みなさん こんにちは。


東京は雲の多い空ですが、たまに薄日がさしてきます。


陽射しが弱い分、肌寒さを感じます。


いよいよ12月も後半になりましたね。





さて


2025年もあとわずかになってきました。



今年のよかったことは何ですか?

今年気になったことは何ですか?

今年たいへんだったことは何ですか?


そんなふうに今年一年を振り返ることが

多くなりますね。





世の中の様変わりが激しいので、

とっくの昔のことのように思っていたことが、


「え? あれって今年だったの?」


そんな気分になりますよ。




アラカンともなりますとね


「今年良かったことは?」

これに

「この人生で良かったことは?」

このニュアンスも重なってくるのですよ。





還暦を迎えると


「自分の人生の総ざらえ」

こんな感じになってきます。



するとですね


「自分 人にどれだけやってあげられた?」


これが気になってくるのです。



うーむ。


やっと大人になった というか

やっと人間が練れた とうか

やっとホトケの境地にすこーし近づいた というか





でね、思うのですよ


9、11の災害のとき や 3、11の災害のとき

何の宗教も持っていないものの、

ごく自然に天に祈りましたよ。


どうしたって ああいうときは

もう祈るしかありません。




でもね、そういうときでも、

やっぱりお腹は空いたし、


「あ! 明日は燃えないゴミの日だ」

ちゃんと思い出しましたよ。





ここまで生きてきて、


魂の底から

自分の100%をかけて

1ミリの自分も残さずに

その人の幸せを祈った


そういう人っていた?


思い返してみるのですよ




するとね


娘が小学校一年の時の発熱。


小児科で処方してもらった薬をあげても、

坐薬を入れても、

ちょっと下がったかなと思っても

また、グングン熱が上がってくる。



夜中に娘の冷えピタを貼り替えながら、

ただただ 神様に祈りましたよ。




そして今 その娘が4歳の子を育てています。



おちびさんの熱が下がらない。


夜中 背中を丸めて冷えピタとアイスノンを取り替える娘。



その二人の姿を見ながら、

ただただ神様に祈りましたよ。





振り返ればね


自分を1ミリも残さず

魂の底からえぐるように

ただただ 相手の幸せを祈った


これって、


子どもと その子が生んだ子

この2人だけだったかもしれない。



1ミリの取り繕いもないホンネのホンネですよ。




仕事? 恋愛?


そのくらいじゃあ とてもそこまでいかなかった。


親や兄弟姉妹でもそこまでいかなかった。



それが ウソのない気持ちです。





2025年 一番幸せを感じたことは?


この人生で 一番幸せを感じたことは?



天にそう尋ねられたら?


そうだなあ



「心から魂から100%

どうしても幸せになってほしい!


そう思える人が二人もいたこと」



そう答えるかもしれません。





自分のことより

自分の命より

その人の幸せを祈れる


そういう人が存在する



これはさ、幸せですよね。





ママになる



その幸せって、こういうことなんですよね。





2025年の師走に


アラカンはそんなことを感じているのですよ。





がんばっている人も



がんばれない人も



がんばらないようにがんばる人も



今日も、ありがとうございます。