仙台市宮城野区の中野地区にあります仙台市立中野小学校跡地にて、合同慰霊祭が執り行われました。
私は交通指導隊の隊員として、駐車場への誘導を担当しました。
中野地区は、太平洋に面した干潟と七北田川の間にある地区です。
ここは海にも川にも近い上、周囲には高台が全くないため、津波を遮るものが何もありません。
地元の方の話によれば、津波は海から、川から、それと仙台新港の3方からこの地区に襲いかかってきたそうです。
そのためでしょうか、この地区の住宅は、数戸を残すのみで、そのほとんどが流されてしまいました。
かろうじて残った建物も、2階部分まで浸水、1階部分は完全に破壊され、住むことはできません。
空家となった被災住宅に、ゴミを不法投棄していく人がいるため、警察は監視を強化しています。
数戸の住宅を残し、基礎だけが残る広大な空き地が広がります。
慰霊祭に参加される方々を駐車場に誘導します。
宮城県議会議員の石川光次郎先生、仙台市議会議員の伊藤新治郎先生も慰霊祭に参加されました。
観光客らしき方々がタクシーで通りかかります。
運転手さんの案内を真剣に聞き入っています。
県外から来られる方々は、やはりこの光景には衝撃を受けるようです。
中野小学校は鉄筋の2階建ての校舎で、流されずに残りました。
多くの住人がここに避難したそうですが、2階の天井部分まで水が来たそうです。
体育館に避難していたり、1階や2階に避難していた方々の多くが犠牲になったそうです。
犠牲者の多くはお年寄りで、小中学生の犠牲者は一人も出なかったとの事です。
津波によって破壊され尽くした1階の吹き抜け部分。
その先で合同慰霊祭が執り行われています。
最後に、風船に短冊をくくりつけ、大空へ解き放ちました。
青空に沢山の風船が、キラキラと光を放ちながら飛んで行きました。
絶対に忘れてはならない、語り継がなければならない、改めてそう感じました。