また人を傷つけた

1ヶ月ほど前に
傷つけた人をまたしても

自分の共依存に気付かせてくれて そして自分のことを友人だった頃 
かなり大事に思ってくれていた人

自分なりに共依存から 回復してきつつあるのかと思い

思い切って1週間前にメールをしてみた

その返事の中には 返事をするかどうか悩みに悩んだ末に

俺に対する今の素直な気持ちがつづられていた

そして 異常に連絡体質であったことに対する注意も書いてあり

『今俺にメールをする時間があるなら まずは自分を磨くことに時間を費やせ。
 そのほうがよほど俺は嬉しいよ』

と書かれていた


返事をしてしまった

返事をしてしまったこと自体が彼の逆鱗に触れた

『俺がメールに書いたことのなにひとつ理解できていないんだな。
 もう会うつもりも話すつもりもない。二度とな。もう連絡してこないでくれ』

と書かれていた。

どうやら俺は共依存から全く回復なんてできていないようだ

1歩進んで 2歩さがる
共依存又は共依存症の人は、その症状を誤解されやすいのかな?

今は自分自身で自分と向き合い、共依存である自分を見つけなおすことをひたすら続けている。

今まで、自分を他人に投影し、他人の中にいる自分にばかり気を取られてばかりいた。

そんな共依存の人は自分だけではないんだと気づけたのはごく最近のこと

そんな中、共依存について表現されている文章をみつけました



共依存を一言でいえば、「他者に必要とされることで、自分の存在意義を見い出すこと」となる。

共依存者とは、自己自身に対する過小評価のために、
他者に認められることによってしか満足を得られず、
そのために他者の好意を得ようとして自己犠牲的な献 身を強迫的に行なう傾向のある人のことであり、
またその献身は結局のところ、他者の好意を(ひいては他者自身を)コントロールしようという動機に
結び付い ているために、結果としてその行動が自己中心的、策略的なものになり、
しだいにその他者との関係性から離脱できなくなるのである。



まるで本当にこれまでの自分のことを言い当てられているみたいでゾクっとする

周りから見ると俺はこんなだったのだろう


気づけたことが大きな一歩

そのことに気づかせてくれた人たちには 本当に 本当に感謝している

いくら感謝しても したりない

俺は新たな 大きな 一歩を 少しずつ 着実に 踏み出しているはずだ
まだまだ内なる自分は 寂しがる

俺はまだ一歩を踏み出したばかり


これまで 自分がわからず 自分が信じられずにいた


まるで二重人格であるかのように 突然湧いてくる衝動のような 

内なる自分の 他人に対して起こした勝手な行動の中にある気持ちを 

抑えられない自分に 嫌悪していた

そして 後から反省する

「なぜあんなことをしてしまったのか・・・」 

でも これまでその「なぜ」に対して 自分でも説明ができないでいた


ようやく一歩を踏み出した 俺が気付いた それに対する答えのような「モノ」


恐らく 自分の気持ちの有り所を探していたのだと思う

だから 自分ではなく 他人を頼った

そして 虚勢を張り それでも自分を見捨てないでいてくれる 

他人を さらにさらに頼っていった


離れる と言ってみたり

もう連絡しない と強がってみせたり

自分をよく見せようと 取り繕ってみたり


恐らく自分で 自分のことがわからなかったから

他人の中にいる自分の印象を 少しでも良いものにしようとしていたのだろう

そして それが それこそが自分なのだと思い込む


所謂 負の連鎖


そんなことをして 他人の中に勝手に作った 

自分の虚像は 決して自分を 満足させられるそれではなかった

だからこそ さらにまた虚勢を張り 虚像を作る

たどりつくゴールなんて なかっただろう

だって 自分で自分がわからなかったのだから


そんな状態の自分にようやく気付けた 俺に 今できること

自分から自分への 信頼 信用 自分を知ること


まだまだ一歩を踏み出したばかり

先は長いが 必ず自分を みつけたい