上位対決——。と書くより優勝候補同士の激突を書いた方が適当か。こんなゲームで、いわば〝フルボッコ〟のようなスコアになるとは…。3万2000人を超えるファンが見守る中で、北関東の野武士が、3連覇を目指す王者を46-0と圧倒してシーズンをスタートした。
「自分たちのラグビーをしっかりしていこうという姿勢で臨みましたので、まさにそれを選手がやってくれたと思います。東芝戦へ向けては、コンタクトのシチュエーションをいちばんフォーカスしてきたところでしたが、アタックでもディフェンスでも同じで、そこが今日の試合ででたところだと思います」
すこし誇らしげな面持ちで、HCとしての初采配の80分について語り出したのは金沢篤。名将ロビー・ディーンズからタクトを託されたシーズン初陣で、その前指揮官も見守る前での予想を上回る勝ちっぷりを見せた。
特定のチーム、選手を応援しないこともあり、どちらのチームが勝とうが負けようが痛くも痒くもない身にとっても、驚きと同時に安堵感のあった試合だった。就任直後に酷暑の熊谷まで訪ねてコラムを書いたのが、この新米HC。詳しくはコラムを読んでいただきたいが、この若きコーチのような存在が、リーグワンはじめ国内のラグビーに多く現れることを願いながら話を聞き、キーボードを叩いた。その本人が最高のスタートを切ったのは、何の努力もしていないこちらも嬉しい限りだ。もし、ここで真逆の結果だったとしたらと考えると、最上すぎるストーリーの第1歩だっただろう。
(少々前のコラムですが参考までに)
新HC自身も、就任当時からロビーさんが築き上げたワイルドナイツのラグビーを継承しながらの挑戦を強調していたが、開幕戦のパフォーマンスを見る限りは、伝統の堅い防御は更に鋭敏さを増し、ボールを持てば外連味なく大きく動かしトライを狙ってきた。その中でも、射程内の位置からはキッカーのSO山沢拓也の右足に託して、着実にスコアを刻む試合運びを徹底して、このワンサイドゲームを成し遂げた。国際基準から見ると未だに3点よりも5点、7点を狙うゲームが多い日本のラグビーで(勿論ここにも理由はあるが)、チャンスは着実にスコアを刻んで、相手をしっかりと点数で上回ろうという試合運びも評価していいだろう。
昨季リーグ戦で1位の1試合平均41.2得点を稼いできた王者を零封する鉄壁の防御について、新HCは勝者会見で「この試合へ向けては布巻がディフェンスを担当していますが、すごくいい準備をしてくれた。それに対して、選手も反応出来たことが大きかった」と、コーチ兼任のFL布巻峻介の名を挙げた。東福岡高では世代最強のCTBとしてその名を轟かせ、進学した早稲田大では途中でFLに転向。その後日本代表も経験した職人リンクプレーヤーが、チーム伝統の防御をさらにアグレッシブなものに仕上げている。
話を進める前に、スタッツをみると下記のような数字になっている。
【BL】 【WK】
テリトリー 41% 59%
ポゼッション 44% 56%
スクラム成功率(回) 67%(3) 91%(13)
ラインアウト成功率(回) 91%(13) 73%(15)
パス 211 159
キャリー 109 112
ランメートル 232 201
タックル回/成功率 139(89) 133(86)
反則数 21 7
22m突破/スコア率 4(0) 11(3.5)
ゲームを実際に観戦した印象と比べると、テリトリー、ポゼッション等ファンダメンタルな数値ではそれほどの大きな差はない。ラインアウトやタックル成功率では、むしろ敗者が上回る。だが、ルーパスが勝者の1.3倍のパスをしているにも関わらず、ボールキャリー、ランメーターで大差が無く、それでもこのスコアになっているという現実が、この試合のポイントになるだろう。ルーパスがフェーズアタックを継続出来てもワイルドナイツの固い防御の前に有効なゲインを切れずにいたと読み取っていいだろう。
ポゼッションを更に細かく見ると、ピッチを《自陣22mライン内》《自陣22m~センターライン》《センターライン~敵陣22m》《敵陣22mライン内》と四分割したエリアでの保持率で、敵陣22mの所謂「レッドゾーン」でワイルドナイツが全エリア中41%ボールを手にしていたのに対して、ルーパスの保持率は7%に終わっている。ここに完敗劇の様相がよく表されているのだが、さらに踏み込むと「キック・パスレート」の違いも、このワンサイドゲームのエッセンスになっている。
