おはようございます
スマイルLABOの長谷川です。
「おうちで過ごそう/ステイホーム週間」企画
リレー小説がいよいよ完成いたしました~
ご参加いただいた皆様、執筆お疲れ様でした
楽しんでいただけましたでしょうか
それでは早速、完成作品の発表です
作品全体の体裁を統一するため、改行、句読点、カギカッコや「・・・・」などの記号については、私の方で調整しています。また、明らかな誤字脱字等は修正させていただいておりますこと、ご了承願います。
なお、タイトルは「地球のささやき」といたしました。
一つ前の担当者の文章のみ送られているため、「あの件はどこいった?」みたいな流れもありますが(笑)、そこがリレーの面白いところでもありますので、クスっとしながらお楽しみくださいませ
※読みやすい縦書きの体裁(PDF版)でもお読みいただけます。
(リレー小説その1)地球のささやき ←コチラ
プロローグ
穏やかな春の日差し。少しぬるい風と一緒に畑の匂いが漂う。子供の頃、田舎のおじいちゃんの家に行ったときに嗅いだ匂いだ。土のような、枯草のような、少し甘みのある匂い。鼻の孔を大きく広げて胸いっぱいに空気を吸い込む。都会とは違う空気の濃さ。きっと酸素濃度が高いに違いない。
僕と茉里奈が都会を離れ、この土地を二人の住処にしようと決めたのには、いくつかの理由がある。ひとつは、喘息の持病がある僕の健康のため。もうひとつは、子供が生まれたら自然の多い場所で育てたいという茉里奈の希望だ。僕たちは転入を歓迎している地方の自治体をいくつか選び、さらに条件を絞り込んで、この場所に決めた。二人とも一度も訪れたことのない場所だった。
僕は一応小説家で、細々とではあるが文芸誌で連載をいくつか書いている。茉里奈は鍼灸師の資格を持っているので、落ち着いたら家の一部を鍼灸サロンにしたいと話していた。
「ねえ、晴馬。あれじゃない? 私たちの家」
茉里奈が指で示した方向に目をやると、遠くに小さく、平屋の一軒家が見えた。視線が一軒家に辿り着くまでの間に遮るものはなく、これでもかというくらい広々と畑が並んでいた。
「あれだね。間違いない」
不動産屋のホームページに掲載されていた写真そのままだった。
「それにしても、本当に何もないところなのねぇ」
茉里奈は苦笑いするふりをして、気持ちよさそうに深呼吸していた。僕も真似をして鼻の孔を広げ、また空気の匂いを味わった。
家の前まで来ると、その横幅の広さに驚く。4,5部屋並ぶアパートくらいの幅がある。こんなに贅沢に土地を使って平屋を建てるなんて、都会ではちょっと有り得ない。元々は農家だったのだろうか、家屋の前の庭も広く、乗用車が十台くらい置けそうだ。
「この、古民家っぽい感じ、いいね」
玄関の前まで小走りで近づくと、茉里奈は家を見上げながら言った。
この土地で、この家で、僕たちの新しい生活が始まろうとしていた。
1
「なんだか緊張するね・・・」
玄関の引き戸に、そっと指をかけた茉里奈が僕を振り返った。
「お化け屋敷じゃないんだからさ・・・」
そう言った途端、肩の力が抜けた。無意識のうちに、僕も緊張していたらしい。
古めかしい外観とは違い、リノベーションの済んだ室内は日当たりが良く、開放的で洒落ている。午後には東京からの荷物が届く事になっている。
「疲れたね。コーヒーでも淹れようか。もうガス、来てるよね?」
茉里奈は降ろしたリュックの中から、小さなヤカンとマグカップを取り出し手際よく並べた。
学生時代、コーヒー専門店でアルバイト経験のある茉里奈の淹れたコーヒーは、格別に旨い。僕にはよくわからないが、彼女なりのこだわりがあるらしい。その店の常連客で、同じ大学に通っていた僕は、茉里奈がコーヒーを淹れている時の凛々しい表情に一目惚れしたのだった。
