ひろたんのブログ

ひろたんのブログ

ドイツ愛とオペラ愛と食い意地 随時更新

Amebaでブログを始めよう!

びわこリングプロジェクトの集大成「神々の黄昏」が、

新型コロナ肺炎の感染拡大防止ということで公演中止、

その代わりに無観客上演をしてそのライブ映像を

無料でストリーミング配信ということになった。

4年間にわたるこの渾身の大プロジェクトが最後こんなことになって、痛ましいというほかないが、

昨日 3月7日のストリーミングで鑑賞させてもらうことができた。

 

いつもオペラを見る時は、開始何十分か前に行って開演前の雰囲気を楽しむので、そんな感じで12時過ぎににスタンバイ。

「字幕なし」に備え、タブレットで「オペラ対訳プロジェクト」を脇に用意して、いざyoutubeに接続した。

 

驚いたのは、

ロビー(仮想)にいる人の多さだった。

すでに数千人が待機していた。

 

その数は開演の13:00 時点で1万1千人を超え、
しかも19:00の終演までその人数が減らなかった
(びわこホールで普通にやっていたら、1800席)
 
その数は、終演後、誰もいない客席に向かってカーテンコールをしている間に 徐々に減っていき、
つまり人々はシャトルバス(仮想)に並んだりとか、
ホテル(仮想)へとか、三々五々帰って行ったのだが
私がおりた終演30分後ぐらいにも、まだ何千人かが残っていた。
 
このウルトラ長いワーグナーの、
「ワルキューレ」ならまだポピュラーだと思うけれど、
内容が暗くそして難解な「神々の黄昏」で・・
しかも 字幕なし で。
オペラファン、日本にこんなにいるんだ、と思った。
 
鉛筆 鉛筆 鉛筆
 
演出は、相変わらず、西洋絵画のように美しかった。
「ワルキューレ」や「ジークフリート」よりも控えめ、ほどほどで、
去年まで少し感じた「あまりにも視覚過剰」感、「ベタ」感は、
今年はそれほど感じなかった。
もしかしたら、麻痺した慣れたのかもしれない。
 
音も、想像していたよりも良かった。
グンターやハーゲンは特に良かったと思ったけれど、
それは私がバス バリトン好みのせいか、それとも音質がストリーミングによく合っていたのか、その辺はわからない。
 
プロンプターの声が良く聞こえてしまっていて、それはびっくりした。
普段、あんなに聞こえてしまうことはないので(当たり前)、
きっとマイクの集音の加減で拾ってしまったんだろうと思うけれど、
「あんな風に入ってるんだ」とわかってそれはそれで少し面白かった。

 

  赤ワイン赤ワイン赤ワイン
  
休憩は2回、各30分。去年までは40分ぐらいあったから、気持ち短めだったと思う。
琵琶湖の湖畔を、1回目はまだ明るい、2回目はやや暮れかかった湖畔を見ながら散策するのも、楽しみの一つだったけれど
今年は残念ながらそれはできなかったので、PCの前で
 
最初の休憩はカフェでコーヒー(のつもり)

 

 
2回目はホワイエのワイン(のつもり) 

 

 
飛行機 飛行機 飛行機 
 
METのライブビューイングは良く見るし
海外の歌劇場ではよくやっているけれど、
日本のオペラのライブ配信というのは、(NHKでたまに放送する編集されたものを別にすれば)ほとんどないんじゃないだろうか。
いつも、高いチケットに加えて交通費と宿までつけて参戦しないといけない地方在住者の身からいえば、
きちんと料金があっていいので、
時々こういう企画をやってくれないかなと思った。
今回の視聴者数でつくづく感じたけど、それを欲している層は予想外に多いと思うし、
これからのオペラの普及定着にもつながるんじゃないだろうか。

英雄の腰が引けていた!

