もうすっかり東京の生活に戻ってからの絵日記なので、興覚めも甚だしいのだが、旅の備忘録代わり及びネタと写真の在庫処理のためのアップをお許しください。

 

さて、前回絵日記で勿体ぶった観光のおはなしを。

 

旅程を考えた時、帰国便の出発日を敢えてアイルランド戦の3日後にした。コストと帰国後の効率を考えれば翌日、ないしダブリン→ロンドンも踏まえて2日後でいいのだが、2つの目的でこの日程に。帰国後のスケジュール上ここが滞在できる最長でもあった。

 

帰国を遅くらせた理由の一つは、以前の日記でも触れたUK→アイルランドをフェリーで移動しようという魂胆。結末から書くと、コチラは断念。トータルの移動時間と、予想外だったがコスパの悪さが理由で。フェリー運賃よりも、ロンドンからフェリーが出るウェールズ・ホリーヘッドまでの電車が結構高い。UKでは往復ならかなりディスカウントがあるかと期待したのだが、ライアンさんの飛行機の方が相当安かったのだ。

 

で、この海上からの侵攻作戦は残念ながら見送ったが、もう一つは、最初に書いたこの旅唯一の〝観光〟だ。観光というよりもむしろ見学と表現したほうがいいのだが、試合翌日の日曜日に「ダブリンの巨人」に会いに行った。

 

試合日の夜のみ一泊した郊外の宿からダウンタウンに戻り、町中中心地の宿で荷解きをしてから、ぶらぶらと徒歩で北東へ。繁華街を離れて10分も歩くと、街並みは100年前のような煉瓦造りの長屋風住宅に変わる。

 

 

 

 

ほとんどの家が2階建て、高くて3階、平屋もある。そんな町をさらに15分、20分と進むと、煙突が並ぶ屋根の先に突如として巨大な塊がうずくまっているのが見える。その威容から勝手に〝巨人〟呼ばわりしたが、この国のスポーツ界の誇りでもある巨人は、こう呼ばれている。

 

「Croke Park」

 

 

 

 

アイルランドの国民的競技ゲーリック・ゲームズ、つまりゲーリックフットボールやハーリングの聖地であり、8万2000を超える観客を収容するヨーロッパでも屈指の巨大スタジアムだ。ゲーリックスポーツ協会のパトロンだった大司教の名を取って命名されたと書かれていたが、建設は1800年代に始まった歴史を持つ。

 

通常、あまり観光ってものに関心が薄いタチなので、今回のダブリンも「トリニティ・カレッジでも見とくか」くらいの思いで訪れたが、この巨大な器だけは一目拝んでおきたかった。ラグビー・アイルランド代表が使った時は大きな話題になったが、中継で見た豪壮なスタンドが印象に残っていた。全くないわけではないが、ここでユニオンのゲームが開催されるのは限定的で、その素晴らしい器をユニオンが使わせてもらったことへの敬意も含めて、是非一度ナマ・クロークを拝みたかった。

 

勿論、外周をぐるりと回った程度だったが、裏手にある門に行くと、どうやら見学ツアーのようなものもあるようだ(この日はなし)。で、守衛室のお兄さんに「門の中から写真撮っていい?」と聞くと「どーぞどーぞ!」とダチョウ倶楽部のように入れてくれた。

 

もちろん内部には入らなかったが、外周を歩くとスタジアム真横の小さな川沿いの遊歩道からは、見上げるような位置からスタジアムをデカさが体感出来る。住宅地に忽然と立つため、周囲の低層階の家々とのコントラストが、その荘厳さをさらに高めている。

 

 

 

▲デカすぎてなかなか写真に収めきれない

 

 

ま、それだけの、サプライズも感動もないフラットな見学だったのだが、2週間ばかりの旅で、ウェンブリー、Aviva、そしてクロークパークという巨大器巡り。小生にとっては、なかなか満足度の高いものになった。

 

