社会人からちょっとはみ出したhiroの社会生活。改め、社会人になったhiroの社会生活。更に改め、二人の娘の父親になったhiroのブログ

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妻と二人の娘の4人家族。下の子は、生まれながらの慢性肺疾患。
出生から1年半のNICU生活からやっと開放され、自宅看護。毎日、娘の顔を見ながら、手をつないで眠る。ご飯はたべられないので、径鼻栄養チューブ。肺が悪いので、酸素濃縮機。それでも、毎日楽しく笑ってる。

はじめていらっしゃった方へ

訪問、ありがとうございます。特にメインの話題がないブログですが、毎日思ったことや、色々なことを書き綴っております。気になった話題等がありましたら、一言でも構いませんので気軽にコメントしてくださいね。


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久々の更新。


ブログのテーマからはかけ離れてしまった、今の生活。


おととしの7月に二人目の女の子が誕生し、やっと昨年の12月にNICUから退院。


私にとっては、奇跡のような1年半。


でも、まだまだ戦いはこれから。


ブログの名前を変えようと思う。



誰かに送ったメール


今日も、もうすぐ終わっちゃうね。

今日は、何してましたか?

忙しい日でしたか?

楽しい日でしたか?

何回笑いましたか?

返事は来なくても、私はきっと笑ってるよ。

目の前の現実は、間違いだらけで、汚れてて、ずるくて。

でも、狭い私の部屋は、あったかくて、好きな絵があって、歌声がして。


そして、誰かとつながってて。


もし、今、つらいなら、その痛みを

私に分けてください。

そして、私の笑顔をもらってください。


もし、今、元気なら。私を笑い飛ばしてください。

もっと元気になれるから。


間違いだらけの私は、間違いが間違いだと気がついたら

間違いの答えが見つかるかもしれない。



私が、学生の頃よく聞いていた音楽をふと思い出した。

ジャングルスマイル(Jungle Smile)です。


特に聞いていた曲は「片思い」「同じ星」「だきしめたい」です。


ほかの曲も、歌詞がすごくストレートで過激なものもありますが、友達との関係に悩んだとき、進路で悩んだとき、つらいことがあったとき、強くなりたかったとき、助けてくれた大切な楽曲たちでした。


最近、ふと聞きたくなって引き出しの奥で眠っていた音楽プレイヤーを引っ張り出してみた。


♪♪


よみがえる記憶。


「何があっても、人のせいにしない。苦しい時、一歩踏み出すために」


高木さんの言葉。


思い出した。

最近、寒くなってきた為か、肩こりがひどく、筋緊張性の頭痛、吐き気がします。きっと、ストレスなんだろうなぁ。って、自分で納得しつつ、ストレッチをしてみたり。でも、あまり効果はなさそう。

首が動かない…。



Android携帯からの投稿
新幹線の中から。

最近、体調が良くない。肩こり、頭痛、吐き気。やっぱり、まだ、治って無いかも。




Android携帯からの投稿
一人暮らしになって、3ヶ月が過ぎた。

学生の頃に戻ったようだ。

でも、学生時代の様に遊ぶ友達もいないし、何かとても時間をもてあましている。

部屋の掃除は嫌いじゃない。

毎週末は大掃除。

一日いろんなところの掃除をする。

別に潔癖ではないです。

7月17日。


新しい家族が増えました。


それはとても小さな命だった。


触れると壊れてしまいそうなくらいに。


うれしいけど、涙が出た。


体中、いたるところにチューブや検査用のコートをつながれ、


顔はむくみ、声も出ない。


それから、2ヶ月。


状況は改善しない。


肺のほかに、心臓、眼にも影響が出ている。


1000gに満たない、小さな命。


私は、何もできない、とずっと思ってた。


でも、できる事は必ずある。


いや、できる事は全てやろう。


それは、触れること、思うこと、祈ること、「愛」に行くこと。


抱きしめることはできないけど、今できること、思いつくことは全てやろう。


後悔しないように。

前に書いた、昔の友達の安否確認の話ですが、やはり個人情報保護ということもあり、開示していただけませんでした。というよりも、書類の保存年限が過ぎていて、社内規定に基づきすでに破棄されているとの回答でした。当然ですね。