「ねぇ、ハルくん! ミスチルかけて! ピーちゃんのドラマのやつ!」
「山ピーだろ? なんだよ、ピーちゃんて。インコかよ!」
「晴馬センパイのツッコミ、ナイスっす!」
ドリッパーからサーバーに落ちる液体から目を逸らさずに、茉里奈がケラケラと笑った。茉里奈は僕のことをからかう時、先輩、とか、先生、とか、ハルマックス、とか変な呼び方をした。
スマホのプレイリストから、目当ての曲を探す。あまり好みでない曲さえ、茉里奈の為にダウンロードしている自分の律儀さに感心する。
♪タタタン タタン タタタ タタタン・・・
「熱いよ」
茉里奈はマグカップを僕の前に置いて、そのまま隣に座った。ふぅーっ、と小さく息を吐いて、軽く僕にもたれかかる。
「やっと少し、落ち着いたね」
触れた体の一部分から、茉里奈への愛おしさが直に伝わってしまいそうで、僕は少し焦った。
「・・・本当に美味しいよ、このコーヒー」
「ありがと。ハルくんの飲み方も上手だよ!」
「なんだよそれ。子供かよ!」
「ふふふ・・・」
猫舌の茉里奈はややしばらく、自分のカップを両手でくるみ、静かに優しいメロディに耳を傾けていた。サビの部分になると、ボーカルを邪魔しないよう、小声でコーラスを被せた。
もう一回、もう一回。
僕はこの手を伸ばしたい。
「桜井さんの声ってホントに素敵! ゆずとスピッツとミスチルって、みんな好きだよね! 好き、っていうより、嫌いな人がいない、っていうか」
「確かに」
本音を言えば僕は高橋優以外、好きじゃないけど。
「桜井さんの書く歌詞って、天才的! 凄く心に響くもん!」
もう一回、もう一回。
知人が一人もいないようなこの土地でなら、もう一回やり直せるんだろうか・・・。小さなPCが一台あれば、どこでも仕事はできるし、小説だって書ける。大げさに泣いたり、誰かを裏切ったり、誰かに振り回されることも無い。あんな忌まわしい記憶は、もう手放してしまえばいいんだ・・・。
2
この土地に移り住んで半年があっと言う間に過ぎた・・・。
家の片付けや、隣近所・・・と言っても、1番近いご近所さんまで、徒歩10分はかかる範囲の挨拶まわり・・・
食料品や生活必需品の買い出しには、車で20分ほどのこんな田舎には不釣り合いにも見えるような、中々モダンで便利なショッピングモールに何度も出向き・・・
茉里奈はガーデニングと家庭菜園と呼ぶには広過ぎるミニ畑作りにすっかり夢中になり、鍼灸サロンをオープンする事などすっかり忘れている様だった。
そうこうしている内に、ようやく落ち着いて田舎暮らしにも慣れて来た。
「ふふ・・・ふふふ・・・」
ここに来てから、茉里奈は独り言をささやくようにかすかに・・・そして嬉しくてついはしゃぎたくなるような思いを閉じ込める様に・・・良く笑っていた。
「いつも、唐突に笑い出すけど、何かそんなに面白い事あるの?」
僕はたずねる。
「うふふ・・・分からない、でもなんだかここにいると、毎日が遠足とか旅行みたいに、訳も分からず楽しくて・・・泣きたい様な幸せな思いが溢れて来るの、それにあなた・・・ここに来てまだ一度も喘息の発作起きてないでしょう?」
「あ・・・確かに・・・本当だ!」
「でしょ、ストレスとか・・・なんだか余計なモノが無くなって・・・美味しい空気とか美しい景色とか・・・身体と心に良いモノが流れ込んで来る感じ・・・」
茉里奈は嬉しくて堪らないように話し出した。
「鍼灸サロンは、この家では開業しない事にしたの・・・ここには高齢者が多いし・・・わざわざここまで診療にやって来るのは大変だと思うし・・・だから自治会長さんに相談して、高齢者のいるお宅や介護施設を紹介して貰って、週に2回位のペースで出張診療しようかなって考えてるの・・・それに、本音を言うと・・・家で開業すると、田舎の人って・・・なんとなく距離感が分からなくて・・・診療に来て無駄に長居をされてもちょっと困るって言うか・・・」
