『終戦記念日-熱狂、スポーツの特権に-』
2005年8月16日 東京新聞夕刊「スポーツが呼んでいる」
政治家は「わかりやすい」を最高の美徳であるかのように語る。
語るのでなく単語を発する。
内と外。敵と味方。成功者と失敗者。
あっけないほどの二分法はまかり通る。
乱雑な争いをこしらえて人々の熱狂を誘う。
公共性を自負する民放テレビは、ニュースでは、オカルト商法にまゆをひそめてみせるのに、ほかの番組なら「先祖の霊が」というたぐいの自称霊能者も大歓迎である。
ここでも実証不能も「あなたはこうだ」式の断定が受ける。
ある種の熱狂だと思う。
8月15日正午、本年も、高校野球大会の続く甲子園球場で黙とうが行われた。
数日前に読んだ『八月十五日の神話-終戦記念日のメディア学』(佐藤卓己著=ちくま新書)で、甲子園球場での「英霊に対する黙とう」は敗戦より前の1938年に始まっていると知った。
スポーツライターとしては瞬間的に次のように感じた。
スポーツの熱狂の場で、いわば政治の熱狂のための死が長らく追悼されてきた。
本来、二つの「熱」は相いれないはずなのに。
スポーツは愛国心の親友ではない。
もちろんスポーツには、日常ではつかまえにくい「国家への帰属意識」を束ねる力がある。
自分の生まれ育った国代表を応援するのは極めて自然な欲求だ。
そこに付け込み、古今に独裁者がスポーツを利用しようと試みた例はいくつもある。
しかし、スポーツの歓喜はナショナリズムの枠を意図せず越える。
「何があろうとも大好きな野球とともに生きたい」。
そんな気持ちはすでに潜在意識の領域かも知れず、場合によっては国家より、仕事より、大声では明かせないが家族よりも、大きな存在になりうる。
それくらい野球も、サッカーも、ラグビーでも何でも、人間の内面の充実をもたらすのである。
60年前の9月23日。
「玉音放送」から1カ月強、京都大学農学部グラウンドでは、さっそく戦後初のラグビーの試合が実現した。
関西倶楽部対三高。事前の告知なしに「3000人の観客が集まった」との記録がある。
早大OB西野綱三氏の感想が残されている。
「何年かぶりで見る自由闊達(かったつ)な試合に感激、抑圧されていた人間関係が一気にこみあげて「ワアッ」と驚くような大歓声となってこだまし、自由と平和が来たという喜びが雪どけの水のように奔流したようであった」(東大部史より)。
スポーツの根源的な魅力が伝わってくるようだ。
戦後、美男の横綱で人気を博した吉葉山潤之輔は、十両になれるところで応召した。
銃創を含む6度の負傷、腕っぷしに任せて3人で19人の敵を捕らえるなどの武勇伝も打ち立てたが、のちに述べている(『文藝春秋』にみるスポーツ昭和史)。
「思い出すたびに敵味方の呻(うめ)き声が聞こえるような気がする。本当に殺さなくともよい人達を殺した」
吉葉山は、体重109キロで兵隊へ行き、収容生活を経て71キロで復員した。
極度に単純化した戦法、迷いなき突進、弱い相手にも手を抜かぬ冷徹、それらはスポーツの勝負にあっては威力がある。
そこでなら価値を有する。
でも世の中は、もっと複雑で多様で弱々しいところもあったほうがよい。
熱狂よ、スポーツの特権であれ。