 

びわ湖リング3年目、今年も「ジークフリート」を見るために、はるばる飛行機に乗って遠征しました。

例年通り、土曜(今日)と日曜(明日)の2回公演。明日のキャストも見たいのだけれど、日曜中に帰宅できなくなるので、今年も土曜に見て、泊って、明日帰る。

 

 

 
今回も、ハンぺ&ギールケの演出・美術。
各幕の冒頭は、前奏に乗って風景の遠景が映し出され、そこからまるでドローンに乗っているかのように視点は森の中へ、地底へ、山の頂きへと迫っていって、やがて物語の場面に着地していく感じで幕が開きます。第2幕では、その地底にたどり着いた視線の先に指輪が
キラリーンキラキラと光ってみせる(親切!)
もはや、舞台の「背景」というよりは、まるで西洋の風景画のように、壮大な風景描写の中に人物もまた溶け込んでいる、といった趣きでした。
 
そうした舞台づくりを感嘆して観ながら、でも実は感じたことを正直に書くと、この演出にそろそろ飽きてきたかな、みたいなことでした。
 
去年も似たようなことを書いたのですが、殺風景な舞上にクイが数本立ってるだけ、のような抽象的な演出や読替え演出が増えている中、元の設定に忠実な演出もいい思うし(むしろ好き)、ワーグナーが書いた事細かな指示を墨守したみたいな、というかその絵解きみたいな演出もそれなりに新鮮で、そして絵的にも綺麗だな、と単純に思っていた。 のだけれど。。。
 
前触れ通り、プロジェクションマッピングや特撮的な大迫力演出は前作以上に駆使されており、映像と役者・装置ががシームレスな情景の中での大立ち回り。
立ち上がった巨人ファフナーの姿たるや、かの「大魔神」のよう。

それは確かに一見物凄い「リアル」で「臨場感」があるように思えるし、
幕間に「物凄い臨場感」みたいな感想を言っている人はいた。
だけど私が感じたのはむしろ映画を見てるみたいな妙な距離感で、
舞台と客席で何かが共有されているような生々しい感じは
削がれてる感じがした。
(プロジェクションの技術的必要からだろう、オペラが演じられてるのは舞台の前の端っこから数メートル向こうで、そういう意味での物理的な距離も発生していた)。

 

遠路足代と宿泊代を払ってライブを見に来ているにしては、

むしろMETのライブビューイングを見ているよう非臨場感

去年もかすかに、何かしらの物足りなさを感じたのだけど、

今年見てはっきり「そういうことだ」と思いました。


第3幕第3場の舞台は、去年の「ワルキューレ」の幕切れと同じ場面、すなわち、切り立った、

勾配20度ぐらいはあるんじゃないかと思われる岩場でした。
「ワルキューレ」の終わりに眠りについたのと同じ位置に、

同じ姿で、ブリュンヒルデは横たわっていました。
そのことは確かにある感慨を呼び起こすんだけれども、
別の次元でいえば、ここでも、

あまりにも視覚重視の演出のツケが来ていると思った。

 

 

足場が狭くて見るからに怖いんですよ。

 


とにかくその尖った岩場は高さと傾斜があって、足場が狭い。
「ワルキューレ」でもちょっと思いましたが、その鋭い岩場の上で、歌手さんたちは斜めになりながらバランスを確保し、
歌いながらこわごわと次の足場を探っているのが見ていてわかる。
英雄ジークフリートなんか岩場に手を付き、

怖そうにお尻でずりずり移動したりしていて、
そこには、彼がついに学んだ「怖れ」が見事に表現されていた! (違)
いよいよ「神々の黄昏」を口にするブリュンヒルデにも集中できないという・・。

 

リアル追及の舞台演出もいいけれど、最重要なのは音楽なので、
やっぱり安心して歌手には歌唱、観客には鑑賞 (音楽の)に集中できる舞台にはして欲しい、と思ったわけです。
 (去年の白馬もそうですが、映像の鳥とか別に飛んでなくてもいいし、
詳しくは書かないけど客席が思わず動揺したミーメのあれも要らないと思った。。。)

 

歌手さんたちは総じて良かった。特に去年は日が違って聞けなかった池田香織さんのブリュンヒルデが聞けて、それはすごく良かったです。その他にもアルベリヒとかですね、日本人キャストがすごく良かったと感じました。

 

ただ、この「ジークフリート」という演目自体、

各幕各場に見せ場満載で、
その大盛り上がりを楽しみにしていたんですが
そのわりは淡々と演奏が過ぎて行ったような感じはしました。
もっとも、視覚方面で先に度肝を抜かれたので、そう感じたのかもしれないですけど。

 

来年、どうしようかなあ。

まあ、ここまで見たから行くんだろうけどなあ。。。
なんか、ここにきて中途半端なテンションになってきた私めでありました。

 

W杯は準々決勝まで進んで、残っているチーム数も少なくなった。

試合間隔は少し開くようになったけれど、

やる日は2試合あるわけで、寝不足は相変わらずだ。

 