僕は「ふーん、色々考えてたんだね」と答えて、のんびり穏やかに見えるけど、しっかり者の茉里奈にただただ感心していた。茉里奈は、
「ねぇ晴馬・・・あなたももうそんな頑張らなくて良いんじゃない・・・食べる為の雑文なんて、無理して書かなくても良いよ・・・その度に晴馬が自分を傷つけているの知ってたし・・・自信を失くして行くの見るのはとても辛かった・・・晴馬は晴馬が思ってるよりずっと才能あるし、ステキな言葉の引き出しを沢山持ってる人だよ! 晴馬が書きたくてたまらない言葉が自然に溢れて来たら書けば良いと思う・・・ここは物価も安いし、家賃も無いし、野菜だって果物だって家で作り始めたから、半分自給自足が叶うし、そんなにガツガツしなくて良いし・・・のんびりのんびりマイペース、ね、アハハ・・・」
食べる為の雑文・・・確かに・・・まだ十代の時、書きたくてたまらなくて溢れ出す言葉を小説にした、その作品が文芸新人賞を受賞した。自分で言うのも憚られるが、容姿にはまあまあ恵まれてる方で『超イケメン100年に1度の天才小説家現る』とメディアに持て囃され、必死に背伸びして、若者向けの雑誌数誌に連載を抱えながら、なんとかまともな2作目を書き上げ出版に漕ぎつけたのは二十代後半・・・しかし、話題にはなったものの2作目はあまり評価されず、僕の小説家としての人気は下降線を辿っていた。
有名になってからは、良い事も悪い事も有った・・・良い事は茉里奈と結婚した事・・・悪い事は・・・ダメだ・・・あのいまわしい事はまだ思い出したくない・・・いや、思い出す必要も無い・・・忘れなければ・・・茉里奈がこうして幸せそうに笑ってる・・・それが何よりなんだから・・・
これからの事だけ・・・明るい未来の事だけ考えなければ・・・
3
そんな事を考えたり、考えなかったり・・・の中で、日々は穏やかに過ぎていった。
季節は夏になった。
ある日、茉里奈が、畑でトマトを取っていると、竹垣の向こうに何かが見えた。
「ん??」
顔を上げて見てみるが、誰もいない。また野菜を取っていると、やっぱり誰かが覗いている。よく見てみると、小さな小さな女の子。ほっぺたを少し赤くして、恥ずかしそうにこっちを見ている。
「こんにちは!」
「・・・・」
ささ〜っと音がして、小さな女の子は走って逃げてしまった。
雨が上がった数日後、また茉里奈が野菜を取っていると、あの小さな女の子がやってきた。
「お野菜食べる?」
茉里奈が話しかけると、今度は女の子は「うん」とうなずいて、茉里奈の手からトマトを受け取って、美味しそうにほおばった。
そんなやり取りが何回か繰り返され、そのうち、《小さな女の子》は茉里奈の家にも遊びに来るようになり、晴馬と茉里奈の《小さなお友達》になった。
4
晴馬と茉里奈は都会を離れ、澄み切った空気のあるこの平屋で、赤いほっぺの小さな女の子と親しく遊んだ。赤いほっぺの小さな女の子と会うと不思議と喘息も少なくなり、良いことがたくさん起こる。一つ目は、喘息が良くなっているということ。二つ目は、ここに住んだ目的の一つ、子供が生まれたら育てたいという願い・・・赤いほっぺの小さな女の子と出会うことで、その願いが叶ったかのようだった。
晴馬と茉里奈と赤いほっぺの女の子は、3人で夜空の星を見た。澄み切った空気の高台に見える夏の星、リュウ座が空高く昇っていく。3人は流れ星を見た。
晴馬と茉里奈は、赤いほっぺの女の子のような素敵な子供を授かりますようにと願った。
半年後、茉里奈のお腹に子供が宿った。どうしてこんなに良いことばかり起こるのか。そういえば赤いほっぺの女の子は、守護霊である座敷童に似ているよね?