この数値はあくまでも相対的に変化する〝目安〟ではあるのだが、双方がキック1回に対して何回パスをしたかという割合では、下記のような顕著な数字が浮かび上がる。
【キック:パスレート】
BL=1:15.1
WK=1: 5.5
つまり、ブレイブルーパスがキック1回につき15回パスをしていたのに対してワイルドナイツはキック1回で5回パスをしていた割合になる。ルーパスがワールドナイツの3倍の割合でキックよりパスを選択していたのだが、この数字が双方、とりわけブレイブルーパスのキャラクターをよく表している。開幕前の会見で、ブラックアダーHCは日本代表をはじめテストゲームの潮流としてのキックを積極的に使った戦術に対して、こう言及している。
「テストマッチや北半球ではコンテストキックが多いが、それに比べると日本国内ではゲームスピードがとても速く、東芝はおそらくリーグの中でのキック回数が一番少ないチームです。そこに力も入れていない。正直、そう(キック多用のスタイルに)なって欲しくない。1チームとしてもそうですが、ファンの皆さんにとっても、いちいちゲームを止めて蹴って競り合い、また止めて蹴ってというのは見ていて楽しくない。個人的には、展開ラグビーを楽しんでいただきたいと思っています」
ニュージーランドでカリスマ選手として活躍して、ヨーロッパでコーチの手腕を磨いた指揮官としては「おや」と思わせる発言だった。個人的には心の中で拍手を贈ったが、その一方で「勝てるラグビー」「いいラグビー」という観点では、すこし様相が変わってくる。少なくとも2025-26年シーズン開幕週の勝ち負けには、このキックの使い方や精度が強く影響したのではないだろうか。
ルーパスがパスでボールを動かしてきたのに対して、ワイルドナイツはキック、パスのバリエーションでゲームを組み立ててきた。ルーパスのSOリッチー・モウンガがパス51回、キック7回だったのに対してワイルドナイツSO山沢はパス17回、キック13回というスタッツが計測されている。勿論、敗者も戦況や対戦相手に応じて、つまりゲームプランでキック・パスの割合は変えている。昨季決勝は、対戦相手スピアーズの1:6.5に対して1:11.5とパワフルで大きな相手にボールを回した一方で、展開力が武器のイーグルスとの18節の対戦では1:3.6(イーグルスは1:6.7)と、キックも織り交ぜたゲームプランで臨んでいる。今季開幕の相手ワイルドナイツとの12節での対戦でも、相手の1:7.2に対して1:5.1とパスも使いながら勝利を収めている。
そんな状況の中で、開幕戦でパス重視のプランを準備したV2王者だったが、勝利のストーリーを描き切れなかった。サッカー強豪高からも勧誘された天性のフットボーラーでもあるワイルドナイツSO山沢拓也の、パス、キック、ランを駆使したゲームメークが光ったが、その一方で、ルーパスのボールを展開してトライを狙ってくる「傾向」が明暗を分けたという印象だ。ワイルドナイツがルーパスのスタイルを明確に認識した上で、強みの防御でアタックを封じ込めた試合と解釈していいだろう。
敗者のこの傾向は、プレシーズンでも見て取れた。数値だけではない要素を書き加えておくと、幸いなこと(?)に開幕前にルーパスの試合を3回観戦したが、開幕戦同様に相手がルーパスの大きくボールを動かしてくるアタックへの対策を講じてきているのも見られた。頂点に登り詰めた昨季までなら、アウトサイドCTBから外側に作り出せていたスペース(間隙)を、多くのチームが埋め、有効なゲインを切らせないことで、王者の得点力が落ちている印象だった。練習試合のスコアはあくまでも参考程度の数字だが、昨季リーグワンで1試合平均40点以上を稼いできたチームが、観戦したプレマッチ3試合中、敗れた2試合で得点20点台、勝ったダイナボアーズ戦も36-33というスコアに終わっている。
リーグワンは1、2シーズンで攻撃のソフトを更新しなければ、相手に対応されてしまう時代を迎えている。開幕戦後の会見でトッドさんに「ブレイブルーパスのボールを展開してくるスタイルは、各チーム分析してきていると思うが、どう受け止めているのか」と聞くと、こんな回答をしてくれた。
