・・・つづき
合宿の候補地,それは福島県いわき市である。
私は今,自動車整備士である。
その前は情報処理技術者であった。
いわゆるSE(システムエンジニア)である。
顧客が抱える問題を,コンピュータシステムで解決する。
ハードウェアを選定し,ソフトウェアを設計し,プログラミング,テスト,移行作業,運用そして障害対策を実施する。
様々なプロジェクトに関わって来たが「SEとして最後のプロジェクト」の舞台が「福島県いわき市」であった。
いわき市は福島県の南東部に位置する。
仙台と東京のほぼ中間地点である。
http://www.city.iwaki.fukushima.jp/cgi-bin/odb-get.exe?wit_template=AM040000
最後のプロジェクトは大変厳しい案件だった。
これまではどんなに厳しいプロジェクトでも(100点満点ではなかったけど)いつも乗り越えてきた。
だが最後のプロジェクトは乗り越えられなかった。
最後のプロジェクトに参画しつつも,仙台へUターンする事を決めていた。
今思えば,プロジェクトメンバーの面々には大変失礼かも知れないけれども,気持ちが既に仙台に飛んでいたのかも知れない。
私がリーダーを務めていた機能の進捗が遅れ始めた。
遅れが回復出来なくなってきた。
プロジェクトリーダの当たりが厳しくなってきた。
私はプロジェクトにいてはいけない人間になっていた。
これ以上の遅れは許されない。
私が蒔いた種である。
別のメンバーにリーダを譲り,私は火消しに専念した。
そして退職。
後ろめたさを感じつつ,いわき市を後にした。
そんな訳で,福島県いわき市にはいい思い出が一つもなかった。
だがあえてその地を選んだ。
1年半という短い期間ではあったけれども,お世話になった地である。
嫌な思い出だけの地,二度と行きたくない地にだけはしたくなかった。
再びいわきの地に立ち,天の縁,地の縁,人の縁を感じよう。
次になさねばならぬ事,それは「宿と道場の確保」であった。
・・・つづく。