5
透き通る夜空の続いた冬が過ぎ、優しい風の吹く春もあっという間に桜が散り、初夏の穏やかな光が差す頃、晴馬と茉里奈の待望の子供が生まれた。
2人とも確信していたかのような満足そうな笑顔を浮かべて、生まれてきたばかりの真っ赤なほっぺをした女の子に優しくささやいた。
「夏希、生まれてきてくれてありがとう・・・」
女の子の名は晴馬が考えてくれていた。夏空のように明るく元気いっぱいの笑顔で人に希望を与える存在になって欲しいという意味を込めて、2人の子供は「夏希」と名付けられた。
初めての子育ては2人にとって七転八倒の日々の繰り返しだったが、一日一日がかけがえのない貴重な時間の連続であることは2人とも自覚していた。その頃には晴馬の喘息もほとんど出ることもなくなり、日々の話題に上ることもなくなっていた。
ある日の昼下がり、夏希を抱いて3人で散歩に出かけた。小さな橋を渡りおわろうとした時、左の小道からブロロォォォォと音を立てて一台のバイクが止まった。
「こんにちはあ」
気さくな感じで挨拶してくれたのは、郵便配達員の進藤さんだった。
「よう、ところで、あんたら隣の町の話、聞いとるかね?」
晴馬も茉里奈も口を揃えて尋ねた。
「どうかされたんですか?」
進藤さんは、心なしか曇った顔つきで話し始めた。
6
進藤さんは赤い原付バイクから降りてスタンドを立てた。
「ちょっと待ってな、よっこらしょっと」
夏希は茉里奈の胸にもたれて寝ている。そんな安心して寝ている夏希の表情とは違い、俺は進藤さんの曇った表情が気になっていた。
「いや隣の町で変というか、妙な話を聞いてな・・・」
「変な話ですか・・・いったいどんな話なんです?」
俺も茉里奈もその「変な話」の内容が気になった。
「いや、実は子供が行方不明になる事件が立て続けに起きているんだ。でもな、半日から1日程度で戻ってくるんだよ、子供が・・・」
「家の近場の山に1人で遊びに行ったりしていた訳ではないのですか?」
「それは無理だな。だって赤ん坊だから」
「行方不明になって、大騒ぎして家中探して警察に電話しようとしたら部屋に居たり、縁側やベランダに居たりするらしい・・・」
「赤ん坊ですか・・・」
俺は血の気が引く感覚を覚えた。茉里奈も同じなのだろう・・・胸に抱く夏希をかかえる手が震えているのが分かった。
「でもな、妙なんだよ・・・怪我した様子もないし、おむつも濡れたりしてないらしい。半日なら分かるが1日だったらおかしいだろ? おむつを替えた形跡もないらしい」
「確かにそうですね・・・」
夏希のおむつを替えた経験から考えても確かにおかしい話だ。ありえない・・・・
「だから隣町では『神隠し』だって噂されている。こんな出来事が町内で5件くらい起きているらしい」
「5件もですか⁉」
「だから、あんた達も念のため気をつけてもらおうと思ってさ」
「そうですか・・・わざわざ、ありがとうございます」
言葉では礼を言ってはいるが、俺の心の中はそれどころではなかった。
「それじゃ、私は配達に戻るから」
進藤さんはバイクに跨り、エンジンをかけて次の配達先へと向かった。
しばし俺たちは無言になった。数分なのか、30秒ぐらいなのか、俺には感覚が分からなくなっていた。
そんな無言の静寂を破ったのは茉里奈だった。
「ねぇ・・・夏希は大丈夫だよね?」
茉里奈は真っ青な顔で俺に尋ねてくる。こんな話を聞いたら不安になるのも当然だ。
「大丈夫。俺が夏希も茉里奈も守るから」
とは言っても何から守るのかさえ俺にも分からない・・・
まずは隣の町で起きている『神隠し』と呼ばれている怪事件の詳細を調べた方がいいのかもしれない。俺と茉里奈は散歩を止めて家路につく事にした。初夏だというのに蜩の鳴き声が妙に耳についた・・・・
7
ずっと二次元の話だと思っていた。自分には関係ないと思いながら、だからこそ楽しんで見れていたあの世界。現実に起こればゾッとする。今になってようやく気づいた自分がいた。
