下宿先のリッチな老夫婦 ボーマン夫妻。
私より1年先にこのボーマン邸に下宿するめぐちゃんは、ボーマン夫人のことを「マリエ」と呼んでいた。
聞けば、ボーマン夫人のファーストネームはマリー=エレーヌだが、ボーマン氏が名前を呼ぶときに「レーヌ」の部分がよく聞こえず「マリエ!!!」と叫んでいるように聞こえるからとのこと。
日に数度、ボーマン氏は書斎からアパート中に響き渡るような怒声で「マリエ!!!!!」と叫ぶ。マリエも負けじと「ウィィィィ!!!!!!」と力の限り叫び、ヒールをゴッゴッと鳴らしながら足早に書斎へ駆けつける。
当時フランス語をうまく話せず、内弁慶を発揮しまくっていたわたし。マリエとはあまり関わらなかったことを少しだけ後悔している。
それでも、マリエとの共同生活はとても興味深いものであった。
おそらくマリエは料理上手だったのだと思う。頻繁には料理しなかったが、たまにキッチンの大鍋でアーティチョークが茹でてあったり、大きな貝殻付きのホタテがソテーしておいてあることがあった。
マリエがパエリア用の生米を多めのオリーブオイルでじっくりと炒めていた時、勇気を出して話しかけてみると、ニッと歯を見せて笑いスペイン産の美味しいパエリア用の米が買える店を教えてくれた。
フランスは基本的に乾燥していて涼しい。しょっちゅう作った料理がラップもせずにキッチンに放置してある。
食文化に興味のある私は、これ幸いとばかりにバレない程度に少量毎回味見をし(すまんマリエ🙏)、勝手に冷蔵庫を開けどんな物を食べているのか調査した(すまんマリエ🙏)(だいたいビーツが入ってた)。
一年と少しボーマン邸で過ごした後、わたしは引っ越しをした。その数カ月後、マリエもボーマン氏とどこかの田舎へ隠居したらしい。
その後、一度だけボーマン邸を見に行ったことがある。通りから見上げた窓には知らないカーテンがかかっていた。
マリエ、元気かな。
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