あ、忘れていたがもう一か所〝観光〟候補地が。それはSlane Castle。ロックを聴く者なら、その名に聞き覚えのあるスレイン城。U2、レッチリの気合の入ったライブで知られる古城だが、いささか時間がかかるので、こちらは回避。徒歩でも行ける〝巨人〟だけにしておいた。

 

以前にSNSで上げたストリートミュージシャンもなかなかの曲を謡っていたが、アイルランド人と音楽は切り離せない。ケルト民謡をベースにしたフォルクローレは、飲み屋街のパブでも毎夜演奏されるが、この白人社会(過去は)の中で培われた特有のソウルミュージックも魅力の一つだ。

 

中高で熱中した西洋音楽でも、「ジム」の次に敬愛するモリソンさん、ヴァン・モリソン、ロック小僧時代に東京でのライブに仲間と出かけたシン・リジーに古株バント・ナザレス、勿論U2もだが、クランベリーズ、シネイド・オコナーと素晴らしい演奏家の名前が並ぶ。プレスリーじゃない方のエルビス、ジョンにポールとUKの偉大なソングライターも、そのオリジンをアイルランドに持つ。ここは音楽の都でもある。

 

スレイン城は断念したが、ダウンタウンの繁華街の中に、いまも立ち続けるPhilの銅像は訪ねた。その強烈で雄弁なベースラインを奏でた右手とベースのネックを握り締め、誰にも聞こえない小さな声で「Thanks,The Rocker」とだけ伝えてきた。

 

 

 

 

で、シメは現地メシのはなしでも。

現地といえども、小生の場合、旅先で食べるのは大半がエスニック。すこしSNS、過去の絵日記でアップしたものと重複はお許しください。

 

まず、小生の旅のルーティーンから。知らない町に着いたら、自由に動ける時は、先ずレバノン料理店とマーケットを探す。マーケットはよくある地元で古くから親しまれたイチバから、いわゆるスーパーマーケットまで。そこの生活や物価、そして現地でどんな食生活をするかのイメージが湧くからね。

 

ダブリンも古い町なので、調べればどこかに市場があったかも知れないが、今回の滞在だと調べたとしてもそこに行くほどのヒマはなかった。なので、日常は通称〝徹子〟こと英系チェーンTESCO、ドイツのLidl、部類としてはコンビニのSPARを覗く。朝も、以前紹介したウェンブリーの「朝日食堂」でのイングリッシュブレークファーストやカフェめし=クロワッサンやホットサンド程度なども多かったため、2、3日ぶんの朝食用のパンやサラダ、飲料といった程度の買い物ばかりだった。

 

で、メシ屋のほうだが、レバノン料理については、以前から何度か書いているのだが、どこでも「外れ」が少なく、料理自体もかなりのクオリティなので、美味いモノを食える計算が出来る。ただしダブリンのレバノン料理屋は、かなりしっかりしたLicensedの店(見つけたのは)。雰囲気もかなり成金趣味だし、ここの物価を考えると回避を決めた。

 

で、SNSでも書いたがスーパーを出て、ふと気付いた地下にある怪しげなショッピングモールで発見したのがジョージア食堂。こちらも、レバノン、トルコに負けず劣らず〝めしティア1強国〟の1つ。ジョージアといえば頭に浮かぶ「ヒンカリ」は悲しいかな売り切れていたが、店のおばちゃんの3推しの1つオストリが美味かった! 牛肉シチュー系、トマト風味にセロリ等々野菜ぶっこんで煮込みのような一皿だったが、かなりいける。トビリシ訪問回避を、あらためて残念に思いながらの晩餐となった。

 

 

 

 

同じ日に発掘していた香港食堂は翌日侵攻。迷わず〝チャーシューライス〟をオーダーした。コレ、大昔まだまだ香港が取材先(代表戦、香港セブンズetc)だった時代の朝昼兼用メシとしてオキニだった1つ。チャーシューぶった切って白米に乗せてハイという至ってシンプルな、料理とも言い難い料理だが、ローストダック、チキンバージョンのかけご飯をローテーションで毎日を過ごしていた。この豚鶏ダックの焙り具合が、本場の店では勝負になる。好きな具材のハーフアンドハーフがベストかな。