仕方ありません。なにせ、苗字しかないわけですから。


最近、友達の顔を何故か、友達の顔をふと思い出します。高校、浪人、大学、バイト、塾、と色々な人と出会ってきた。多くは無いかもしれないけど、すばらしい人たちが多かったと思っています。


皆、それぞれの道を見つけて進んでいきました。


人生で出会う人はいったい何万人いるんだろう。きっとすれ違っただけの人や、隣の部屋だった人、よく通ったコンビニで働いている人、そんなことを考えていたら、きっと数万人は超えるのだろう。


そして、その中で実際にどれだけの人と知り合って、友達になっているのだろう。どれだけの人と、どれだけの付き合いをしてきたのだろう。


一緒にいるだけで、楽しくて、それだけで満足していた日々。徹夜でゲームをしたり、徹夜でレポート作成したり、そのときは、それで精一杯生きていたんだろう。


今は、生きていることを実感できない。


だから、こうやって一つ一つ、文字に置き換えて、感情を刻む。


いつ、私の記憶が消えても大丈夫なように。


忘れたいと思っていた記憶。記憶が無くなればいいと思っていた。忘れたくない記憶のことなんか考えたことが無かった。


忘れたいと思うことなんて、すべての記憶のほんのちょっとしかない。


だから、ここにこうやって刻む。


今まで、私と出会ってくれた人、ありがとう。忘れないうちにお礼を言いたいです。

ふと、思い出したことがあった。


私が高校を卒業してから、千葉県松戸市で1年間浪人生活を送っていた。


河合塾松戸校の、名前は確か、蛍友寮だったかな。


数名友達ができた。そこの友達が、福島県の二葉町かいわき市の出身だった。


苗字は「郡司」でも、下の名前がどうしても思い出せない。


震災で、どうなっているか心配になった。


昔、戦国自衛隊という映画があった。確か福島原発付近で撮影されていたはずだ。


彼は、その映画も、その場所のこともよく知っていた。


明日にでも、河合塾に問い合わせてみるか・・・・。個人情報だから教えてもらえないかなあ・・・・。

現実の続き・・・。


一部、高速道が開通していた、東北道をひたすら南下し、秋田道へ入りました。休憩に立ち寄ったパーキングで外に出てみると、まだ3月ということもあり、冷たい風が音を立てて、頬をかすめて通り過ぎていきました。


不思議なことに、あせる気持ちはほとんど無かった。人もまばらな休憩所で、なんとなく時間が過ぎている。誰を待つわけでも無く。


1時間ほどたっただろうか・・・。一人の女性が声をかけてきた。


「どこから来たの?」


おそらく、私の服装を見て、地元の人間ではないと思ったのだろう。その声は、優しく、何故か懐かしい声だった。


「・・・・家に帰るところです。」


特に詳しい場所は、話しませんでした。きっと、女性もそこまで聞くつもりは無かったのだろう。


「そう。気をつけてね。外、寒いから。あせらず・・・ね。」


「・・・はい。」


会話はそれだけだった。でも、それで十分だった。出発して、初めて交わす会話。それは、おせっかいでも、ただの善意でもなく、ふわっとした何とも表現できないぬくもりを私にくれた。


その日、私は秋田に1泊することにした。


ホテルに泊まれるだけでも、幸せだった。食事を満足にできること、家族が無事であること、友達が無事であること。普段は何とも思わない些細なことが、幸せを思い出させてくれた。


しかし、その気持ちとは裏腹に余震は頻発していた。今ある、現実。それは、生きていること。


ロビーの新聞を食い入るように読んだ。

1つの記事が目に留まった。幼い娘と、妻を津波にさらわれた男性の記事だった。生きる気力を失った。後を追おう・・・。そう決めた。しかし、妻の両親に、2人の為にも生きて欲しいと言われ、思いとどまった。男性の手には、娘と妻の写真がしっかりとあった。


ロビーで、ちょっと泣いてしまった。誰にもわからない様に。


つづく。