それにしてもなぜ子どもばかりが狙われてしまうのだろう。子どもの成長か。大人への戒めか。あの時を忘れようとする記憶の残酷さか。
ふと、バイクの男の話が蘇る。みんな自分の家族のことで精一杯だ。他人事は他人事のまま吸収されてしまうところだった。近場のことしか考えられないのが、どこかもどかしく悔しく思えてきた。
子どもばかりがターゲット。大人の身には何も起こらない。今回の現象を止める大きな鍵になるのか。とにかく今は進むしかない。まだ不安そうな顔に向かい僕はこう言った。
今は試されてる時期なんだ。
大人も子どもも試されてるんだ。
これが終わったら またみんなで花火が見れる。
なんだって見れる日が戻ってくるぞ。
だから今はこの手を離さないで。
先のことは分からない。今はなるべく楽しい夢を語って、気持ちをあげるしかない。花火はまだつぼみのままで、開くことを許していなかった。
(きっと忘れられない夏になるはずだ)
そう思いながらまた歩みを進めた。そんな3人を神様は見ているのだろうか。見ていたらいいのだけれど。
8
「もう少しだ、もう少しだ、皆、もう少しで頂上だからな」
「パパさっきから同じこと言って全然頂上に着かないじゃない!」
「ホントよ、いつになったら頂上に着くのよ!」
ママと息子くんは登り疲れて文句しか出てこない。
「いや、今度こそもう少しだ、登りきった景色を見たら絶対驚くから、いや感動かな?」
パパも疲れていたが頂上からの景色を見せたくて疲労を隠していた。
「ほら! 見てごらん、パパはこれを見せたかったんだ」
顔を上げたママと息子くんは言葉を失っていた。
「な、言葉が出ないだろ? 頂上から見える海のように広がっている雲、すごいだろ? これを雲海って言うんだよ」
「あれ? ママどうしたの、なんで泣いてるの?」
息子くんは不思議な顔でママを見た。
「この景色を見たとたん、なぜか涙が出てきちゃったのよ」
「パパも初めて見たときそうだったよ、ママの気持ちわかるよ」
「ねぇねぇパパとママ、あそこに人が立ってない?」
息子くんが指を差した雲海の方向を見たが、パパとママは全く見えない。
「あそこだよあそこ、ほらこっち見てるよ」
二人は息子くんの指に顔を寄せ、見ることに神経を集中したが見えない。
「純粋な心を持った子供にしか見えないのかもな」
「そうかもね」
大人二人は顔を見合わせ、息子くんを見ていた。
「ねぇパパ? この景色をうんかいって言ったよね、どんな字を書くの?」
「お空に浮いている雲という字と、夏に泳ぐ海とで雲海と書くんだよ」
「ふ〜ん、じゃあどんな魚が捕まえられるんだろうね」
「海という字は書くけど海のように雲が広がっているだけだから魚はいないよ」
「お腹空いたから魚を捕まえられると思ったらけど、海とちゃうんかい!」
息子くんが放った「海とちゃうんかい!」が、「うんかい・・・うんかい・・・うんかい・・・うんかい・・・」とこだまして、三人共「うんかい・・・」が笑いのツボに入り、笑いを抑えられず吹き出し大笑いした。笑いの落ち着いたママが
「こんな神秘的な場所で大笑いしていいのかなぁ」
「まぁ良い良い」
どこかからか聞こえた声に三人で瞬時に顔を見合わせた。
「今、ハァヨイヨイって聞こえたよね」
「ママ何言ってんの? ハァヨイヨイは何かの民謡でしょ、僕にはまぁ良い良いって聞こえたよ」
「そうだよ、ママが神秘的な場所で大笑いしていいのかなぁって言ったから、答えてくれたんじゃないかな」
「ハァヨイヨイじゃなくてまぁ良い良い、そうよね。だけど誰が言ってくれたの? 周りには誰もいないわよ」
三人に聞こえた声は、神様の声だったのか?
9
三人は疲れた身体を休めるようにごろりと仰向けになって空を見上げた。しばらく三人は無言のままだった。静かな時間が流れていた。どれくらいの時間が過ぎたのだろうか?
