平成21年度が幕を開けた。
「学生」は卒業し,期待と不安で胸を膨らませながら「新人」として社会に出てくる。
そんな彼らを最初に待ち受けるのが「新人教育」である。
思い返せば13年前。
私もまた「新人」として新人教育を受けていた。
専門は機械工学。卒論のテーマは「衝撃圧接」であった。
工作機械を使った機械加工が大好きで,機械工場が大好きだった。
テストピースと呼ばれる試験片を旋盤で削る傍ら,「棒手裏剣」を先生の目を盗んで何本も作った。
教授のコネで某社の面接を受けた。
横須賀の海辺にあり,大きな機械工場に沢山の工作機械がある会社である。
工場見学で「ここだ」と思った。
そして面接の日。
倍率は3倍程だったと思う。
私を採用するかどうかで,人事も相当悩んだらしい。
成績はお世辞にも優秀とは言えない。
しかしやる気と勢いだけはある。
人事はある決断をした。
「専門外の部署に配属する」
と伝え,それでも「やります」と言ったら採用しよう,と。
そして面接当日。
面接官は私にこう問うた。
「ソフトウェア開発部でもいいですか?」
4年間,機械工学を学んできた。
工作機械を使った機械加工が大好きで,機械工場が大好きだった。
工場見学の際,人事にその旨は伝えてある。
まさにそれを否定するような質問である。
しかし私は,一瞬の躊躇もなく応えた。
「何でもやります!」
さして優秀でもなかった私。
配属先を選べる立場ではない。
今思えば,この一言がその後の人生を決定付けたと言ってもいい。
ほどなくして「内定」の通知を頂戴した。
こうして「IT技術者」としての人生が始まったのであった。
・・・つづく。