こんにちは。
ひろこです♪
小さな街で相談員をしながら、
小さな幸せ習慣を積み重ねています。
少し前まで、いまどきの日本で
ご飯が食べられないほどの貧困は
ほとんどないと認識されてたと思います。
コロちゃんがきっかけで
実はとっても困ってる家庭があると
知られるようになったのではないか
・・・と、私は思ってます。
毎日ちゃんとご飯が食べられて
なんなら外食もしょっちゅうしていて、
携帯は無制限の契約をしていて
ゲームもYouTubeもやりたい放題。
でも。
それらのお支払いが
すべて借金だとしたら・・・・・?
実際にある話なんですよ。
ご相談では珍しくありません。
ちゃんと食べられてる。
生活自体に不足はない。(ように見える)
けれど実はすごく深刻な状態。
しかもその深刻さは
どんどん大きくなっているけれど
中にはその自覚がない方も、あります。
こんな言い方もナンですが、
ブログには書けないこともあります。
たくさんあります。
お話しをお聴きしても
ホントに理解が追い付かなかったり
びっくりし過ぎて混乱したこともあります。
それは貧困に対してというよりは
その発想とか考え方について、です。
正直、このブログを見て下さる方には
まったく関係のないことだと思います。
たぶんピン!とこないでしょうし、
「ん!?何が?」って感じでしょうか?
昨日、
お金は不思議、豊かさも不思議という
記事を書きました。
お金って、
どれだけあっても足りないと感じる。
どれだけあってももっと欲しいと思う。
一方で、
実は深刻な状態でありながら
それを自覚しづらかったり、
見ない振りをすることさえ出来る。
理屈は誰でもわかると思うんですよ。
それから
いまの社会で福祉は充実してます。
ご相談では
実質的なお話をすることも多いです。
だけど。
心の中のことは
弁護士に相談しても、福祉に頼っても
解決するのはすごく難しいです。
お金がどれだけあっても
心が豊かでなければ幸せとは言えない
・・・と、思う方は多いはずで、
それは間違いないことですよね。
では
「心が豊か」ってどういうことでしょう?
私は
心が豊かでありたいと思ってます。
心が豊かなら幸せだとも思います。
それは本当です。
でも、ですね。
私の中には「清貧」という言葉が
何となく刷り込まれていますが、
それを受け入れる自信はないです。
貧しくても心さえ豊かなら幸せだと
それをそのまま受け入れられるか?
・・・って難しいです。
「清貧」である必要はなくて
「清く豊かであればいい」と
教えてくれたのは私の心理の師でして
確かにそうだなぁ・・・と思います。
「清貧」ではなくて、清く豊かである方が
幸せを感じられる気がしませんか?
心の豊かさはもちろんですが、
経済的に豊かであればとても幸せです。
経済的にも・・・と言うべきか。
では、「清貧」は不幸か?
・・・どう思いますか?
もし、それを不幸だと思うとしたら
そう思う心は豊かでしょうか?
昨日に続き
私の中に明確な答えはまだありません。
今週は「豊かさ」について
書いていこうと思っています。
でも正直、
私にはとても難しいテーマなんですけど。
あなたの運命が
あなたらしく動くことを祈っています♪



