★直腸癌ステージⅢb寛解(保存版)★

 

 実質約7年前の2016年末に、直腸がんが見つかり2017年1月に直腸ほぼ全摘&ストーマ造設、その後2度の手術と、化学療法8クールを行い、2024年1月に寛解となりました。

 寛解状態になったこの時に、この期間の出来事を起・承・転・結として仮版を投稿しましたが、仮版を見直したこの保存版としてまとめ、今後は振り返ることなく出来る限り可能な範囲内で、癌になりオストメイトになる以前と同様に生活して行こうと思います。

 

◆◆ 起 PART1/4 ◆◆

 ~癌の告知まで。

 

要約+補足:

 

 結局は便の潜血から大腸(直腸)癌が分かったのですが、便潜血は他の2つの理由も有ったので、2次検査を受けるのが遅くなった事、また2次検査の際も良く受診でもてもらっている先生【医師】も問診では問題は無いとの事、お願いして検査の結果癌が判明しました。

 自分の事は最後には自分で決める事の大切さを痛感しました。

 

 癌が判明した後は、人生の終わる可能性があることは理解しましたが、この時はその件で悩む暇は無く、手術迄に仕事の引継の事を中心に、日常の事でいっぱいいっぱいでした。

 幸いに、一人仕事が多かったのですが、常に自分の業務の一覧と、マニュアル&ポイントは整理していましたので、その点はほぼ影響なく、年末年始を挟んだ2週間程度の短期間で、入院までに業務の洗い出し等は必要なく、引き継ぎ作業に専念できたのは非常に良かったです。入院後は仕事に関して悩まずに済みました。

 

 

 

◆◆ 承 PART2/4 ◆◆

 癌の切除&ストーマ造設手術 ~ 退院&ながらワーカーとしての社会復帰まで。

 

要約:

 

1、手術1回目:直腸切除術(ストーマ造設あり)

 開腹により無事癌の切除、ストーマ造設術が終わりましたが、術後落ち着いた頃よりストーマ不良(陥没、壊死?)により、再建が必要に。

2、手術2回目:ストーマ再建の手術

 ストーマ再建の際に尿管癒着により、尿管縫合、尿管ステント留置、排尿障害の為、尿管抜去後は、その後一年間は自己導尿へ。

3、化学療法の開始~退院

 化学療法を術後落ち着いてから開始、8クール予定の内2クール終了時点で、約か月ぶりの退院&ながらワーカーとしての職場復帰のスケジューリング。

4、自宅療養⇒再入院

 退院後に自宅での自己導尿不足で、膀胱&尿道炎の為、緊急再入院、化学療法&職場復帰のスケジュールの見直し(リスケジューリング)

5、ながらワーカーとしての社会復帰&化療継続

 自宅療養にも慣れ、4クール目からの治療日程のリスケジューリング。

 会社復帰日と休む日(化学療法初日の点滴日)を決め、初めの1週間は半日の勤務と言う事で、4カ月ぶりに勤務に復帰しました。

 

 

6、ながらワーカーとしての勤務

 このころの仕事は、体調も万全ではなくかなり厳しい状況で、勤務先では勤務する事自体でいっぱいいっぱいに近い状況でした。

 勤務も化学療法日と、2日後は休むように調整しました。

7、化学療法に関して

 私の場合の副作用(副反応)は、赤血球と手の指先の神経がターゲットになった様で、赤血球の減少による貧血(2日目が酷い)と指の痺れ(特に冷たいものを持つと痛みが走るほど)が主な副反応でした。

8、オストメイト状況に関して

 試行錯誤の結果、値段は高いですが凸型のパウチ+凸型のパウチは固定用のベルトが装着できるので、ベルト等を購入し、うまく行った場合は3日持つようになりました。

9,用具&装具以外の対応

①睡眠

 この当時は漏れる事が多く、翌日が休日でないときは常時1時間半位毎に起きて確認、必要ならトイレに行くようにしていましたので、睡眠が良く取れなかったです。

 それでもたまには、夜間に漏れて、着替えたりシャワー浴びたりすると、その日は寝つけず翌日の勤務が非常につらかったです。

②薬(マグミット:便秘薬として)

 癌には無関係ですが、今でもそして今後もずっと(習慣性の少ない)マグミットを定期的に処方して頂き、服用の量の調整で常に便秘にならない様、コントロールを行っています。

③飲食

 また今もですが便の質と量に加え、ガスがパウチのパンクに影響するで、炭酸系の飲料や、ガスの出やすい食事等も、特にこの時期は非常に注意していました。

 

 

◆◆ 転 PART3/4 ◆◆

 ながらワーカーとしての社会復帰後 ~ 瘢痕ヘルニア及び、傍ストーマヘルニア手術まで。

 

