本編に入る前に告知をさせてください。

本日、インドネシア時間20:00(日本時間22:00)より加藤ひろあきが気になる人にインタビューする企画「#HiroTalk」の最新エピソードが公開になります!

 

 

今回お迎えしたのは現在いわゆる「インフルエンサー」としてインドネシア人のファンを多く持つ「Terao Honomi」ちゃん!

日本に住みながらインドネシア語での発信や活動を続けるほのみちゃん、今回はフルインドネシア語でインタビューに臨んでもらいました!

大学でインドネシア語を専攻しているとはいえ、ここまでちゃんと話せるのはすごいです。そんなほのみちゃんとたっぷりお話ししていますので、是非一緒にプレミア公開で盛り上がりましょう!

 

 

リマインダーのセットを忘れずに⭐️

よろしくお願い致します!

 

さて、リマインダーと言えば「備忘」って意味ですよね。

「忘れない」ってことです。

ヒトは忘れていく生き物なわけですが、きっと忘れてはいけない、忘れてたくないことっていうのがそれぞれにあると思います。

 

僕は忘れっぽいです。

これを同級生の前とかで言うと引かれるのであまり言わないのですが、小学校、中学校、高校、大学の記憶もあまり鮮明ではありません(笑)

だから、同窓会とかに行って「あの時、あんなことあったよねぇ!」にピンときたことがあまりありません。

#ごめんなさい

#その場ではあぁ!とか言ってみるけど

#記憶は曖昧なことが多いです

 

それでも38年人生を歩いてきて、これだけは記憶しているという瞬間もあります。

でもそれは大きな瞬間ばかりではなく、何気ない日常の一コマだったりするから面白いです。

 

学生時代の記憶は殆どないと言いながら、中学時代に下駄箱の傘立てに腰掛けていて、後輩が「長渕剛の家族って歌、知ってますか?」と聞かれて咄嗟に「おぉ、あれな、いい歌だよな」と答えて、「サビどんなんでしたっけ?」と言われて、歌えなかったあの瞬間をなぜか今も覚えてます。

 

今思えば、人生で初めて知ったかぶりをして失敗した瞬間だったからかも。

そしたら、それはそれで大きなことか(笑)

#後輩の田代

#知ったかぶりしてごめんね!

#おれがサビを歌えないってわかってからのあのきまずそうな顔は今も忘れない

#田代いまなにしてんのかな?

 

高校二年生で初めて出来た彼女の家に行って、彼女が部屋を出てお菓子とかを準備してくれている時に窓から差し込んでいた眩しく温かい光も鮮明に覚えてます。

 

小説「ラスカルプランギ:虹の少年たち」の翻訳のために2週間滞在した小説の舞台となった村:ガントン、あの村で見た宇宙まで突き抜けていきそうな青空も覚えてるなぁ。

 

人間のメモリーには限界があって、そこから溢れていくものがあるからまた新たに刻まれることもあって、忘れるから救われることもあれば、記憶から消えてくれなくて苦しむこともある。

 

人間の記憶って、どこまでいっても不思議だなと感じています。

 

僕は「人間は思い出してもらう度に何度でも生きることができる」と思っています。

それはこの世にまだ存在している人も、あの世に旅立ってしまった人も一様に、です。何度だって「生きる」ことができる。

 

だから、「あの人最近何してるかな?」と久しぶりに思い出したあの人はその瞬間また「生きて」る。だから、僕は色々な人に様々な瞬間に思い出してもらうことは幸せなことだよなぁと思ってまs。

#s

#す

 

昨日は思い出したい人がいた1日でした。

「クララ」という女の子です。

 

 

若くしてこの世を去らなければならなかった「クララ」、なぜそれが「クララ」じゃなきゃいけなかったのだろうと今もよくわかりませんが、それでもこの世から旅立ってしまったことは確かで、昨日一周忌を迎えてその想いを噛み締めていたところです。

 

懸命に駆け抜けていった人生だったのだと思います。

改めて空に祈ります。

 

人はいつこの世から消えてしまうか誰にもわかりません。

 

2006年にジョグジャカルタ に留学していた時、中部ジャワの大地震を被災して、前日に「じゃあ、また明日ね!」と言って別れた友達とその「明日」もう一度会うことは叶いませんでした。

 

物心ついた時からお世話になっていた町医者は「インドネシアで頑張ってるね〜。まあ、また帰ってきたらいつでも寄りなさい」と言ってくれていたのに、2019年に帰国した時はその先生が帰らぬ人になっていました。

 

一緒にイベントを作って、「また面白いことを必ずやろうぜ!」と言っていた友人も、様々な思いを抱えたまま旅立ってしまいました。

 

天性の歌声を持っていた心優しきシンガーも「ひろ、今度は一緒に歌おうね!」と言っていたのに、ある日突然若くしてこの世を去りました。

 

ここ2年ほど新型コロナウイルスの大流行もあり、この世から巣立っていく人の数やその報せに触れる機会はこれまで以上に多くなりました。

今まだこの世に止まっている僕ができるのはそういう人たちを思い出して、記憶として自分の中で繋いでいくことなのだろうと思います。

 

だから、昨日は「クララ」のことを思っていました。

これからも事ある毎に思い出すと思うし、他の大切な人たちのこともなるべく思い出して、覚えていたい。

それが自分が生きる意味の一部にもつながるのかもしれないなとも思いながら、今日は朝から晴れ渡っているジャカルタの空を眺めていました。

 

#写真真ん中がクララ

 

あなたにとって大切な人が今日もあなたの記憶の中に、心の中に生き続けていますように。

 

ありがとう、テリマカシ。

 

あなたにとって、今日が昨日よりちょっとでもいい日でありますように。

 

ひろ。