今日も、イングランド対スウェーデンに引き続き、

ロシア対クロアチアを最後まで見てしまった。

 

海外サッカーは、ほぼブンデスぐらいしか見ないこともあってか、

クロアチアと言われて思い出せる選手は実はほとんどいなかった。

思い浮かぶのは、シューケルくらいだ。

フランス大会でW杯初出場が決まった日本のDF秋田が、恐るべき選手として名を挙げていた、「パティとシューケル」の、あのシューケルのことである。我ながら古いなあ。

(ということは、あの大会では今回と同じく、アルゼンチンとクロアチアが同グループにいたわけだ。)

 

そのクロアチアが、開催国ロシアとの試合で、またもPK戦にまでもつれ込んだ。すごい試合だった。

クロアチアには10番をつけた小柄な選手が何人もいる(ように見える)のにはびっくりした。

自陣最深部で体を張ってるし、中盤うしろ目から試合を組み立ててるし、ドリブルでどんどん運んでるし、と思ったら前線で手を上げたりしている。

動きも、出てくる球も鮮やかだし、大げさに倒れないし、華があるし、

タトゥーがない(笑)

そういうわけで、ドイツが敗退して応援すべき対象を早々に失った私は、路頭に迷ってあちこち放浪したあげく、ここを応援することにしたのである。

 

さて、残り4試合となってしまったFIFA2018。

そこで今回も前回と同様に、希望予想をたててみることにした。

根拠は、ここまで見てきたチーム状態の印象と、あとは好感度である。

 

準決勝 FRA×BEL → BEL

     ENG×CRO →  CRO

三決  FRA×ENG → ENG

決勝  BEL×CRO → CROまじかるクラウン

 

さてさて当たるも八卦当たらぬも八卦、

クロアチアは2試合連続の延長戦で、見るからに体力尽き加減だし、

験の悪い私に目をつけられたのもやや気の毒なんだけど、

幸か不幸か、優勝候補国とスター選手の大半がすでに姿を消した今、

ひとつ新たなる強豪国が初優勝に沸く姿というのを見たい気がします。

フランス×アルゼンチン 4-3 サッカー

ウルグアイ×ポルトガル 2-1サッカー

スペイン×ロシア 1-1サッカー

クロアチア×デンマーク1-1サッカー

 

・・・・。

すごい。決勝Tって、、、さすがに違うビックリマーク

ドイツが帰国してしまってすっかり悲嘆にくれていたのに

決勝Tが始まってみるとあっさりテレビの前に戻って来てしまう

薄情な自分。

誰だ路頭に迷うとか言ってたのは(笑)

 

出てるチームは、グループリーグで見てきたのと同じはずなのに

この躍動感

負けたら終わりという真剣勝負

異次元の戦いが始まっている。

 

緑のピッチを空から俯瞰する爽快な画面のはるか向こうで

エムバペが一直線に走り抜いてあっという間にゴールを決める。

スアレスとカバーニが長いパスを通して芸術的なゴールを挙げる。

120分の壮絶な試合が、PK戦で明暗を分けていく。。

 

ほんとうはドイツもこの世界の住人だったはずなのに、と

やっぱり思わずにはいられない。

ドイツの中盤がモドリッチのスルーパスに鮮やかに切り裂かれてもいいから(笑)

お世辞にも速いとは言えないドイツのDFがエムパペにあっさり置き去りにされるのでもいいから(笑)

それでもやっぱりこの世界のこの次元で闘うドイツを見たかった。

ここがやっぱり彼らの居場所であって

ここではまた違う闘いができたに違いないと、

ついつい思ってしまうのは、これはもう仕方ない。

仕方ないので、そういう追憶を頭の片隅においたままで、

今日もさてこれから、まずはブラジル対メキシコ戦だ~ニコ

 

いつ寝るんだ私は

 

・・さすがに、すぐに元気を取り戻すことは無理。

というか、まだ全然元気になれてない。

 

6月27日!