 

それがダブリンでも食えるというのだから、ジョージア食堂再訪も悩みながら、やはり味のクオリティを知るため新規開拓に。勿論、本場の香港に全然及ばないが、「ま、コレだよな」レベルではある。十分に食える。お肉にかけるタレは香港と変わらない風味なので、結構いけるのだ。結果、初日はチャーシューご飯、翌日はローストダックご飯と2夜通ってしもた。

 

 

 

 

とある日の遅いランチも中華に。だいぶ空腹だったこともあり、なるべく早くと飛び込んだ店は古びたショッピングモールの最上階(3階)のレストラン。てっきり各国の庶民派中華共通の、好きな料理を2、3、4種類選ぶ「コンボ定食」かと思ったら、なんと€14+で食べ放題の店だった。味は「ま、こんなところ」レベル。大食いくんにはいいねというカンジだが、眺望(ロケーション)の素晴らしさと、対照的な、なんだかシュールな店内デコレーションがB級度満載の不思議な店ではあった。

 

 

 

 

 

 

 

参考までに、スタジアムでのメディアめしも紹介しておこう。

 

試合前日は、クロワッサンや甘い系のパン数種が「軽食にどうぞ」程度に用意されていた。勿論、コーヒー、紅茶と共に。そして当日は、受付でプログラムと同時にミールクーポンが渡される。プレスルームで1人で何食も食う奴がいるとは思わんが、一応一人一食ということで。実は世界最高峰の大会ワールドカップは前回のフランス大会からメディアミールが廃止された。美味くもないピザなんかの有料ケータリングに変更したのだ(ちなみに1回も使わず、外のパン屋のバゲットサンドをスタジアムに持ち込んでいたが)。何とも安っぽい。だが、ホームネイションズのような、自分たちがホストすることを誇りに思う協会は、まだ従来のようなメディアへのサーブを続けているのだ。

 

そういや、むかしマレーフィールドで出されたスープが、メディアめしで一番の味だったことを思い出した。

 

で、試合当日のミールだが、前日のクロワッサンのクオリティで勝手に期待度を高めてしまったが、ま、出されたものは、なんというか…。敢えて暴言を吐かせてもらうと「作った奴、調理人としての誇りないんかっ!」という程度のもの。恵んでいただいたものに文句はイカンけどね。

 

 

 

 

そして、最後のダブリン昼メシとなった9日はウイグル料理。これも以前に急ぎ足の市内移動で見かけていた店。かなり期待に胸を膨らませて、この日もレイトランチに飛び込んだが、結果は見事な〝肩透かし〟レベルだった。

 

まず、メニューに「羊」がほぼいない。料理で「お肉は希望のものをチョイス」とか書かれていても、牛、鶏ばかり。しようがないから肉と野菜細切れ煮込み、ご飯がけといったメニューを頼んだが、そこそこチリ辛い煮込みといった代物。数少ない羊メシとして、ラム串焼き2本を頼んだが、東京・東上野の中国東北料理店のモノとあまり変わりはなかった。味付けを「ノーマル」「スパイシー」と選べたのに、ノーマルでも水なしではキツイ辛さ。メニューも「一般料理」の中に麻婆豆腐とか、若干いかがわしいウイグルではあった。今後、ウイグル料理は店頭のメニューで「麻婆豆腐」のない店を選ぶことにする。

 

 

 

 

残念なウイグルレストランだったが、ここからメシには祟られっぱなしの旅になってしまった。食べ終わって、満腹感だけはハンパなかったと気付く。レシートを眺めると、随分たいそうなランチ(¥4000程度)ではあったが、レシートに見合うものがあるとしたらボリュームだけだった。

 

そのとばっちりで、夕飯時はどうも胃袋が人間の本能的欲求を欲してない。旅の最後は何か美味いモノを―というのが小生のルーティンだが、どうも本格的な食事は無理と、無念の判断で軽くドーナツで済ませてベッドに潜り込んだ。

 

