その8 九死に一生 | 武産合氣道 大和/宮城野合氣修練道場 稽古日誌

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「神奈川県大和市」及び「仙台市宮城野区」にて岩間スタイル合気道を稽古する「大和/宮城野合氣修練道場」道場長鈴木博之のブログ。IT関連、自動車整備、資格試験、震災関連など、様々な情報を提供しています。

被災者が続々と避難してくる。


太めの中年女性が、足を引きずりながら避難してくる。
今にも倒れそうだ。

その横では、若い男性が中年女性を支えるようにして、励ましながら歩いている。


声をかけると、フラフラと入ってきて、
用意した椅子に倒れるようにして腰掛ける。


おにぎりと味噌汁で一息ついたところで、ポツポツと話し始める。


職業は看護師。
心臓が弱く、体力には自信がない。
おまけに膝が悪く、手術したばかりで傷口も塞がっていない。


そんな状態で津波に襲われた。


多賀城を車で走行中地震発生。


車で仙台方面へ逃げようとしたが、渋滞で身動きできず。
そうこうしているうちに押し寄せる津波。


車が浮き上がり、流され始める。
ドアの隙間からチョロチョロと水が侵入してくる。


水圧でドアは開かないし、周囲には同じように巻き込まれた車がひしめきあっており、逃げられない。


突然クラクションが鳴ったり、ワイパーが動いたかと思うと、それっきり車は沈黙。

バッテリーが上がってしまった状態。
当然パワーウィンドウは開かない。


外の水位はフロントガラスに達した。
それに伴い車内も徐々に水位が上昇。


冷たい水が、喉元までせりあがってくる。

あと30センチ・・・あと20センチ・・・もうだめだ・・・


諦めかけた頃に、ようやく水が引き始めた。


どうにかして車から降りて、びしょ濡れのまま近くの小学校へ避難した。

九死に一生を得た経験だった。


そこまで語ったところで「タクシー代を出しますから、家まで送ってください」と懇願される。


聞けば家は岡田だという。


岡田・・・


海沿いの町である。送っていったとしても、ご自宅が無事かどうかは全くわからない。


ここから決して遠くはないが、膝の手術を終えたばかりの身体では、歩いていくのは無理だろう。

岡田がどんな状態か分かっていないが、とにかく軽自動車に乗せて送っていく事とした。


産業道路を走る。

至るところに陥没や段差ができている。

水田はすっかり水浸しで、ガレキが散乱する広大な湖となっている。


岡田に到着。


ここは1メートル以上の津波が襲ったようだ。

水はまだ所々に残っている。


水が引いた所には、10センチ近い泥。
タイヤを取られたら帰れなくなる。


ご自宅近くで中年女性を下ろす。


自宅前は泥が深く、物置やガレキが道路に散乱し、通れない。
回り道もあるが、水没していて進めない。


これ以上何もしてやれない。


来た道を引き返す。


広大な湖となった水田で、白鳥がのんびりと毛づくろい。


鳥はいいなと思う。

地震が来ても、津波が来ても、
空を飛んでいればいいのだから。


産業道路を戻る。


段差にタイヤを取られながら歩道を歩く被災者を眺めると、何とビールを飲みながら歩いている。


「こんな時に何だ!」と腹が立つ。


後で聞いた話では、キリンビールの工場から流出した大量のビールを、被災者が拾い集めていたらしい。


飲み食い出来るものが無いのだから、仕方なく飲んでいたのかも知れない。


この時点で朝の10時。


どうしても安否を確認しなければならない人がいる。


七ヶ浜に住む親戚と、
塩釜に住む合気道の師匠である。

塩釜に係留している船も心配だ。


何があるか分からないから工場を留守にするのは不安だったが、どうしても行かなければならない、そんな心境だった・・・


・・・つづく。


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