アユタヤ王朝のサンペット宮殿のような復元方法は、
遺跡保存のあり方としてはチョット異例かも知れませんが、
それなりの利点もあるように思います。

復元されたアユタヤ王朝のサンペット宮殿
歴史家や考古学者はいざ知らず、
アユタヤ王宮跡の草叢の中に残るサンペット宮殿の廃墟だけを見た観光客は、
“ 夏草や兵どもが夢のあと ” といった感慨に浸ることはできたとしても、
あり日しのアユタヤ王宮の華やかな建築様式を思い浮かべることは
殆ど不可能に近いだろうと思います。

復元されたサンペット宮殿の大広間の壁面模様
サンペット宮殿の大広間は、中央に聳える尖塔を境にして、
同じ広さの大広間が左右に設けられています。
それぞれの大広間の木彫天井は、
窓のある壁面の小柱によって支えられているだけで、
広間の中央には、視界を妨げる柱は一本もありません。

『ムアンボラーン』の冊子から拝借した写真
王座の拡大写真は、昨日のブログを御参照下さい。
中央部の一段高い場所にある王座からは、
大広間に参集した外国使節や臣下を見下ろすことができ、
下々の人々は、中央の王座を見上げるような設計が施されています。


大広間の左右の壁面模様(左)と壁面を支える小柱の模様(右)
アユタヤ王朝から現在のチャクリ王朝に受け継がれている王室儀礼の中に、
インド系バラモン僧がつかさどる “ 国王の即位式 ” があります。
タイ国王の即位式は、
上座部佛教の僧侶ではなく、バラモン教の大祭司の手によって行われ、
即位する国王は “ シヴァ神とヴィシュヌ神の化身 ” となります。
上座部佛教を信奉する王朝の国王の即位式で
“ バラモン教 ” の儀式が執り行われる不思議な世界が此処にはあります。


バラモン世界のイメージが表現されたサンペット宮殿の壁面模様
その昔、インドの国王は、バラモン僧の手によって王冠を“ 戴冠 ” したようですが、
タイの王様は、大祭司のバラモン僧に “ 戴冠 ” を任すことはせず、
“ 国王は自らの手で、自らの頭上に王冠を被る ” ことになっています。
つまり、国王即位式を司るバラモン僧であっても、
即位の中で最も重要な儀式となる “ 戴冠行為 ” の瞬間においては、
バラモン僧は単なる宗教的儀礼者の位置づけに落とされていることになります。
インドとタイのバラモン教の位置づけの大きな相違点を此処に見ることができます。


サンペット宮殿の即位式が行われる王座の大柱と小柱に表現されていたバラモン的模様
タイ社会では、バラモン教と上座部佛教が互いの権威を損なうことなく
庶民の信仰生活の中で並存して生き続けている不思議さがあります。
例えば、タイ民衆が心から祝い、真摯に祈る三大お祭り、
“ 水掛まつり ”、“ 灯篭流し ” 、“ 始耕祭 ” などの原型は、
佛教の祭祀とは関係なく、バラモンの祭祀から発したものと考えられています。
国民の95%以上が上座部佛教を信奉するタイの中で、
バラモン教的思考が、佛教の権威を損なうことなく、
タイ王室からタイの庶民層まで深く浸透している実態を、
これらの儀式の中に容易に見てとることができます。
同じ佛教とはいえども、些か異なった歴史的背景を持つ
日本佛教(北伝佛教・大乗佛教) と タイ佛教(南伝佛教・上座部佛教)ですが、
バラモン教的思考と儀礼の有無も、その違いの大きな理由の一つだろうと思います。