翌日にダブリン→ロンドンと移動したが、この日は時間を潰しながらのダブリン空港でのサブス(たしかクロワッサンサンド)に、ヒースロー近くのお部屋のチェックインをあまり遅くしたくないという配慮から、夕メシはバーガーキングパディントン駅店という屈辱に。世界共通だが、空港周辺はどこも真空地帯のように何もないのが常識だし、今回も結果的に同じだった。さっさと、とはいえ21時過ぎに宿に辿り着き、シベリアンハスキーに慰めてもらいながら、パソコンを叩くというなんとも味気ない最後の夜を過ごした。

 

 

▲すこし旅の疲れを感じなながらの最後の夜は、素敵なインド系オーナーさんと

ハスキー犬に癒される。部屋右上のメッセージボードに、オーナーの人柄が滲む。

ドでかいハスキーは小生の部屋の前がオキニだが、外室のためにはドアに体重をか

けてこの生物をどかさないとならない。ある意味セキュリティーは万全ではあった

 

 

 

 

 

▲写真のみだが、町のスケッチも少々。ロンドン、ダブリンと共

に優れた美術館、博物館を持つ街だが、今回は時間的に断念。で

も、道端にもアートは存在する。1枚目はクロークパーク近く。

で奇蹟が起きたとを証明している。2枚目は帰国目前のヒース

ー空港近くの1枚。マーットもない地にカートというアート。

アートではないがダブリンには植物をこよなく愛する人々もいる

 

 

〝在庫処理〟で、すこし試合が行われた器で思ったことも書き足しておこう。

世界に名立たるスタジアムだが、我々メディアが徘徊できるエリアでも、自分たちが造り上げた歴史や誇りを大切にしているのが伝わってくる。最初の1枚はウェンブリーの1階エリア、チームバスや関係者車両が通る回廊部分のもの。建て直し前の時代からこのスタジアムを舞台に演じられた様々な名勝負、歴史に残るゲームが、スタジアムを支える巨大な柱に描かれている。

 

2枚目も会見場へ向かう通路の壁いっぱいのサイズで、ここを会場にしたビッグネームのコンサート、イベント、試合の数々が絵巻物のように並ぶ。この写真は、もちろん敬愛するDavidのライブシーン。以前に紹介したように、場外にはOasisのパネルも並んでいた。

 

 

 

 

 

そしてダブリン。

メディア、関係者の通用口のような入口からメディアルーム(ワーキングルーム)へ進むと、一列にモノクロのパネルが続く。醜い戦争で命を落とした選手たちへの敬意を込めた写真の数々。ロンドン同様に、車両用の回廊には、自分たちの価値を訴えるような写真とメッセージも飾られる。それらは、決して奢りではなく、自分たちの築いてきたものをしっかりと忘れずに前進していこうという思いが伝わる。

 

そして、プレスルームにも、このスタジアムの歴史が刻まれる。

 

 

 

 

 

 

こういう文化を、日本のスポーツ競技団体、スタジアムが、どこまでしっかりと継承し、継承だけではなく、自分たちの足跡の価値を多くの人たちに訴えることが出来るのか。そんな思いにさせられる、UKおよびアイルランドのスポーツの奥深さも味わった。

 

そして、もちろん最新のAvivaでも、スタンドはピッチからダイレクトにせり上がってく設計。コレ、これからの日本のラグビー場で出来るかなぁ…。

 

 

 

 

迷った末の、出発1週間にも満たない準備で赴いたロンドン、ダブリン12泊15日の旅。正直、取材としては「わざわざここに居る価値あるんか?」と感じさせられる酷いものでもあったが、ゲーム自体の見応え(厳しい試合という意味でね)、そして大半は「王国」ではなく「共和国」で過ごした旅自体はなかなかの快楽の時間でもあった。やはりアングロサクソン人(会った人の多くは移民系の皆さんだったが)よりもケルト人のほうが、訪ねて来る異邦人を歓迎しようという思いを感じさせる。ま、この意見には小生の偏見もそこそこあるが…。

 