「気持ちいいね」
息子くんがつぶやいた。しかしパパもママも日頃の疲れと頂上まで歩いてきた疲労で眠ってしまっていた。息子くんは2人の寝顔を見ながら考えていた。
「さっき僕だけが見えていた人は誰だったんだろう」
その時、息子くんの耳元でささやく声がした。
「さっき君だけに見えていたのはボクだよ」
息子くんは耳元で聞こえた声に驚くこともなく、懐かしさすら感じた。
「君は一体誰なの?」
息子くんは問いかけた。
「ボクは未来からきたんだよ」
声のする方を見てみると、少し変わった服装をしている耳の大きな少年が立っていた。
「未来? じゃ宇宙人なの?」
息子くんは聞いてみた。
「まっ、そんなもんかな」
そう言って少年は笑った。そして少年は息子くんの目を真剣に見ながら話し始めた。
「君にお願いがあるんだ」
息子くんは少年の真剣なまなざしを見ながら答えた。
「ボクに出来ることなら」
少年は真剣なまなざしのまま話をつづけた。
「地球に愛をおくってほしいんだ」
息子くんは不思議な顔をしながら答えた。
「地球に愛を送るって何をすればいいの?」
少年は優しい表情になった。
「1日だけでいい。人々がネガティブな気持ちにならず、心地よい気分で過ごしてほしい。やさしい気持ちで過ごすんだ」
「1日だけでいいの?」
息子くんは聞き返した。
「そうだよ、1日でいいんだ。その代わり全ての人が心地よい気分で過ごす。やさしい気持ちで1日を過ごす。ネガティブになる人が1人もいてはいけない」
少年は答えた。
息子くんは考えた。
「どうしたら全ての人がネガティブにならず、心地よい気分で優しい気持ちで1日を過ごせるのだろうか・・・」
エピローグ
「おーい! 起きてー! そろそろ山を下るよ!」
少年の言葉の意味を考えていた息子くんはいつの間にか眠っていたようで、上から覗き込むパパの声で目を覚ました。
「さっきのは夢だったのかなぁ・・・?」
目を擦りながら辺りを見回してみても少年の姿はもうどこにも無くて、草むらの葉っぱだけが駆けるように揺れていた。
「ねえパパ? パパはどんな時にやさしい気持ちになれるの? 心地よい気分になれるの?」
突然の息子くんの質問に驚いて目を大きく見開いたパパは、一瞬、まぶしそうに空を見上げながら、ゆっくりと語った。
「うーん、そうだね、喘息の事を忘れてしまうくらいこうして美味しい空気をたくさん吸えて、今日が無事に終わってゆく事かな。ねえ、ママ!」
同意を求めるようにパパが振り向くと、ママもクスクス笑いながらうなずいている。
まだ幼い息子くんにとって、パパの言葉は少しだけ難しかった。だけど、ラジオ体操を崩したような面白いポーズで深呼吸をするパパと、益々クスクス笑うママを見て、息子くんの心にも心地よい気分が広がっていた。
「さあ! 帰るぞ!」
「はーい! 家に着くまでが遠足でーす!(笑)」
西に傾きながら空を茜色に染めてゆく夕日と、東にゆらゆらと伸びるのは三人の長い影。鳥達のさえずりが耳もとで音符を創り、吹き抜ける風は色とりどりの野花と楽しそうに踊っている。
きっとこんな光景は地球の上にたくさんあって・・・見過ごしてしまいそうなほど小さな心地よさも、本当はたくさんあって・・・しあわせだと思える心があれば、いつだって人はやさしくなれるのかもしれない。
ここは、とある田舎の緑の山あい。
小説家の僕と鍼灸師の妻とやんちゃな息子が暮らす地球の片すみ。やさしさとしあわせを数えながら暮らす地球の上。
もしも、あなただけに見える懐かしい声の人がいたら、その人はあなたに大切な事を気づかせてくれるために現れた、未来から来たあの人・・・かもしれませんね!
THE END
<著者 順不同 共作>
pop-mmmさんなかまろさんリンク∞さん保坂 真澄 kikiさんモジズリさんみやびさん桜猫さん若山さとしさん天啓けいすけさんまるいはんてん。さん長谷川
いかがでしたか?
執筆者それぞれの個性が重なり合って、ひとつの小説が出来上がりました。
場面を想像する楽しさ、展開を考える面白さ、そして、物語を書くキッカケになれば幸いです
PDF版(縦書き)でも読めますよ