「そうですね、そこは同意しますね。そこが今季は大きなチャレンジになるとチーム内でも話し合いながら準備してきたし、今もそうです。今日でいうと、あと1本のところで繋がればというシーンが序盤に多く、その影響もあり中盤ではチャンスで少し消極的になってしまったことで、いつもなら出来るはずの勇敢に攻め切るプレーが出来なかった。何よりも、今日はワイルドナイツの防御が絶え間なく、隙もなく、すごい繋がりを持って表現できていた。自分たちとしては、とてもスペースが見出せないゲームで、そこをこじ開けようとしてちょっとずつタイミングがずれ、エラーを起こして、そこを巻き返そうとむきになったという難しさがあった」
敗戦のストーリーを見事に語ってくれたトッドさんだが、勿論、リーチの欠場、ワーナー・ディアンズ、原田衛というコアメンバーを大量に欠いたハード面での難しさも、遂行力の低さに響いた80分だったのだろう。
他にもスタッツ上で大きな差が見られたのがスクラム成功率(回数)、反則数と、これは結果論のような数字でもあるが敵陣22mライン突破回数だ。
先ず、致命傷ともいえる反則についてだ。ここに関してはルーパスの多くの選手、HCも指摘していたが、総じて接点でのプレーで取られたものが多い中で、ラック周りを中心にオフサイドで笛を吹かれたシーンが目立った。このゲーム最多のタックル20回をマークしたルーパスFL佐々木剛も「密集での相手のクリーンアウトで(オフサイドラインが)下げられたのに、僕らの立ち位置がそのままだったことで相対的にオフサイドを取られていた。あそこで一歩下がってアジャストしないといけないところを怠ってしまった」と解説してくれた。
この話を聞いて、このレベルのチームでも80分という時間の中で修正出来ないのかという疑問をぶつけると、「やはり相手がいるスポーツなので、目の前に相手がいるとどうしても注視してしまう。そこで、一番判断出来るのはラック近くの選手で、どれだけ周りに発信できるかにかかっています。今回は、そこから発信出来ず、僕自身も出来ないままオフサイドを取られていた」と痛恨の表情で語っている。
この発言を聞いて、さらにぶつけた質問は、やはりリーチのような絶体的なリーダーの不在が影響していたのではないかという疑念。佐々木の見解はこんなものだった。
「マイケルさんはやはりスペシャルです。僕が今季から(FW)リーダーをやっていますが、周りに対しての発信力は全然勉強不足です。熱量も含めて、皆に伝播する選手がいないことも痛感したとうか、自分の未熟さも痛感しました」
シーズンを追う毎に欠かせないメンバーに成長する佐々木だが、その表現力も進化を続ける。この日の戦況についても、こう振り返っている。
「(ワイルドナイツの固い防御力は)1週間準備してきたよりもすごく整ったディフェンスで、全員が立っていましたね。スペーシングも凄く良くて、穴を見つけるのが難しかった印象です。僕らのアタックも、ペナルティーでブツ切れになってしまう場面が多くて、特に(ワイルドナイツのFLラクラン・)ボーシェーらにプレッシャーを掛けられてリズムが作れなかったことが、自分たちらしいアタックが出来なかった理由だと思う」
王者の苦闘ぶりがよく判る説明だったが、同時にペナルティー数については、ワイルドナイツの接点でのファイトを称えるべきだろう。元来防御に長けたチームだが、最初に触れたように、コリージョンエリアでのアグレッシブさが印象に残った。個々の接点での1歩前に押し込むような、数値に表れない凄みで上回った。ここを、しっかりとゲームスコアに繋げられたのは、新人HCにとっても大きな収穫でもあった。
スクラムに関しては、連覇を続ける中でルーパスが、そこまでライバルを圧倒してきたエリアでもない一方で、ワイルドナイツも極端にスクラム重視のチームではなかった。その中で成功率で勝者が上回ったが、むしろスクラム回数の格差がこのワンサイドマッチを物語るための要因の一つのように感じた。これだけの相手ボールスクラムを与えたルーパスのプレー精度、そこには自分たちの問題と同時に、勝者のプレッシャーの厳しさもあっただろうが、ここまで苦しむとは考えていなかっただろう。スクラム自体に関しては、フィールドプレーに長けたPR稲垣啓太をベンチスタートに置いて、クレイグ・ミラー、ヴァルアサエリ愛というスクラムの強さ、重さが強みのメンバーをスタートに置いたワイルドナイツのベンチワークも正解だったのだろう。