勝って決勝進出が決まったら祝杯を上げようキラキラと思って

白星祈願のヴァイツェンビール生ビールと、ヴァイスヴルスト寿司

準備万端整えて試合開始時刻を待った。のにのに、

それらは手をつける者もなく、今も淋しく冷蔵庫で冷たくなっている。。

 

B Sで放送されるドイツZDFのニュースでは

ドイツの街角の様子やなんかが映し出されていて

オープンカフェにいる70ぐらいのおじいさんが、

「こんなのは今まで見たことがないぐすん (確かにそれはそうだろう)

schlecht....(ひどい・・)」と小さくつぶやいて、老いた目に涙を浮かべていた。

これから祭りを当て込んでいたはずの、誰一人いないピアガーデンは、あと半月は淋しく過ごさないといけない、と嘆いている。

 

イタリア、スペイン、フランスなど、W杯の優勝国が次回大会でグループリーグ敗退することは珍しくない、ということは聞いていた。

それは、決して単なる「ジンクス」ではないと、私でも思う。

 

今回のドイツチームのメンバーを見ると、ほぼ前回大会の主要メンバーで構成されていて(Reusにしたって前回は怪我で出られなかっただけで世代的には前回大会組だ)、その顔ぶれは懐かしくも心強くもあって、きっとこれで大丈夫なんだな、と信じはしていた。していたけれど、前回優勝の立役者だったGötzeやSchürrleが選に漏れる、という位に「層が厚い」わりには、キレキレのスターは不在だった。かといって組織として何かをアップデートしてきたかというとそんな感じもしなかった。


成功体験が大きいほど、前を向いて変わるのは難しい仕事になる、というのは、こういうことなのだろうと思った。一回勝つこととはまた違って、勝ち続けることは難しいことなのだと、改めて思わされる。

ドイツですら、そうだったのだ。

 

ドイツで買ってきた観戦ノートに楽しみに試合結果をつけていたが、ドイツが敗退して、そんな気分も失せてしまった。今はただ、あと半月さてどうしよう、という、路頭に迷うような思いの中にいる。

 

 

Müller,Kroos,Özil Hummels, それにNeuer といった今のDie Mannschaft には、本当に労いと感謝を送りたい。このDie Mannschaftはおそらくこれを限りで、ドイツは次世代の育成にとりかかるだろう。Löwがどうするのかはわからないけれど。そのチームがどんな捲土重来を果たすのかを楽しみに、また4年後の再会を心待ちにしたいと思いますビックリマーク

 

 

 

 

 

 

 

バイバイ

いよいよ今夜、グループリーグ最終節、ドイツ対韓国
これに勝ってなんとかいよいよ決勝トーナメント進出ですビックリマーク
 
前節のスウェーデン戦は、、、、一時はさすがに覚悟しました。

 

初戦メキシコに敗れてのこの一戦。

負けたらすなわちグループリーグ敗退。

 
試合に先立ちスタンド前に整列したドイツのメンバーの表情には、
かすかに緊迫した色が漂い、
国歌流れる中に映るミュラーも、いつになく真面目な眼をして(笑)
いつものようにカメラに向かってウィンクする気には、、、ウインク
さすがにならなかったらしい。
 
メンバーはと見ると、フンメルスは負傷欠場、ルディは前半で顔面にキックを受けて負傷交代、(さらに後半にはボアテングが2枚目のイエローを受けて10人に減るという、、)、嫌な予感しかしない流れの中、試合は進んで、やがてタイスコアのまま、後半アディショナルタイムのラストプレーを迎えました。
このプレーが切れたら、、、グループリーグ敗退確定。
ドイツがです。。。
・・・・・。
さすがに私も、

「最期まで見守るよ。」というか、

「いっしょに最期を迎えよう」というか、

そんな気持ちでトニ・クロースのFKを見つめていました。
 
そしたら、あれだもの。凄いなあ。
才能って凄い。世界トップってやっぱり凄い。
 

目の前で起きたことが、にわかには把握できません。
画面に映ったドイツ側応援席のおじさんが、
「これ何?夢?」みたいな顔で、

目と口をまん丸に開けたまま呆然としていたけど
まあ、そうなりますわね。
 
私も、「わーーーぃやったーーー\(^〇^)/ 」みたいな感じではなく、
へゃ~~~~ 」みたいな変な声が出たもん。
 
この試合でつくづく良かったと思うのは、
マルコ・ロイスの先発出場、そしてフル出場、そしてゴールを決めたことです。
何か、アシストまでついてました  (あれがですか~?(笑)みたいなアシストでしたけど。
ガラスの貴公子キラキラも、いつの間にやらもうベテランの域。
前回W杯も怪我で逃して。
本当によく間に合ったものです。本当によかった。
 
そして今夜。

たぶんわりと安心して観戦できるんではないだろうか、
そして見事決勝進出の美酒を味わえるんではないか。。。
と、期待しつつ、

でもでも、言っちゃ何だがコロンビアが日本に負けることもあるわけで

 

どうか皆さん、抜かりなく!

