6か国対抗が先週で終わり、ようやく恐怖の週末から解放されたと思ったら高校選抜大会が開幕。再びラグビーすし詰めの週末を迎えた。
最初に種明かししておくと、金曜に起きたドタキャン取材の予想外のとばっちりで、土曜日は現場取材なし。割り切って、オンデマンドでダニーディンから豊田市、熊谷と股にかけた。
金曜日のBR東京-BL東京の〝略称見分けづらいダービー〟から好ゲーム続き。豊田でのヴェルブリッツーワイルドナイツも、完全に調子を取り戻したホストチームのおかげでテンションのある戦いだったがが、金土の2日を終えて個人的に最もインパクトをもらったのは、熊谷の選抜1回戦、高川学園-秋田工だった。
老舗中の老舗と全国デビューという対戦になったが、開始15分で〝ありがち〟な形容はするべきじゃないと感じさせるゲームになった。
「実行委員会推薦枠」で今大会唯一の初出場を果たした高川だが、中国地方での実績が選考理由でもある。個人的には、都道府県予選を勝たねば出られない「花園」と異なる大会の特色を生かすためにも、実力を離れた選考もあるべきという考えだ。発表された東西2校の「推薦枠」に若干の物足りなさもあったのだが、そこは今回は触れずにおこう。
で、初めて見る高川だが、繰り返すが、そんな〝新参者〟という見方は適当ではないパフォーマンスを見せてくれた。
トンガからの留学生シオネ・マへ(LO)もいれば、189㎝、117㎏の破格のLO藤沢大輝もいる。プレーを見ても、開始14分のCTB藤田凌のアグレッシブなタックルからのラックターンオーバー、パスミスしたボールを拾って右サイドを駆け抜け17分の初トライを決めたWTB野村映登の快足と、全国大会未体験の弱小校という肩書は使えない力のあるチームだ。
前半終盤の自陣からのエスケープを狙ったSO林香凛のキックダミーからのアタックとサポート選手のリアクション、ブレーダウン防御の見切りの良さ(早さ)、60分間伝統校に浴びせ続けた腰を落したタックルを見ても、丁寧なコーチングと地道に積み上げた練習の片鱗がみえる。
そんなチームと同時に、このゲームを印象深いものにしてくれたのが、石田雄悟レフェリーの笛だった。
これまで、選手を差し置いてレフェリーについて書くことは原則避けてきたが、このゲームについては例外だと思わせるレフェリングだと感じた。
決して、他のレフェリーと全く違うハイレベルの何かがあったわけでも、リーグワンで笛を吹いたアンダス・ガードナーをも上回る技術があったわけではない。
笛の吹き方、コールの仕方などを見ると、その風貌同様、そこそこ年季の入った世代という印象の石田レフェリー。だが、試合が進むうちに、どんどんとその形振が気懸りになっていった。
「立ち位置ね、立ち位置」
「高川、しっかり後ろからね」
「フランカー、ナンバーエイト!肩お願い」
セットやキックオフのポジショニング、ラックへのエントリー、そしてスクラムでのバインドと、1つ1つの局面ごとに、高校生たちに声を掛ける。しかも単語中心で、一瞬で何を意味するかを聞く側が理解出来る。
レフェリーとしては「当たり前」とも言える発言であり、振る舞いともいえるが、その丁寧な言い回し、プレーが切れたときの、まだ興奮状態にある高校生とのコミュニケーションの取り方を見ていると、こんな思いが頭の中に浮かんできた。
「30人の子供たちに、60分間しっかりと、いいラグビーをさせたいんだろうな」
毎週、様々なカテゴリーのゲームを何試合も見る中で、レフェリングに「取り締まる」という印象を受ける時もあるが、石田レフェリーの振る舞いから感じるのは「過ちを起こさせない」という姿勢だ。
JRFUの方針もあり、いまや若いレフェリーが国際舞台での活躍を目指して挑戦をする時代を迎えている。どう世界に近づくか、レフェリングのトレンドは何か、国際大会で笛を吹くにはどうすればいいか―。こんな熱き想いを様々な場所で聞く。もちろん、いいことであり、レフェリーのだけに留まらず、日本のラグビーの進化には欠かせないことでもある。
その一方で、レフェリングでいちばん大切なことは何か…。そんな根源的な問いを、石田レフェリーの振る舞いが思い出させてくれたというのが、試合後の印象だ。この日のレフェリングを見れば高校生のラグビーを意図したものなのは明らかだが、どのカテゴリーのゲームでも普遍的なものがある。
