もうすっかり東京の生活に戻ってからの絵日記なので、興覚めも甚だしいのだが、旅の備忘録代わり及びネタと写真の在庫処理のためのアップをお許しください。
さて、前回絵日記で勿体ぶった観光のおはなしを。
旅程を考えた時、帰国便の出発日を敢えてアイルランド戦の3日後にした。コストと帰国後の効率を考えれば翌日、ないしダブリン→ロンドンも踏まえて2日後でいいのだが、2つの目的でこの日程に。帰国後のスケジュール上ここが滞在できる最長でもあった。
帰国を遅くらせた理由の一つは、以前の日記でも触れたUK→アイルランドをフェリーで移動しようという魂胆。結末から書くと、コチラは断念。トータルの移動時間と、予想外だったがコスパの悪さが理由で。フェリー運賃よりも、ロンドンからフェリーが出るウェールズ・ホリーヘッドまでの電車が結構高い。UKでは往復ならかなりディスカウントがあるかと期待したのだが、ライアンさんの飛行機の方が相当安かったのだ。
で、この海上からの侵攻作戦は残念ながら見送ったが、もう一つは、最初に書いたこの旅唯一の〝観光〟だ。観光というよりもむしろ見学と表現したほうがいいのだが、試合翌日の日曜日に「ダブリンの巨人」に会いに行った。
試合日の夜のみ一泊した郊外の宿からダウンタウンに戻り、町中中心地の宿で荷解きをしてから、ぶらぶらと徒歩で北東へ。繁華街を離れて10分も歩くと、街並みは100年前のような煉瓦造りの長屋風住宅に変わる。
ほとんどの家が2階建て、高くて3階、平屋もある。そんな町をさらに15分、20分と進むと、煙突が並ぶ屋根の先に突如として巨大な塊がうずくまっているのが見える。その威容から勝手に〝巨人〟呼ばわりしたが、この国のスポーツ界の誇りでもある巨人は、こう呼ばれている。
「Croke Park」
アイルランドの国民的競技ゲーリック・ゲームズ、つまりゲーリックフットボールやハーリングの聖地であり、8万2000を超える観客を収容するヨーロッパでも屈指の巨大スタジアムだ。ゲーリックスポーツ協会のパトロンだった大司教の名を取って命名されたと書かれていたが、建設は1800年代に始まった歴史を持つ。
通常、あまり観光ってものに関心が薄いタチなので、今回のダブリンも「トリニティ・カレッジでも見とくか」くらいの思いで訪れたが、この巨大な器だけは一目拝んでおきたかった。ラグビー・アイルランド代表が使った時は大きな話題になったが、中継で見た豪壮なスタンドが印象に残っていた。全くないわけではないが、ここでユニオンのゲームが開催されるのは限定的で、その素晴らしい器をユニオンが使わせてもらったことへの敬意も含めて、是非一度ナマ・クロークを拝みたかった。
勿論、外周をぐるりと回った程度だったが、裏手にある門に行くと、どうやら見学ツアーのようなものもあるようだ(この日はなし)。で、守衛室のお兄さんに「門の中から写真撮っていい?」と聞くと「どーぞどーぞ!」とダチョウ倶楽部のように入れてくれた。
もちろん内部には入らなかったが、外周を歩くとスタジアム真横の小さな川沿いの遊歩道からは、見上げるような位置からスタジアムをデカさが体感出来る。住宅地に忽然と立つため、周囲の低層階の家々とのコントラストが、その荘厳さをさらに高めている。
▲デカすぎてなかなか写真に収めきれない
ま、それだけの、サプライズも感動もないフラットな見学だったのだが、2週間ばかりの旅で、ウェンブリー、Aviva、そしてクロークパークという巨大器巡り。小生にとっては、なかなか満足度の高いものになった。
あ、忘れていたがもう一か所〝観光〟候補地が。それはSlane Castle。ロックを聴く者なら、その名に聞き覚えのあるスレイン城。U2、レッチリの気合の入ったライブで知られる古城だが、いささか時間がかかるので、こちらは回避。徒歩でも行ける〝巨人〟だけにしておいた。