ダブリンが、UK以上のパブ、飲み屋文化がいまだに継承され、エスニックな町、ノマドな空気も感じさせるという意味で、アイルランドの文化的にも、国際的にもエスニシティーを醸す町だったことが、その快楽の要因でもある。

 

 

離日前に購入したアイルランド版suicaリープカード(一般用)にはチャージした数€が残る。このチャージを使い切るために再びこの町を訪れるのはいつになるのだろうか。

 

 

 

▲頭を上げる日は近い、と思いたい若きサクラだが…ⒸJRFU

 

 

現地を離れた後のカーディフについてのコラムをアップした。

 

当然のことながら、ライブでの取材に比べると使える〝カギ括弧〟が大幅に限定されるのを実感する一方で、大方の報道陣へどう情報を共有させるかは様々な角度から考える必要を痛感した今回のツアーも、残すところ1試合に。

 

なんとも勿体ない1敗となったが、エディーも会見では冷静さを保ちながら憤懣遣る方ない気持ちを発散していた。「でも、コレって選手のせいなのか?それともコーチングが行き届いていないのか?」。そんな思いが、毎回の敗戦会見で浮かんでは消える。ま、でも、「どちらだ」という疑問自体が愚問かも知れない。

 

 

 

 

で、やはり遂行力、ディシプリンは、飛躍的には改善されていない。「1点」とはいえ敗北の方にしっかりと響いている。その一方で、ようやく五分近くかも知れないが、ロンドンでは悪すぎたキックボールへの対応、ルーズボールへの反応では、修正の兆しも見えてきた。2人目、3人目の寄りの早さも同様だ。

 

ではいつ勝てるのか。その飽和点は、まさにウェールズ戦が示しているだろう。「あと1点(正確には2点)」。レッドドラゴンには失礼ながら、たかだかランク⒓レベルの話しではある。だが、12位に勝ち切れる力を来年の序盤で手に入れることが出来れば、すこし前向きな兆しになる。要は、2年後の大舞台で倒すべき相手は世界6位(以内)ないしは⒓位(以内)。残る2年弱で、トップ10内の相手も射程に入れることが出来れば、8年ぶりのノックアウトトーナメントも見えてくる。但し、ベスト16ではあるが。

 

方や、⒓月の抽選会については相変わらず薄氷のレースが続く。

ウェールズ戦敗北後のランキングとポイントは下記の通り。

 

⑪ジョージア 74.69

⑫ウェールズ 74.23

⑬日   本 72.58

 

詳しくはワールドラグビー等の順位ポイントの配分方法を見ていただきたいが、基本的には、対戦した2チームに、それぞれポイントをプラスマイナスで加えられることになる。日本がジョージアに勝った場合は、勝利で加算されるポイントが、そのままジョージアの現在のポイントから差し引かれる。現行ポイント差が2.11。日本が勝った場合は、ジョージアの減点も含めて3ポイント以上の〝上乗せ〟が見込めるため、十分逆転⒓位内に入ることが出来る公算だ。まさに「マストウイン」は、ウェールズ戦前と変わらない。

 

 

▲1戦を残してツアーで最も伸びた選手はこの2人か。ともに都の西北の選

だが、左の〝元〟ミッドフィールダーはフットワークと加減速でボール

時間を作れるWTBと変貌を続け、右の大学生は思い切りの良さで持

ち味を始めた。昨季だ単なる走り屋で、走り終わったらボールも

れたしていたが、今季は相手を動揺、警戒させる走りを見せ始めている

 

 

つまり、日本がウェールズ戦以上にしっかりとパスを繋ぎ、不必要な反則を抑えれば、十分⒓位内は狙えることになる。とはいえ、ホーム・ミヘイルメスヒでのジョージアは、レッドドラゴン以上の相手と考えていい。昨年、リーチが早々のピッチを去った戦いで、その激しさに洗練の度合いを高めるチームの実力は十分に見せられた。同時に、そのジョージアに、今よりも遥かに幼いサクラは60分間を14人で2点差という戦いまでは出来ている。

 

