僕が日本に住んでいた20年近く前、自分のために花屋で生花を買うなんてことは絶対にあり得ないことでした。とは言っても、“ 男子花屋に入るを許さず ” などという横柄で尊大な態度からではなく、只単に、花を愛でる精神的余裕に乏しかっただけなのですが・・・


於:タイの花屋  “ 花の女王 ” のカトレア類

その後、国内事業から海外事業に転じ、世界各地を相手に仕事をすることになります。日本在住時代にはとても考えられなかったようなことが、次から次と目まぐるしく起こり、まだ若い新米事業管理責任者だった僕には、滅茶苦茶に挑戦的な日々の連続だったように思います。

海外生活を送る中で、日本国内との相違点は少なからずありますが、その一つに “ パーティー ” があります。正直に言って、パーティーは苦手というよりも、寧ろ大嫌いでした。パーティーをこなすことは、神経を磨り減らすような日常業務よりも、遥かに辛くて、面白くない仕事だと思い込んでいた時期がありました。


於:タイの花屋  小さくて可憐な蘭の花

しかし、何度も繰り返されるパーティーを経験するうちに、ぼくのような不調法者も、“ 下手巧者 ” なりに、何とかこなせるようになるから不思議です。チョットした緊張感はあるものの、それが次第にある種のヤル気に変わって行きました。

仕事が順調に進めば進むほど、パーティに接する日々が増えていくものです・・・とは言っても、パーティ会場の台本作成、会場を彩る花の選択や配置、お客様や僕たちが襟元に付けるコサージュなど等の企画に関しては、パーティー担当のベテラン女性社員に任せっきりのスタンスは変わりありません。

僕がすることと言えば、招待者の氏名や僕のスピーチの内容をチェックすること、台本の流れと自分の登壇を確認し、式典の式次第と内容を吟味する程度なのです。


信じられないくらいに花の知識の薄い僕に対して、パーティー担当の女性社員は、自らの判断で選び抜いた花の理由などを滔々と捲し立てます。チョット見には、僕の意見を求めているかのように見えなくもないのですが・・・“ 然に非ず ” 彼女達は、兎にも角にも、花が大好きで仕方ないのだろうと思います。


左: タイの花屋 セクスィー・ピンクのヘリコニアの花と茎、そして彩りを添える蘭の花
右: タイの花屋 ピンクのガーベラとタイ産の白い菊

あの当時の僕を支えてくれていたのは、男性社員に優るとも劣らない優秀なプロジェクト・メンバーであり、外国人を主客とするパーティーでは、男性社員が逆立ちしても敵わない女性特有の繊細な能力を発揮する彼女たちだったと断言しても過言ではないと思います。

このような彼女達に囲まれて仕事をしていれば、如何に花に疎い僕であっても、“ 門前の小僧、習わぬ経を読む ” ではありませんが、多少の花の名前くらいは覚えようというものです。

ある時、エアコンで体調を崩して寝込んだ僕を、会社で僕の仕事をアシストをしてくれるタイ人女性グループが見舞ってくれたのですが、僕の部屋の余りの殺風景さに驚いた様子でした。

当時、タイで単身生活を送っていた若い僕にとって、自分の部屋は、仕事に疲れ果てた身体を横たえることさえできれば、それだけで充分だと考えていたように思います。

白一色の壁と高い天井、濃茶色のチーク材のフローリングを敷き詰めた床面などは、内装仕様としては高級の部類らしいのですが、およそ気分を和らげる様な彩りは皆無に等しかったように思います。


彼女達がお見舞いに持参してくれた色とりどりの生花は、殺風景な僕の部屋の中に、温かさと芳香を醸しだしてくれました。



タイの露店花屋  ミニ・バラ、カーネーション、小菊、カスミ草などをセットにした20バーツ・約60の花篭

それ以降、僕の部屋の掃除・洗濯をしてくれていたメイド(当時60歳の女性)が、僕のマンションの居間、客室、寝室、手洗所に、週に二回程度、小さな生花を活けるようになったのです。

僕 『 花なんか活けてどうしたの?
女 『 貴方の女性スタッフから指示されました
僕 『 ・・・
女 『 生花を週に2回くらい活けることにしました
僕 『 ・・・
女 『 一ケ月辺り200バーツ下さい 』(約600円)
僕 『 それだけ?
女 『 多分、余ると思いますよ



タイの露店花屋  カスミ草、小菊、バラなどをセットにした10バーツ(約30円)の小さな花篭

メイドさん曰く、タイには高い花も勿論あるけれど、露店の花屋に行けば、小さくて適当な値段の花も沢山あるというのです。

当時、毎晩のように輸入酒を飲み、空瓶を床に並べるような生活をしていた僕を咎めるかのように・・・メイドさんは言いました。

『 ほんの少しの節酒で、新鮮な生花を楽しめ、健康にもなれるのよ・・・そうしなさい 』 



左: タイの露店花屋  一篭・20バーツ(約60円)のミニ・バラと小菊
右: タイの露店花屋  一束・50バーツ(150円)の蘭の花各種

そんなメイドさんも、今は年老いてタイ北部の田舎に退いてしまいましたが、その後、東京で別居生活をしていた老妻が来タイ、メイドさんが続けてくれた習慣を今も続けてくれています。


タイの露店花屋  芳香を漂わせるジャスミンの花篭(一篭20バーツ・約60円)

実は、明日の飛行機で、老妻が東京に一時帰国します。
妻の留守中は、僕が露店の花屋に出向くことになりますが、少しでも手数を少なくするために、切り花ではなく、花篭つきの20バーツの花を数種類ばかり、買い求めようと思っています。机上や台上に置くだけなので簡単ですからね。