以前にSNSで上げたストリートミュージシャンもなかなかの曲を謡っていたが、アイルランド人と音楽は切り離せない。ケルト民謡をベースにしたフォルクローレは、飲み屋街のパブでも毎夜演奏されるが、この白人社会(過去は)の中で培われた特有のソウルミュージックも魅力の一つだ。
中高で熱中した西洋音楽でも、「ジム」の次に敬愛するモリソンさん、ヴァン・モリソン、ロック小僧時代に東京でのライブに仲間と出かけたシン・リジーに古株バント・ナザレス、勿論U2もだが、クランベリーズ、シネイド・オコナーと素晴らしい演奏家の名前が並ぶ。プレスリーじゃない方のエルビス、ジョンにポールとUKの偉大なソングライターも、そのオリジンをアイルランドに持つ。ここは音楽の都でもある。
スレイン城は断念したが、ダウンタウンの繁華街の中に、いまも立ち続けるPhilの銅像は訪ねた。その強烈で雄弁なベースラインを奏でた右手とベースのネックを握り締め、誰にも聞こえない小さな声で「Thanks,The Rocker」とだけ伝えてきた。
で、シメは現地メシのはなしでも。
現地といえども、小生の場合、旅先で食べるのは大半がエスニック。すこしSNS、過去の絵日記でアップしたものと重複はお許しください。
まず、小生の旅のルーティーンから。知らない町に着いたら、自由に動ける時は、先ずレバノン料理店とマーケットを探す。マーケットはよくある地元で古くから親しまれたイチバから、いわゆるスーパーマーケットまで。そこの生活や物価、そして現地でどんな食生活をするかのイメージが湧くからね。
ダブリンも古い町なので、調べればどこかに市場があったかも知れないが、今回の滞在だと調べたとしてもそこに行くほどのヒマはなかった。なので、日常は通称〝徹子〟こと英系チェーンTESCO、ドイツのLidl、部類としてはコンビニのSPARを覗く。朝も、以前紹介したウェンブリーの「朝日食堂」でのイングリッシュブレークファーストやカフェめし=クロワッサンやホットサンド程度なども多かったため、2、3日ぶんの朝食用のパンやサラダ、飲料といった程度の買い物ばかりだった。
で、メシ屋のほうだが、レバノン料理については、以前から何度か書いているのだが、どこでも「外れ」が少なく、料理自体もかなりのクオリティなので、美味いモノを食える計算が出来る。ただしダブリンのレバノン料理屋は、かなりしっかりしたLicensedの店(見つけたのは)。雰囲気もかなり成金趣味だし、ここの物価を考えると回避を決めた。
で、SNSでも書いたがスーパーを出て、ふと気付いた地下にある怪しげなショッピングモールで発見したのがジョージア食堂。こちらも、レバノン、トルコに負けず劣らず〝めしティア1強国〟の1つ。ジョージアといえば頭に浮かぶ「ヒンカリ」は悲しいかな売り切れていたが、店のおばちゃんの3推しの1つオストリが美味かった! 牛肉シチュー系、トマト風味にセロリ等々野菜ぶっこんで煮込みのような一皿だったが、かなりいける。トビリシ訪問回避を、あらためて残念に思いながらの晩餐となった。
同じ日に発掘していた香港食堂は翌日侵攻。迷わず〝チャーシューライス〟をオーダーした。コレ、大昔まだまだ香港が取材先(代表戦、香港セブンズetc)だった時代の朝昼兼用メシとしてオキニだった1つ。チャーシューぶった切って白米に乗せてハイという至ってシンプルな、料理とも言い難い料理だが、ローストダック、チキンバージョンのかけご飯をローテーションで毎日を過ごしていた。この豚鶏ダックの焙り具合が、本場の店では勝負になる。好きな具材のハーフアンドハーフがベストかな。
それがダブリンでも食えるというのだから、ジョージア食堂再訪も悩みながら、やはり味のクオリティを知るため新規開拓に。勿論、本場の香港に全然及ばないが、「ま、コレだよな」レベルではある。十分に食える。お肉にかけるタレは香港と変わらない風味なので、結構いけるのだ。結果、初日はチャーシューご飯、翌日はローストダックご飯と2夜通ってしもた。