相手22mライン突破を見ても、スタッツだけでは分からない明暗があった。ワイルドナイツが開始5分でこのレッドゾーンに侵入してスコア(PG)に結び付けていたのに対して、アタッキングチームのはずのルーパスは、驚くことに前半の22突破は0回に終わっている。これが、先にも触れたエリア別のボールポゼッションの数字にも垣間見えるのだが、手元のメモには「51minⓉ初22」と書き残してある。後半11分(51分)に東芝が初めて22mラインを突破したことを書き残したのだが、この待望の相手レッドゾーンでのファイトですら、ラインアウト→モール→ノックオン→相手スクラム→コラプシングという最悪の結末に終わっている。
繰り返しになるが、いまやアタックに強みをみせるチームが、ここまでミスからスクラムを相手に与え、ボールを動かしてもゴールラインに近づけなければ、たとえ連覇中の王者といえども勝利が遠のくことになる。会見では物静かに敗戦を認めたトッドさんだが、最後にこう付け加えている。
「我々は、リーグで一番学べるチームですから」
敗因の文字数が多くなったが、本来、この試合で語るべきは勝者の方だ。冒頭にも書いたように金沢新HCにとっては最良のスタートになった。常に自分の進化を旺盛に追求して、群馬・太田(現在は埼玉・熊谷)にやって来たコーチが、その記念すべき新たな一歩で王者を粉砕出来たことは称えるべきだろう。チームのカラーをしっかり継承しながらも、布巻峻介による接点と防御、堀江翔太のセットピース、ベリック・バーンズのアタックと、プレーヤーとしての高い経験値を持ち、若く、新たなコーチ陣たちの手腕もしっかりとパフォ―マンスに繋げながらの勝利の価値は重い。
フロントローの選考には触れたが、主将のHO坂手淳史もセット、機動力、接点のファイトと、控えの佐藤健次も含めた現行日本代表の若き「2番」たちを凌駕するパフォーマンスを披露。南アフリカ代表ダミアン・デアレンデ、日本代表ディラン・ライリーら主力CTBの欠場もあり起用されたビンス・アソ、谷山隼大というミッドフィールダーも、接点の強さで王者に重圧を掛けるなど、メンバリングでもベンチワークの勝利を感じさせた。
リーグワン初代王者という不変の称号を手にするワイルドナイツだが、その後3シーズンに渡り、有力候補に挙げられながら覇権奪還に失敗してきた。昨季は初めて「ファイナリスト」の称号も失い、4位に甘んじている。親会社といえるパナソニックは、12月8日に名門・野球部の来季限りの休部を発表。プロゴルフの男女トーナメントのスポンサーからも降りることが判明している。これは今年6月にホールディングス全体で1万人規模の人員削減を表明したことに直結する決定だが、運営形態は異なれどワイルドナイツへ注ぎ込まれる運営資金も、成績が残せなければいつまでも安泰ではないことも示している。
チームにとっても結果はどうしても残さなければならない空気感が漂っている中での、王者を圧倒しての開幕スタート。このインパクトのある〝一石〟が、新シーズンにどんな波紋を広げていくのか。寒気が本番を迎えようとしている列島に、どこまでリーグワンが熱気をもたらせるかが楽しみだ。
〝追加〟で、既にSNSで触れた観衆マターを備忘録代わりに付記させていただく。既読の方にはお許しいただきたい。
◇ ◇ ◇
昨季王者の開幕戦は観衆3万2000あまり
「4万人プロジェクト」と掲げた数値には届かなかったが、単独チームでのこの埋まり方はそう悪くない。
当初から4万という数字自体が、そこそこハードルを上げた数字、つまりすこし背伸びするくらいに、どう近づけていくかという目標であり、昼過ぎまでの憂鬱な氷雨の中ではよく集めた印象。招待券も含めると大台を超えるチケットは出ていたが、実数が1万人近く足りない見込みも概算通りだった。それでもチームはやはり「4万人」という見出しが世の中に踊ることに価値を見出していた。
残念なのは、その集客活動の多くはチーム単独のものだったこと。実売、東京都に地元自治体、学校などへの招待、声がけなど涙ぐましい努力の、今季の結果が先に上げた数字だ。
ここに、リーグ挙げての更なる後押しがあれば、どこまで空席を埋められたのか…。
重きを置くべきは、リーグ自体やラグビーが世間さまにどこまでインパクトを感じさせることが出来るか。4万人プロジェクトはルーパスのためでもあるが、実はリーグ、日本ラグビーにとってもかなり重要な挑戦だった。そのための絶好のチャンスを今季も〝見逃し三振〟してしまったのが悔やまれる。