 

 

いや~~本当にいいものを見せてもらいました。

 

ワールドカップグループリーグ初戦メキシコ戦でドイツ敗戦ビックリマーク

誰がこんなものを見られると思ったでしょう!

めったに見られない、貴重なドイツの負け試合です!  

         (負け惜しみ)

 

そして、試合終了のホイッスルが鳴った瞬間、

メキシコは、まるでW杯そのものに優勝したかのように歓喜を爆発させました笑い泣き

 

咆哮を上げるロサノ、目に涙をいっぱいに浮かべてチームメートと健闘をたたえ合うチチャリート、狂喜する観客席。

 

メキシコだって強国ですが、W杯初戦でドイツに当たり、勝利することがいかに困難なことだったのかが伝わってきます。

 

人間、やれば不可能なことはない、という感慨とともに

こちらも感動と祝福を覚える光景でした。

        (あまり負け惜しみではない)

 

そして、

固い表情ではありつつも、、

勝利したメキシコに拍手を送りながら、ドイツの選手たちが引き揚げて来ます。

自分たちに打ち勝ったメキシコに送る、静かなリスペクトと、称賛。

さすが王者の風格。本当にそう思った。

        

 

・・・ま、次がんばろう!

 

 

 

 

 

ついに始まりました Weltmeister 2018

4年に1回の祭典 サッカーワールドカップロシア大会です!

今開幕戦で開催国ロシアがさっそく2点勝ってます!

 

前回は、対アルゼンチン0-0の延長でシュルレ→ゲッツェの鮮やかな決勝ゴール、その1点をDF陣も足がつりフンメルスはあわやカブってしまうという極限の疲労の中ぎりぎり守りきるという薄氷の勝利で、しかし至福の美酒 (=ビール)を味わえたブラジル大会でありました。

 

さて今回はどうなる?

こないだ行ってきたベルリンでもしっかり参考書を買ってきましたよ!

 

まあドイツの雑誌だから、表紙はミュラーやエジルなわけですが、

さて今回は一体どうなるのか

ノイアーは結局どうなったのか

エジルとギュンドアンは問題なく出してもらえるのか

 

それもそれとして私が実は気になってるのは、トニ・クロースのタトゥーでありまして、ほんとやめてほしかったのに。

4年前は綺麗で ゴールもスイスイ挙げていたのに、どんどん増えて行って、なんか今では左腕が長袖みたいにタトゥーが盛られてしまって

 

ドイツ的な真面目で垢抜けない感じを漂わせた微妙なイケメンさんが、スペインなんかに行ったせいか妙にチャラくおなりになって。

全然似合ってないって。
 

 

うーん

 

 

 

でもでも応援するよ。

今度という今度はブラジルも調子がいいようで、前回のようなことはないと思いますが、、、

 

今回もわたしは全試合全力で応援するよ!

 

 

 

ウィーンに来ている。

ウィーン国立歌劇場で、2夜もオペラを鑑賞する自分。夢のようだ。

一夜めは「アイーダ」、

二夜めは「アンドレア・シェニエ」。

二夜めのタイトルロールはヨナス・カウフマンである。

関西弁に、「何が悲しうてそんな」という面白い表現があるが、私は思う。何が果報で人生でこんないい目を見せて貰えるのだろうか。。

 

宿は、夜に女一人で細い通りを歩いて帰らなくても済むように、

奮発して歌劇場の真裏みたいな場所に瀟洒なホテルを取った。

何度も書くが、ほんとうに夢みたいな気分である。

 

昼間は、ウィーンの王宮を何時間もかけてゆっくり見学し、

ベートーベンが住んだ家と、モーツァルトの家に足を運んだ。

ベートーベンの家は、如何にもその時代を彷彿とさせるようで、

狭い入口を入り急な暗い階段を上がってたどり着くことができた。重い木のドアの向こうに、質素だが4室ぐらい部屋が広がっていた。

モーツァルトの家は、彼の生涯のうちでは一番立派な家ということで、明るい穏やかな陽のさす、こちらも同じくらいの広さのあるアパートメントだった。ウィーンで職と地位を得る高揚や幸福感みたいなものを想像しながら夜を待った。