ここに来ての石田吉平の離脱は少々痛いが、ラグビーは怪我も実力の内だ。実質〝ぶっつけ〟の植田和磨がメンバーに入れば、ダブリンの練習で見せていたハイボールへのナチュラルな対応力は是非実戦でも生かしてほしいものだ。

 

思い返せば原田衛、江良颯、ベン・ガンター、リーチマイケル、そして石田と、ピッチでいいパフォーマンスを見せた順? のようにコアメンバーが離脱してきた桜のジャージ。まさに満身創痍の最終戦を迎えるが、このような状況はこの先2年もいつ起きても不思議ではない。盤石の態勢を整えるには、まだまだ層の厚みも不十分な中で、まずは後先関係なく「1勝」だけに感覚も意識も研ぎ澄ましてキックオフを迎えるしかない。

 

かなり危険な水域に…このギリギリ布陣でどこまで戦えるかⒸJRFU

 


すこし時差アリでの呟きだが、コレ、結構痛い離脱。

ベンに続き、相当ヤバい。

 


今日アップしたコラムで書こうか思案したのがキャプテンシーのおはなし。
新米キャプテンくん、パフォーマンス的にはリーダーだが、チームをオーガナイズして、状況の変化に対応させるような役割はまだだと感じる。
 

 

 


それが出来る男がチームを離れた。

同時に、離れた男のロンドンでの短すぎるプレータイム、そしてアイルランド戦での早い時間の消耗が気になってもいたが…。

12月の抽選会を見据えると、結果に拘りたい2試合が待つ。

 

「若手」という一貫性を失わないのはいいのだが、チームには「目先の勝敗」というのが重要な時もある。そのケースでは、いままでの方針を変えるのではなく、一時的に必要なものを準備する事も大切だ。

もしかしたら、このツアーの前の段階から、世界ランク1、3位とのゲーム、11位、12位のゲームのヴァリューを分けておいても良かったくらいだ。トップチームの凄さを体感する試合と、結果だけ目指す試合。

 

エディーが、そういう〝小手先〟のようなゲームを求めるかは、確かに「?」だが、これは日本ラグビーの問題としても考えるべきだろう。協会のチームへの内政干渉に慎重になるのは当然だろうが、ここは協会首脳陣とHCが入念に協議、戦略を練ってもいいテーマだ。

 

それくらいの手間暇をかけていい事案。

結果的に

現在の13位止まりで抽選会→プール4チーム中3番手グループにバンド分け→大会プールX上位チーム2との対戦

というシナリオになる。

 

勿論、目先よりも強化育成にプライオリティーを置いて2年後へチームを鍛え、どんなプール分けになろうと2位以上、ないし3rdベスト2位以上という決勝トーナメント進出を掴む実力をつけることが、本来あるべきことだという理屈はある。但し、日本のようなベスト8、今回はベスト16だが、決勝トーナメント進出争いで常にボーダーラインに立つチームには、戦略・戦術が重要なときもある。

 

愚直な若手育成一本道という方針を貫いた末、もし日本が2年後にプール敗退したらという嫌なシナリオを考えてみる。

 

HCにとっては「若手育成にチャレンジしたが力及ばず」というストーリーになる。勿論、指導者としての手腕という株は上がらないが、世界は「あの若いチームじゃ、今は難しい」という評価はあるだろう。

 

で一方、日本国内のラグビーのプレゼンスはどうか。今でさえ、メディアは少し引き気味という潮流を嗅ぐことが出来る状況で、関心度をジャンプアップさせるには、残念ながらワールドカップでの躍進という大きな〝石〟が必要だろう。

 

その場合は、もし次回も23年同様な結末では、その先行きはかなり不安定なものになる。いい波紋は広がらない。残念賞では済まされない事態を招く恐れもそこそこあるだろう。

 

とはいえ、そんなバンド分け対策特別チームのようなものは、どこにも存在しない。姫野和樹やラピース、坂手淳史が秘密練習をしてるわけじゃない。カーディフから代表資格を得るはずのハリーや、ゲームタイムは十分ではないが、ポテンシャルは十分のタイラーが、どこまでチームの中で機能出来るか。