そこにあるのは、選手に与えられた時間(60分)の中で、どれだけラグビーをプレーさせることが出来るのか、そしてプレーを楽しませることが出来るかという思いだけだろう。「思い」はミッションなのだ。
世界レベルでトレンド(個人的には問題)にもなる危険性についてのジャッジも同じだ。
この試合で始めてレフェリーが意図的にプレーを止めたのは前半30分だった。両チームのゲーム主将を呼んで、石田レフェリーはこんなことを語り掛けた。
「両チームに何回かありましたけど、(脱げてしまった)ヘッドキャップをしっかり被り直してプレーしてください。時間作るので、チームで話してね」
このコメントの数分前にも、何度かキャップが脱げたままプレーを続けようとした選手に「しっかり被ってから!」と声を掛けていた。その効果は、後半2分に、タックルに入った時にヘッドキャップが脱げてしまった秋田工SOが、そのキャップを拾ってからプレーに戻る姿に表れていた。
ブレークダウンシチュエーションで、「頭下げない!」というコールも60分の中で何度も耳にした。いまやレッドやイエローの札が乱舞するラグビーだが、安全対策というのも、取り締まりよりも防止が重要だと感じさせるレフェリングだと感じ取った。
笛を吹くだけじゃない。
後半にスクラムが泥濘で崩れた時も、組み直しの前に「さっきの(スクラムの)入り方、両方すごく良かったよ」と選手に自信と持たせ、スクラムを組もうとした泥だらけの顔のFLに「大丈夫? いい顔してるよ」と緊張を和らげるような言葉も掛けている。
実際に人生を賭けたようなプレーを続けた高校生が、この日のレフェリングをどう感じたのか、プレー面にどんな影響があったのかはわからない。だが、観ている側として感じたのは、自分(たち)がその瞬時瞬時に置かれた状況を、石田レフェリーのシンプルで明確な言葉で把握、理解して、どう行動するかを刻々と判断しながらプレーしていたのではないかということだ。
もう一つ特徴的だったのは、チームを校名で呼んでいたこと。通常は「ブルー」や「レッド」とジャージーの色で呼ぶが、校名を呼ばれることで選手がよりダイレクトに声、コーションに「自分たちのこと」という意識で反応出来ると感じた。
全国クラスの大会では異例なほどの両軍泥だらけになるようなピッチコンディションの中でも、色ではなくチーム名でのコールは有効だ。
試合では、どうしてもチーム、つまりピッチに立つ2つのチームの30人を見るのが日常だ。だが、この熊谷での〝ある60分間〟は、30人プラス1人というキャストが、刻々と変化する状況の中でカオスになろうとする空間=ゲームを、コスモスにした至福の時間だと称えたい。
この好ゲームと共に土曜日に興味深かった試合は、こちらもリーグワンではなく選抜だ。
高川同様、全国では経験の浅いチームで名門と対峙したのが関大北陽。現在大阪の花園出場枠を独占する仰星、常翔、大阪桐蔭、大阪朝鮮という4強の背中をひたひたと追走する高校の1つ。ワンステップずつ力を付けている注目のチームだ。
花園では無名だが、年末の大阪で北陽グラウンドにお邪魔したことがある。現役選手時代から付き合いのある霜村誠一監督率いる桐生第一が大会に備えてグラウンドを借りていたのが北陽だった。
同時に、北陽の監督も霜村監督同様に旧知の仲だ。東海大、ヤマハ発動機(現静岡ブルーレヴズ)でバックローとして活躍した梶村真也くんがチームを率いている。北陽の試合自体はなかなか見る機会はなかったが、桐生第一の練習にもチームとともにお手伝いをしていた梶村監督とも話をしたが、ユニークな視点も持ちながら〝大阪四天王〟の一角を崩すチャレンジを続けている。
期待を抱きながらの観戦は、國學院久我山からの勝利をあと一歩で逃す苦杯に終わったが、ゲームを見る限り、あの久我山と真っ向からやり合えた自信を持っていい敗戦だった。
選手たちは悔しさに包まれて大阪へと帰るのだろうか。
だが、互角に渡り合ったブレークダウンをみても、花園で十分に戦える力はある。やはりハードルになるのは予選で必ず当たる〝四天王〟のいづれかを倒すことだろうが、その日は刻々と近づいている。
次の冬が楽しみだ。