 

夜が来て、ホテルで身支度をして、「いざ出陣~」グーみたいな気分でどきどきしながら歌劇場に向かった。やっぱりシドニーの「スワン」オペラハウスとは趣が異なり、身分高げにドレスアップした人もたくさん。そして開演が近づき向かう席は、舞台ほぼ正面2階のボックス席である。

もう夢みたいだ。(←くどい)

 

さて、「アンドレア・シェニエ」。

これはもう、甘いテノールの歌を堪能するのにうってつけの演目です。

カウフマン先生の力強い、しかもドイツ語の歌唱は、ヘルデンの役柄に一番合ってるのではないかと自分としては思うのだけれど、イタリア語の甘い役柄はやっぱり先生の十八番で、私はその歌はおろか、先生が舞台の隅っこで繰り出す小芝居に至るまで目を凝らし、もう思い残すことはないぐらい堪能しました。もう夢のよう 

 

演出も、いい意味で普通で、パリの街中や世情の不穏さや、そういう雰囲気を控えめに作り出していたと思います。

 

ただ、一つたけ、びっくりしたことがある。

「アンドレア・シェニエ」には、いくつか、特に聴き所のアリアがあるんだけど、お芝居が進んでそのアリアが近づくと、客席のそこここから

咳払いが聞こえるんですね。よくクラシックのコンサートで、演奏開始の直前にみんなが咳払いする、あんな感じ。

「いよいよ来るぞ~」という訳で、カウフマン先生の歌を聴く準備です。

オペラはまさに幕の最中なのにビックリマーク

物凄く有名とはいえないこの演目の、聴き所のアリアを知っているぐらいだからそれなりのオペラファンだと思うんだけど、

これはひどいショック

 

実はもっと笑っちゃったのは、第二幕の開始前、指揮者がオケピットに近づいていた時、拍手に交じって「ブラボー!」と叫んだ奴までいたことです。

 

・・・。たぶんカウフマン先生のいるところ、その人気で、いろんな人が(私もまあ、そんなファンの一人ではある)集まってきてるんだろうな、と想像できる、やや異様な雰囲気がそこにはありました。

ウィーンでさえこうなるのか、というのは意外な感じがしたけれど、カウフマン先生は、カウフマン先生がいない場所では歌えないわけで、つまりちょっとまともじゃない雰囲気の中で歌うこともきっと多いわけで、

これは心底お気の毒なことだなあ、と、

幸せいっぱいの夢みたいな気持ちで帰宿の途を歩きながら、思っていた私でありました。

同僚が突然亡くなった。

 

水曜日から彼が出勤していないのを心配した職場仲間が、木曜午後に彼の自宅マンションを訪問し、管理人にかけあって鍵を開けてもらった、その部屋で発見されたらしい。持病の発作による病死、とのことだった。

中年後期の独身ひとりぐらしで、兄弟はなく、90代になるお母様は施設に入られているとのことだった。職場の者があちこちあたって、従兄弟の方に連絡がつき、その人が駆けつけてくれたらしい。、

 

部署も違うし、特に親しかったわけでもなく、ただ廊下で会えば挨拶をする、たまたま仕事上一緒になることがあれば普通に一緒に仕事をする、その程度の関係の人だった。それでもやはり、人が突然いなくなるということのショックは大きい。

 

発見されたあと、警察の検視を経て、今「ご遺体は戻されてきた」と、同僚から話を聞いた。年度当初の職場の集まりでつい数日前にお見かけしたばかりの人が「ご遺体」と呼ばれていることの非現実的さと、しかし2日前まで押されている出勤簿の印鑑が確かに途絶えていて、もう押されることは無い、という現実との狭間で、意外に心に堪えている自分がいる。

 

たまたま自分も家族とは遠く離れたところで一人暮らしをしている、という共通点がある。また一応は寛解した?らしい病の再発を恐れている身でもある。物を食べるために自分の手が動かしている箸先を眺めながら、「今たまたま私はこっち側にいて、物を口に運んでいる」というような、妙に現実性から遊離した感覚を覚えている。

 

ま、とりあえず、突然何かあって、他人様に身辺整理をしてもらう羽目になっても大丈夫なように、少し仕事場や自室のものを片づけておこうか、と思ったりしているこの数日なのである。