・・・つづき。
私を採用してくれた会社は,横須賀の海辺で大きな機械工場を持つことからも分かる通り,「重厚長大」なモノ作りを行う会社である。
製品が大きすぎて,トラックでは運べないから,船で輸送する。
だから工場は海辺にある。
だがそんな地の利とは全然関係のない部門があった。
それが「ソフトウェア開発部」である。
私はソフトウェア開発部のたった1名の新人だった。
だから新人教育は,取引先でもあるI社の新人教育に混ざって受けた。
そして新人教育開始。
周りは情報工学出身者や,コンピュータの専門学校出身者ばかり。
用語が全然分からない。
概念も成立していない。
そこは「パソコンが操作できる」というレベルでは全く通用しない世界だった。
スタートラインが同じだったらまだ勝負のしようがある。早く立ち上がればいいのだ。
しかし私だけゼロからのスタート。
当時は本当に何も知らなかった。
とにかくついていけない。
とにかく分からない。
何が分からないのかも分からない。
それでも月日は流れる。
新人教育を終え,よく分かっていないまま配属された部署で,怒られながらもよく勉強したと思う。
1年後,どうにか「情報処理技術者試験」の初歩の資格をゲットした。
ようやく同期に追いついた。
数年後,さらに上の資格をゲットした。
ようやく先輩方とまともに仕事の話ができるようになってきた。
さらに数年後,「高度」と呼ばれる資格をゲットした。
ようやくお客様とまともに仕事の話ができるようになってきた。
このような経緯を経てきたから「分からない人の気持ち」がよく分かる。
今でも「新人」という言葉を聞くと,当時の自分を思い出し,胸がキュンとなる。
そしてオファーが来た。
金融系システム会社の新人教育案件である。
ダンボールに入れられた沢山の仔猫が,こっちを見つめながらニャーニャーと鳴いている。
手を差し伸べずにはいられない。
迷う事無く引き受ける私であった・・・。
・・・つづく。