とある日の遅いランチも中華に。だいぶ空腹だったこともあり、なるべく早くと飛び込んだ店は古びたショッピングモールの最上階(3階)のレストラン。てっきり各国の庶民派中華共通の、好きな料理を2、3、4種類選ぶ「コンボ定食」かと思ったら、なんと€14+で食べ放題の店だった。味は「ま、こんなところ」レベル。大食いくんにはいいねというカンジだが、眺望(ロケーション)の素晴らしさと、対照的な、なんだかシュールな店内デコレーションがB級度満載の不思議な店ではあった。
参考までに、スタジアムでのメディアめしも紹介しておこう。
試合前日は、クロワッサンや甘い系のパン数種が「軽食にどうぞ」程度に用意されていた。勿論、コーヒー、紅茶と共に。そして当日は、受付でプログラムと同時にミールクーポンが渡される。プレスルームで1人で何食も食う奴がいるとは思わんが、一応一人一食ということで。実は世界最高峰の大会ワールドカップは前回のフランス大会からメディアミールが廃止された。美味くもないピザなんかの有料ケータリングに変更したのだ(ちなみに1回も使わず、外のパン屋のバゲットサンドをスタジアムに持ち込んでいたが)。何とも安っぽい。だが、ホームネイションズのような、自分たちがホストすることを誇りに思う協会は、まだ従来のようなメディアへのサーブを続けているのだ。
そういや、むかしマレーフィールドで出されたスープが、メディアめしで一番の味だったことを思い出した。
で、試合当日のミールだが、前日のクロワッサンのクオリティで勝手に期待度を高めてしまったが、ま、出されたものは、なんというか…。敢えて暴言を吐かせてもらうと「作った奴、調理人としての誇りないんかっ!」という程度のもの。恵んでいただいたものに文句はイカンけどね。
そして、最後のダブリン昼メシとなった9日はウイグル料理。これも以前に急ぎ足の市内移動で見かけていた店。かなり期待に胸を膨らませて、この日もレイトランチに飛び込んだが、結果は見事な〝肩透かし〟レベルだった。
まず、メニューに「羊」がほぼいない。料理で「お肉は希望のものをチョイス」とか書かれていても、牛、鶏ばかり。しようがないから肉と野菜細切れ煮込み、ご飯がけといったメニューを頼んだが、そこそこチリ辛い煮込みといった代物。数少ない羊メシとして、ラム串焼き2本を頼んだが、東京・東上野の中国東北料理店のモノとあまり変わりはなかった。味付けを「ノーマル」「スパイシー」と選べたのに、ノーマルでも水なしではキツイ辛さ。メニューも「一般料理」の中に麻婆豆腐とか、若干いかがわしいウイグルではあった。今後、ウイグル料理は店頭のメニューで「麻婆豆腐」のない店を選ぶことにする。
残念なウイグルレストランだったが、ここからメシには祟られっぱなしの旅になってしまった。食べ終わって、満腹感だけはハンパなかったと気付く。レシートを眺めると、随分たいそうなランチ(¥4000程度)ではあったが、レシートに見合うものがあるとしたらボリュームだけだった。
そのとばっちりで、夕飯時はどうも胃袋が人間の本能的欲求を欲してない。旅の最後は何か美味いモノを―というのが小生のルーティンだが、どうも本格的な食事は無理と、無念の判断で軽くドーナツで済ませてベッドに潜り込んだ。
翌日にダブリン→ロンドンと移動したが、この日は時間を潰しながらのダブリン空港でのサブス(たしかクロワッサンサンド)に、ヒースロー近くのお部屋のチェックインをあまり遅くしたくないという配慮から、夕メシはバーガーキングパディントン駅店という屈辱に。世界共通だが、空港周辺はどこも真空地帯のように何もないのが常識だし、今回も結果的に同じだった。さっさと、とはいえ21時過ぎに宿に辿り着き、シベリアンハスキーに慰めてもらいながら、パソコンを叩くというなんとも味気ない最後の夜を過ごした。
