、特に聴き所のアリアがあるんだけど、お芝居が進んでそのアリアが近づくと、客席のそこここから
咳払いが聞こえるんですね。よくクラシックのコンサートで、演奏開始の直前にみんなが咳払いする、あんな感じ。
「いよいよ来るぞ~」という訳で、カウフマン先生の歌を聴く準備です。
オペラはまさに幕の最中なのに
物凄く有名とはいえないこの演目の、聴き所のアリアを知っているぐらいだからそれなりのオペラファンだと思うんだけど、
これはひどい
実はもっと笑っちゃったのは、第二幕の開始前、指揮者がオケピットに近づいていた時、拍手に交じって「ブラボー!」と叫んだ奴までいたことです。
・・・。たぶんカウフマン先生のいるところ、その人気で、いろんな人が(私もまあ、そんなファンの一人ではある)集まってきてるんだろうな、と想像できる、やや異様な雰囲気がそこにはありました。
ウィーンでさえこうなるのか、というのは意外な感じがしたけれど、カウフマン先生は、カウフマン先生がいない場所では歌えないわけで、つまりちょっとまともじゃない雰囲気の中で歌うこともきっと多いわけで、
これは心底お気の毒なことだなあ、と、
幸せいっぱいの夢みたいな気持ちで帰宿の途を歩きながら、思っていた私でありました。