「ガダルカナルデパートメント」観劇
昨日、今年最後のベニバラ演劇「ガダルカナルデパートメント」を観劇して来ました・・。劇場は中目黒の「キンケロシアター」 楽日なので観客席は満席の満員御礼。今回の演目はタイムスリップした現代人が戦時中の最前線で繰り広げられる悲喜交々な人間模様・・と思っていましたが観劇していく内に、それは、単なる時空モノでは無い、時代の流れにあるヒトの「生き方」を問いただす、実に深い物語である事が理解出来ました・・。時空顛末の始まりは・・現代の銀座のデパガとガダルカナル開戦に送り込まれた一種独特な雰囲気を持つ1個小隊(他の隊からは変わり者の集団と見られている)それに、そこにたまたま慰問団として内地から来ていた演芸部員が、あるキッカケで同じ境遇に陥る事から始まります・・。時は戦中、米軍の奇襲に合いしかも70年もある時代誤差があるこの集団一行が、うまく行くわけがありません・・。疑心暗鬼の中、命辛々生き延びていく彼らの間には、それでも何時の間にか一種の連帯感が生まれてきます・・。お互いの生きる時代を戸惑いながらも理解していく中で、ふと慰問団の「さくら」が漏らしたコトバ・・「彼女らに足りないコト・・それは、その存在が希薄なコト」ナルホド・・と思いました。ここでのコトは、現代人の存在つまり「生き方」の違いです。文明科学が発達した現代に生きる現代人は、その恩恵に授かる一方本来の「生きる意味」を考えず時流の惰性に、ただ乗っかって過ごしている結果・・、本来は本能であるはずの「生きる姿勢」が<希薄>になってしまっている・・。劇の半ばで、タイムスリップした戦地で米軍に見つからない時があったのも、その存在が「希薄」さ故だから・・その意味を試行錯誤しながら理解し、本当の自分を取り戻していくデパガ達・・どうでしょう・・ザッと書きましたが、今年のベニバラ演劇の締め括りとなる最終公演の演目は、単なるタイムスリップものでは無く、一にも二にも人の「生きる」事に対する道標の大切さをを教えてくれた素晴らしいものでした。奇しくも観劇した日は日本の未来が変わる選挙の日・・今のニッポンを当時のニッポン人が見たらどう思うか・・、今の処は残念ながら胸を張って見せられるものではないですが今回、ベニバラ演劇を観劇なさった方は少なくとも「生きる」大切さ、意義を考えられただけでも少しだけ、胸を張れるのではないでしょうか・・。何時も素晴らしいエンタティナーを観せてくれるベニバラ兎団の来年も公演も実に楽しみであります(o^-')b ベニバラ兎団次回公演 >2013年3月予定<詳細は分かり次第ブログ等でUPします(^_^)v