▲すこし旅の疲れを感じなながらの最後の夜は、素敵なインド系オーナーさんと
ハスキー犬に癒される。部屋右上のメッセージボードに、オーナーの人柄が滲む。
ドでかいハスキーは小生の部屋の前がオキニだが、外室のためにはドアに体重をか
けてこの生物をどかさないとならない。ある意味セキュリティーは万全ではあった
▲写真のみだが、町のスケッチも少々。ロンドン、ダブリンと共
に優れた美術館、博物館を持つ街だが、今回は時間的に断念。で
も、道端にもアートは存在する。1枚目はクロークパーク近く。こ
こで奇蹟が起きたことを証明している。2枚目は帰国目前のヒース
ロー空港近くの1枚。マーケットもない地にカートというアート。
アートではないがダブリンには植物をこよなく愛する人々もいる
〝在庫処理〟で、すこし試合が行われた器で思ったことも書き足しておこう。
世界に名立たるスタジアムだが、我々メディアが徘徊できるエリアでも、自分たちが造り上げた歴史や誇りを大切にしているのが伝わってくる。最初の1枚はウェンブリーの1階エリア、チームバスや関係者車両が通る回廊部分のもの。建て直し前の時代からこのスタジアムを舞台に演じられた様々な名勝負、歴史に残るゲームが、スタジアムを支える巨大な柱に描かれている。
2枚目も会見場へ向かう通路の壁いっぱいのサイズで、ここを会場にしたビッグネームのコンサート、イベント、試合の数々が絵巻物のように並ぶ。この写真は、もちろん敬愛するDavidのライブシーン。以前に紹介したように、場外にはOasisのパネルも並んでいた。
そしてダブリン。
メディア、関係者の通用口のような入口からメディアルーム(ワーキングルーム)へ進むと、一列にモノクロのパネルが続く。醜い戦争で命を落とした選手たちへの敬意を込めた写真の数々。ロンドン同様に、車両用の回廊には、自分たちの価値を訴えるような写真とメッセージも飾られる。それらは、決して奢りではなく、自分たちの築いてきたものをしっかりと忘れずに前進していこうという思いが伝わる。
そして、プレスルームにも、このスタジアムの歴史が刻まれる。
こういう文化を、日本のスポーツ競技団体、スタジアムが、どこまでしっかりと継承し、継承だけではなく、自分たちの足跡の価値を多くの人たちに訴えることが出来るのか。そんな思いにさせられる、UKおよびアイルランドのスポーツの奥深さも味わった。
そして、もちろん最新のAvivaでも、スタンドはピッチからダイレクトにせり上がってく設計。コレ、これからの日本のラグビー場で出来るかなぁ…。
迷った末の、出発1週間にも満たない準備で赴いたロンドン、ダブリン12泊15日の旅。正直、取材としては「わざわざここに居る価値あるんか?」と感じさせられる酷いものでもあったが、ゲーム自体の見応え(厳しい試合という意味でね)、そして大半は「王国」ではなく「共和国」で過ごした旅自体はなかなかの快楽の時間でもあった。やはりアングロサクソン人(会った人の多くは移民系の皆さんだったが)よりもケルト人のほうが、訪ねて来る異邦人を歓迎しようという思いを感じさせる。ま、この意見には小生の偏見もそこそこあるが…。
ダブリンが、UK以上のパブ、飲み屋文化がいまだに継承され、エスニックな町、ノマドな空気も感じさせるという意味で、アイルランドの文化的にも、国際的にもエスニシティーを醸す町だったことが、その快楽の要因でもある。
離日前に購入したアイルランド版suicaリープカード(一般用)にはチャージした数€が残る。このチャージを使い切るために再びこの町を訪れるのはいつになるのだろうか。










