1、この時期の主な状況

 尿管ステントに関してですが、排尿障害も、感覚も良くなってきて、1年後くらいに、自己導尿の方も終えることが出来ました。

 メインの癌関連に関しては、ストーマも再創生し、再発及び転移を疑われる箇所は見つからず、腫瘍マーカーの一つは別として、良好な経過でした。

 ただ徐々に瘢痕とストーマ周りの傍ストーマヘルニアが進行と言うか、ひどくなって行き、ストーマ装具(パウチ)から漏れる回数も増え、コントロールが難しくなってしまいました。

2、ヘルニア手術Sugarbaker法

 ストーマ周りと、お腹の右側のぷくっと出た部分が、かなり平らになりました。

ただ、パウチは、それまでの凸のものから標準の平らなもので対応できるようになり、ベルトや保護テープ、皮膚保護テープは、使わなくても良くなりました。

3、ながらワーカーに関して

 ヘルニアの関係で、職場でも家(夜間も)漏れる回数が徐々に増え、トータルの負担は、復帰した頃と変わらず、睡眠に関しては徐々に悪くなり、寝不足で勤務がしんどい日が増えてきた時期です。

4、化学療法に関して

 手の痺れも化学療法終了後2年目後半から徐々に軽くなり3年目頃に消えました。

5、オストメイト状況に関して

 ヘルニア手術までは苦労していましたが、手術後は一般的な負荷のレベルに落ち着きました。⇒現在とほぼ同じ状況

6,用具&装具以外の対応

 睡眠・薬【便秘薬】・食事に注意しました。

7,趣味等に関して

①ドライブに関して【旅行に関して】

 日帰りのドライブの距離を徐々に延ばしてゆきました。

②外飲み

 これに関しては、パウチの漏れも気になるので、していません。

③釣り&キャンプ

 釣りの方は短時間で終えることが出来るので、再開。キャンプの方はやはり宿泊がしたくなるので、この時期はまだ控えていました。

④ゲーム関連

 長期離脱でやめたものと、艦これは一人で行うものなので、再開しました。

 

 

◆◆ 結 PART4/4 ◆◆

 傍ストーマヘルニア手術後~現在、そしてこれからに関して。

 

要約:

1、傍ストーマヘルニア後からの状況

 結論から言いますと、オストメイトとして平均的な状態ではないかと思います。

ストーマの周りの皮膚の境目が徐々に広がっているのが気になります。

 パウチの穴を大きく切るようになっています。

2、普通にできなくなった(+しなくなった)事

・サウナは絶対に無理で、温泉やお風呂も外では厳しいです。

・プールや外泊(宿泊を伴う出張や旅行)も厳しいですネ。

 ※例外ソロキャンプの宿泊

・喫煙・飲酒も元に戻りましたが、酒の量(&ビール系は基本避けて)は減り、外飲みはストーマトラブルが気になり、楽しめないので基本的にはしなくなりました。

3、ながらワーカーに関して

 仕事の内容、量に関しても癌の罹患前と同じで、量も質も元に戻りました。

4、化学療法に関して

 副作用(副反応)として、3年位残っていた指先の痺れも、全く気にならないほどになりました。

5、オストメイト状況に関して

 上述の様にオストメイトとして平均的な状態ではないかと思います。

トイレや便漏れの対応を常時準備&対応は必要ですが、一生付き合う事なので仕方ないですネ。

6,用具&装具以外の対応

 睡眠、薬(主に便秘薬)、飲食に関しては、傍ストーマヘルニア手術前よりは良くなりましたが、注意は必要です。

 

 

7,趣味等に関して

 ドライブ、外飲み、釣り&キャンプと出来るものから、出来る範囲で再開しました。

8,申請等の手続き

 申請等も何が何やらわからない時や、その後もわかる範囲で申請を行いましたが、もう少し情報を、分かりやすくしてもらえないものかと思います。

 申請先も色々で、各役所等も、申請されたら審査する体制なので仕方ないのでしょうが、何とかならないものでしょうか。

 私の場合の対応は ↓ にまとめてありますので参考にしてください!!

 

9,今後に関して   ※ ↑ に書いた通りですが ↑

 

 現状は永久ストーマになりましたので、オストメイトとして、基本的には、普通の生活をするのが目的ですので、可能な限り普通に生活を近づけるように努力する事と、出来ない事は出来ないで、考えても仕方がないので、スッパリ割り切ることと思います。

 あとは寛解と言う事ですが、年一の検査は有りますので、健診のつもりでの受診は続けます。

 

 今後に関しては、プライスレスな自分の時間を大切に、何に関しても、無理の無い範囲でアクティブに楽しく過ごしたいと思います。

 

◆リレー・フォー・ライフ◆

 

 無理の無い範囲でですが、昨年は参加できなかった、リレー・フォー・ライフにも参加したいと思います。

   ↓   2022年10月   ↓  

↑ リレー・フォー・ライフ山口 2022

がん告知を乗り越えて生きる患者がアリーナ内のコースを1周する

「サバイバーズラップ」

 大会主催者&県のゆるキャラのチョルルの後ろの1列目白のシャツが私です。