『順風サントリーのボス-初さい配白星-』
2006年9月5日 東京新聞夕刊「スポーツが呼んでいる」
これほど「ボス」の二文字のしっくりくる人物も珍しい。
怒らずに弟子を震え上がらせ、甘い文句を口にすることなく感激を与える。
ラグビーのトップリーグ、サントリー・サンゴリアスは、開幕節の3日、神戸製鋼コベルコスティラーズを31-10で破った。
大学を出たばかりの新人5人を起用して、意地の抵抗に苦しみながら最後は堂々と突き放す。
昨季6位のチームはシーズンの最初に「シーズンの最後には少なくとも頂点の近辺にいる」と確信させた。
ボス、清宮克幸新監督は、試合後に言った。
「順風に航海が始まった感じ」。
自身の描いた海図に間違いはない。
背中をスッと風が押せば、あとは目的地へ着ける。
そんなニュアンスだった。
およそジャーナリストたる者、万事に疑ってかかるのが鉄則である。
そのことを分かっていて、なお「監督キヨミヤ」についてのわがペンは全面肯定へ走りがちだ。
もちろん人格、個性のすべてを知るわけもなく、「全面肯定」とはラグビーのコーチ(監督)としての能力のことである。
どう懐疑の念を振り絞っても、実際に優秀で、たちまち結果は伴うのだから。
初の指導経験ながら母校の早稲田大学を率いて5シーズンで3度の大学日本一の実績を残した。
日本A代表が惨敗したニュージーランド学生代表にも快勝。
本年2月の日本選手権では、トヨタ自動車ヴェルプリッツを破って「学生がトップリーグ上位をやっつける」という「生態系の破壊」を成し遂げた。
いわば満を持しての古巣サントリー監督就任である。
「あの人が教えて弱くなるわけないじゃないですか」。
これはサントリーでなくトップリーグの別のクラブ所属選手のつぶやき。
そしてサンゴリアスは弱くなるはずもなく強くなった。
清宮イズムの根幹には「ラグビーというゲームを見抜く眼力」がある。
試合の構造を分解して「どこで勝つのか」を明確にする。
ここで上回って、こう球と人が動けば必ずトライを奪える。
あらゆる「なんとなく」を取り除き、ラグビーをいわば「必然のゲーム」と定める。
しかし、それだけでなく人間の感情といった「目に見えぬ要素」の価値も熟知している。
腹のすわった「勝負魂」も頼もしい。いけない。
まだ礼賛を始めてしまった…。
「選手がいいですもん。強くなりますよ」
監督就任以来、この言葉を幾度か聞いた。
「早稲田とは違いますよ」とも。
一般受験での浪人経験者も少なくない大学チームと、その大学から俊英これでもかと集うサントリーでは個々のアスリートとしての素質がまるで違う。
当然であるが、この当たり前を言い切る指導者は少ない。
外から眺めればサントリーと大差ない人材を擁しているのに「もっと選手を」という思考に陥りがちだ。
選手がいいですもん。
簡単な言い回しで、自分の退路(言い訳)を断ち切っている。
「楽しい。わくわくしている」。サントリーの新監督がトップリーグに多大な刺激を与えているのは確かだ。
有言実行。順風また順風。
それだけでは面白くないから、ぜひ他チームから人気者に立ちはだかる「悪役」の登場を待ちたい。
もっとも清宮克幸、39歳、悪役もこなせる風ぼうなのがまた憎いのであるが。