 

チーム精度が起きな課題に浮上する中で、かなり際どい2試合が続くことになる。

 

 

▲この写真だとアイランダー依存も感じられるが、献身さとそれに見合うパフォー

ンスは断片的に見え始めた。これが、どこまでアンサンブルを奏でられるかⒸJRFU

 

 

ダブリン/ロンドンからの帰途に書き上げることになったコラムをアップ。

終盤崩れる残念な試合。帰途、町中のダブりナーズの「ま、こんなもんだろな。ジャパン前半良かったよ!」といった余裕の笑みが腹立たしい一日ではあった。

 

それにしては、随分優しいコラムというお叱りもあるかも知れない。でも、この敗戦(連連敗)で、表面的なおはなし、つまり連敗、大量失点、スコアの低さ、選手起用等々を詰るのは他の方々十分に健筆(そういうものが存在するかは?だが)振るわれるだろうから、観戦の中で垣間見られたものをとキーボードを叩いた。

 

 

 

 

すこし嫌なのは、プレー精度の部分。理想は、ここでもランク上位でも上回るものを見たい。それをジャパンが見せられたのが2019年の〝あの大会〟。トニー・ブラウンの研ぎ澄まされたラインアタックが理想だろう。無理ゴリ押しの雑なパス、精度の伴わないライン攻撃、深さのコントラストを使ったプレーも不満が残る。観戦しながら、ここを上げていくアシスタントコーチが必要なのかという思いも浮かぶ。

 

その一方で、視野を広げれば、立ち戻るのはやはり「育成」の強化。この秋、ジャパンXVがオーストラリアA、香港代表と対戦した。確かに、このゲームからSO小村真也(トヨタヴェルブリッツ)らが代表にステップアップしたのはいいが、この世代の強化にもっと舵を切るのが必要かと思う。

 

オーストラリアA戦を「準テストマッチ」かのごとくご立派な環境で開催するのもスポンサー様からの収益などの〝興行的〟なゲームバリューではいいかも知れないが、強化・育成というバリューを考えれば、ニュージーランドやフランスで、リーグのアカデミー、2軍チームと10試合くらいさせる過酷な遠征でもやったほうが余程いい。

 

いずれにせよ、ロンドン、ダブリンでの苦戦の中で、垣間見せた「いい音階」を、残す2年弱で、どこまで80分のアンサンブルとして奏でることが出来るか。まずは、戦列離脱者が続出する中で、カーディフ、トビリシでの戦いだ。ここは、前の2試合とは異なりエクスキューション次第で十分射程の相手になる。

 

 

さぁ、小生すでに機上のヒトで、絵日記もあまりライブ感は薄れますが、最後のchapterでも。

 

2週間、2か国という慌ただしさもあり、なかなか日記に精を出す時間も限られてしまったが、まずはダブリンの終盤戦を。

 

チームもこの町を撤収したので、ここでも書いちゃうけど、彼らの宿がダブリン郊外の某キャッスルホテル。エディーの嗜好か?代表は常にゴージャスな宿に泊まるのだが、キャッスルと名乗るのだから、そこそこの格式があるのだろうと、宿舎でのメディアセッションに向かったが…。

 

 

▲この門構えは確かにお城なんだけど…

 

 

確かにキャッスルはキャッスルなんだけどねぇ。なんだか想像していた〝古城〟というよりは、ウチの近所の目黒川沿いにある〝大人のお城〟みたいな第一印象。中も、リッパではあるが、荘厳とした雰囲気というよりも…。まず客層が、キャッスルに相応しいエスタブリッシュメントな方々というよりは、周辺のすこし小金持ちのおばあちゃん、おばさんの集まりみたいな顔ぶれ。でも館内の迷路のように入り組んだ廊下を歩くと、古き良き英国・アイルランドの伝統的なお屋敷の様相。具体的にいうと、かのスタンリー・キューブリックの「シャイニング」に出てくるホテルみたいなカンジね。確かにアベレージよりは豊かな生活はしていそうだが、特別な「クラス」の方々じゃない。

