インド、ネパール、日本の仏教では、釈尊が、『無憂樹』の下で生まれ、『印度菩提樹』の下で悟りを開き、『沙羅双樹』の下で入滅されたとして、この三つの木を仏教の三聖木として敬っています。

本日は、三聖木の一つである『無憂樹』について触れて見たいと思います。

釈尊の生母の麻耶夫人が出産のために生家に戻る途中、ルンピニ園(現在のネパール)の『無憂樹』の下で休憩した折に、無憂樹の花を手折ろうと腕を伸ばしたその瞬間、夫人の横腹より釈尊が生まれたとされています。釈尊の誕生があまりに安産だったために、この木を『無憂樹』、その花を『無憂華』と呼ぶようになったのだそうです。

仏教の三聖木については、僕も何となく知ってはいたのですが、タイに移り住んでから得た知識は、それとは異なる内容でした。つまり、タイでは、誕生と入滅は、何れも『ほうがんぼく』(下写真)の下とされていて、『無憂樹』なる聖木の話が登場して来ないのです。


『ほうがんぼく』(沙羅双樹)

そればかりか、タイでは、『無憂樹』は“悲しい花”として扱われ、寺院や公園に植えられることはあっても、家庭の庭に植えられることはありません。その理由は、『無憂樹』のタイ語名“ソーク”(注)が、“悲しみ”“悲哀”を意味するからだと聞きました。
(注)『ソーク』= “悲しみ”、“悲哀”= โศก,โสก

そのような背景から、タイで『無憂樹』の花を写真に撮る機会に恵まれなかったのですが、昨年末のタイ北部旅行で、チェンラーイのワットプラケーオ寺院(最初にエメラルド仏が安置された場所)を訪ねた時に、偶然に『黄色の無憂樹』(下写真)を見つけることが出来ました。


チェンラーイのワットプラケーオで見た黄色の無憂樹

最初は、『ドーク・ケム』(針の花)の種類だろうと思ったのですが、側の説明板を見ると、デンマークのマーガレット王妃が植樹された『無憂樹』と明記されています。


デンマーク王妃の記念植樹を告げる説明板

ワットプラケーオ寺院の見事に咲いた記念植樹の『黄色い無憂樹』を見ていて、二年前に訪れたタイ北部のランパーンで見た赤い花(この時はドーク・ケムと思い込んでいました)が、実は、色違いの無憂樹の花だったことに気付かされました。『無憂樹』の花の実物と名前が、僕の頭の中で漸く一致した瞬間です。


ランパーンの寺院境内で見た赤い無憂樹

インドでは、『無憂樹』は恋する乙女の願いを叶える花、つまり、乙女の誕生日を祝い、結婚にまつわる幸せの樹として大事に扱われる花と聞きました。

一方、タイの悲恋小説では、恋人と分かれた時に、『無憂樹』を見て悲しさの余りに涙を流す・・・のような描写に多用されるのだそうです。

同じ樹の花が、かの国では『幸福の樹の花』となり、此方の国では『悲しみを増す樹の花』となるという話でした。