寝ようかと思ったんだけど、
どうもいろいろモヤモヤして![]()
とりあえずこれだけは書いておこう、
ということでブログ書いてます。
私は、大学を出てすぐ、
札幌市役所という組織に入りました。
当時17,000人も職員がいるという
かなりの大組織でした。
今は、2,000人くらい減ってると思うけど、
まあ、それでも大組織であることには
あまり変わりはありません。
職員になって4年目に、
「地域計画課」という部署に
異動になりました。
文字通り、地域の計画を作る仕事。
地域といってもこの場合は、
例えば、1つの駅の周辺の
一定のエリアの開発計画などを作る、
ということなんだけど、
実にいろんな法律や制度があって、
道路を作る、区画整理をする、
公園を作る、再開発をする・・・
本当にややこしい![]()
しかも、その当時(平成9年ごろ)、
そういった開発の計画に
「住民参加」のプロセスを設ける、
ということに取り組み始めていました。
今でこそ、当たり前の住民参加だけど、
当時は、役所の側で計画を作って
「住民説明会」をすればいい、
という考え方が主流でした。
住民の意見を聞くなんて、
素人に何がわかる?って感じでね。
その上「議会制民主主義」というものに
大いなる誤解があって、
「地域住民を代表する
議員という存在がいるのだから、
行政が直接住民の意見を聞くなんて、
制度上おかしい」
とまで言う人もいたくらいだった。
そんな感じで、従来のやり方を
大きく変えなくちゃならない、
ということで、長年、都市計画や
開発事業に携わってきた先輩職員は
みんな頭を悩ませていたし、
手探り状態で仕事をしてたのです。
そこに、なーんにも知らない私が、
ぽこん、と異動してきちゃった![]()
都市計画のシステムも、
公共事業の仕組みも、
とにかく、なーんにも知らないのよ笑
で、私は目が回りそうになりながら、
わけわからない会議に毎日出続けて、
でも、やっぱり
わかりたい
っていう気持ちがあったし、
どうせ無知なんだからいいや、
と思って、質問し続けた。
なんでですか?
どうしてそうなるんですか?
それはどういう意味なんですか?
このやり方って普通なんですか?
もう、きっとみんな
コイツ、ウザいなー。
って思ってただろうなあ![]()
その時、ピークに大変だったのは、
札幌市内では、札幌駅の次に
乗降客が多い、手稲駅の話だ。
これが、当時の整備後の新しい駅。
駅舎の建て替えに合わせて、
駅前広場の再整備と
線路を渡る自由通路を作る、
という計画。
わずか3行で書いたけれど、
ここには、恐ろしい数の関係者がいる。
役所の中だけでも、4つか5つの部署。
そしてもちろんJR北海道もいる。
そっち側だけで話し合っても
めちゃくちゃややこしいところに、
住民の意向を聞いて
というプロセスが入る。
そのまとめ役が地域計画課だった。
ほとんど毎晩残って会議。
日中はそれぞれ担当業務があって、
全員集まれるのが夜しかないんで、
まあ仕方なくそうなるわけだけど、
今から考えたらひどい話だww
先輩職員の皆さんは、
建築・土木・造園など、
技術系の人が多いし、
専門知識と経験がある人たちだから、
どういう手法で
整備するのがいいか
という話をしてる。
私は、技術論がわからない、
ということはもちろんあるんだけど、
どうしても違和感を感じたのが、
関係者が
みんな
違う言語を
話してる感じがする
ってことだった。
道路の部署の人は道路法の話、
建築の部署の人は、建物の構造の話、
土木の部署の人は、道路の構造の話、
JRの人は駅舎の規格や機能の話…
会議中に思い切って言ってみた。
これって、
「話し合いの仕組み」
をつくらないと、
先に進まなくないですか?
しーん・・・・
あれ?なんか、マズいこと言った?![]()
翌日、隣の係長さんが言った。
首藤ちゃんの言ってることはね、
すごく真理だと思うよ。
でもね、そこからやってたら、
工期が間に合わないんだよ。
今は不満かもしれないけど、
その考えはすごく大事だし、
将来役に立つから、
大事に持っててね。
なんか、ちょっとホッとした、
っていうのを今でも覚えてる。
世の中、いろいろ不具合だらけだけど、
疑問に思うことをなくしたら、
本当にひどい社会になっちゃう。
結果を求めるあまりに
プロセスをないがしろにすると、
後から大きなしっぺ返しが来る。
結局、手稲駅の整備事業は、
手探りながらも地元住民の人たちと、
どうにか、話し合うプロセスを
作り出すことができた。
私が会議で言った一言が
どのくらい影響があったかは
今となってはわからないけど、
対話をする、合意形成をする、
というプロセスにおいては、
プラットフォームと
プロトコルの設計
というものがないと、
全くのカオスになってしまう、
ということを学んだことは
本当に大きかったんだなと思う。
ところがこういう作業というのは、
メインの事業ではなく、
サブシステム
という位置付けだ。
でも、ここが機能していないと、
やはり、良い成果は出ないのだ。
モノだけできたけど、
魂が入ってないよね、
みたいな話でね。
だから、本当はサブシステムじゃなく、
OS
だったんじゃないの?って今は思う。
さて、それから約四半世紀。
今のひろえっちがどうなったか。
やっぱり、OSが大事だと思ってる。
ネイチャー理論なんて、
OSの極みみたいなもんだよね。
その人本来の能力特性があって、
その上に「何をやるか」がある。
OSにガタがきてたら、
その上に立派なアプリが乗っかると、
かえって負荷がかかって、
うまく動かない、というか、
マシンが壊れちゃうことだってある。
やっぱり、発想変わってないな、
と、しみじみ思うのだ。
そして、OSの大切さを伝えることは、
やっぱり、地味&地道なのだ。
アプリは動いた成果が見えやすい。
でも、それが優秀なOSに支えてられてる、
ってことになかなか関心が向かないから。
でも、そのみんなの目が向かない部分に
すごく夢中になってしまうところに、
若い頃と全然変わってない自分を感じて、
なんか嬉しくなるんだよ![]()
今からあの仕事やれって言われたら、
本当にもう「結構です」なんだけど笑
あの、無茶できる年代に
経験しといてホントによかったなあ。
あの時の先輩たち、今頃どうしてるかな?
会って話してみたいな、って思う。
本筋じゃないところに変にこだわって、
質問魔になってた青二才も、
いい歳になりましたよ、って![]()
なんかわかんないけど、
突然、そんなことを思い出したのでした。
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