 

 

 

 

 

 

チーム関係者と話しても、昼食やディナーをとりに来たり、スポーツクラブやジムに来ている若人もいるという。なんだか地域のコミュニティーセンターの役割も果たしているキャッスルのようだ。とはいえ、ウチの近くのお城が快楽だけの目的なのに比べれば、遥かに社会にお役に立っているのかもね。

 

ちなみに、そのアイルランドのほうのお城は、市内中心地からだと電車と徒歩かバスで1時間程度。あまりアクセスは良くなく、徒歩だと最寄りの電車駅から20分の結構な登り。バスは、すこし離れた駅からこちらも20分程度だが、1時間1本という使い勝手の悪さだ。しかし写真のように各国代表はここに泊まってアイルランドとのテストに備えるようだから、ラグビー界では格式があるのか。でも、ダブリン市内には、かなり敷居の高いホテルがあるので、どうなんだろ。やっぱ、選手を様々誘惑から隔離出来るのが最大のメリットかね。

 

で、おはなしはマッチデーに。何度か呟いたように、さすがにこの日は市内の部屋もかなり無くなり、6泊した部屋も泊まれない。料金もかなり跳ね上がったことと、幸いなことにキックオフが早いこともあって、思い切って郊外の宿を選んだ。最寄りの駅からの徒歩がなかなかの距離(おそらく20分超え)だが、前夜までの宿から徒歩1分のバス停から1時間1本で、歩いて10分ほどの停留所に着くことが分かった。乗り降り自由のパスもあるので、思い切って遠くに1泊だけのお引越しをしたが、ダウンタウンとは全く異なるダブリンを体験出来た。

 

早朝の市内から郊外へ。肩を並べる赤レンガの長屋が、瀟洒な一戸建てに変わり、そして工業団地と新興マンション、ホテル群に。後述するジャパン宿谷周辺のような昔ながらの田舎町もあるが、現代的な建物が林立するのがダブリン郊外だ。そんなエリアに、比較的低層の日本でいうマンション群が石積みの低いフェンスで囲まれた敷地に点在する住宅地が今宵の塒。芝生や木々が植えられた中に、その建物ごとに「The Flat」「The Park」などと看板があり、小生のお部屋は後者の303号室。まだまだ真新しい住宅地のようで、我が家もピカピカな上、オーナーさんがとても清潔にしているのがよくわかる。

 

 

 

 

 

 

部屋へのアクセスも、相当難解そうだったが、説明通りで辿り着いた。ダウンタウンからの移動も、「あのバスはいいけど、1時間に1本よ」と世話好きな方だ。部屋の作りは、玄関口のスペースに右から個室2、バスルームそしてLDKが囲むよう生撮り。つまり最初の個室が小生の部屋で、お隣はオーナーさんのプライベート。実質、1人でリンビングもご自由にスタイルだった。

 

 

 

 

 

キックオフ時間の異例の早さもあり、朝9時過ぎに荷物を置きにお部屋を訪問。事前に不在だとの情報を聞いていたが、難なく入室して荷物だけ室内に置かせていただきスタジアムへ。Avivaと試合については他のぶろぐ、コラムで書いているので割愛するが、試合後の取材を終えて一度ダウンタウンに戻って夕食をとってからでも、22時前には部屋に戻れた。

 

夜のフラッド郡は至って静か。犬の散歩程度の人しかないので、寝るだけなら最高の環境だった。翌日は昼前に町中へ。再び前の宿に戻ったが、当初「荷物だけ朝置かせてね」のお願いだったのが、到着時には「もう部屋使えるよ」とのことで、わずか一泊ながら荷解きをしてお出掛けへ!

 

 

▲戻って来たダウンタウンの古巣は別タイプの部

。すこし狭いシングルだが、結構使い勝手はいい

 

 

今回、唯一の〝観光〟が目的だったが、勿体ぶるつもりはないけれど、そろそろ搭乗時間。次回の絵日記で。