タイ国の英語の正式名は『Kingdom of Thailand』ですが、欧米人の殆どは『Thailand』と短く呼びます。
イタリア旅行の時に、米国のワシントン州の奥地から来たという観光客の夫婦と知り合いになりました。60歳代の人の良さそうなアメリカの田舎人でした。
彼 『何処から来たの?』
僕 『Thailandから来ました』
彼 『Thai-landはインド洋にあるの?』
僕 『エッツ?』
彼 『島なのでしょう?』
僕 『エッツ?』
彼 『だって、“Land”でしょう?』
僕 『“Land”は“Sea”の反対語じゃないの?』
彼 『Green- Land、Ice-Land、Ire-land、みんな島だよ!』
僕は手帳の白紙頁に、Tahilandの位置を示す地図を書いてあげたのですが、それを見たアメリカ人さんは、『中国の一部なのか?!』でした。
彼の地理知識の薄さなのか?、アジアの小国タイへの興味の薄さなのか?、多分両方なのでしょう。それでも、その天然キャラは、愛すべきアメリカの田舎人でした。
アメリカ人の地理知識も??ですが、タイ人の地理感覚だって凄いのです! アメリカ人なんかに負けてはいません。
『タイ人に道を聞くなかれ』なんて諺はありませんが、そんな諺があっても可笑しくないくらい、多くのタイ人の地理感覚は一種独特なものがあります。
先ず、距離感覚は絶望的です。しかし、この現象は、未だ自家用車の普及率が低いのですから、止むを得ないかも知れません。時間感覚も絶望的なのですが、これも世界最悪の道路交通状況を考えれば、止むを得ないことなのでしょう。
方向感覚? これも絶望的です。道を訊ねた時に、口答では『左折』と言いつつ、身振り手振りは『右折』を示していることが度々あります。結果としては、ジェスチャーの『右折』が正しいことが多いのですが、その癖に馴染んでいない頃は、随分と酷い目に遭ったものです。
要領を得た最近は、道を教えてくれる人の喋りと、身振り手振りの指す方向の両方を確認した上で、最終確認をするようにしています。左右の方向感覚ですらこんな状態ですから、東西南北の方向感覚になると、これはもう話にもなりません。
タイ人の『親切さ』に驚かされることが多々あります。タイ人は、人に道を訊ねられた時に、多少忙しくとも、無碍に断ることはなく、必ず親切に教えてくれます。オートバイに跨って、道に迷った僕の車を、態々先導してくれる人さえもいます。
時々困るのは、『親切』と『プライド』が入り混じった時です。タイ人は、道を訊ねられた時に、『知らない』と言うのを酷く嫌う人が多いのです。知らないことであっても、まるで熟知しているかのように、微に入り細をうがって教えてくれるのです。
つまり、タイ人は、『知らない』ことを、『知らない』と応えるのは、『不親切』なことだと考えているようです。この習性を知らないために、とんでもない迷路に嵌まり込んでしまう外国人は少なくないことでしょう。
タイ語を教わっていた時代に、タイ語の先生に、『タイ人は、地図を読むのが上手でない人が多いように思うのですが、如何してですか?』と訊ねたことがあります。
先生の説明によると、周辺三カ国と国境を接しているタイでは、地図は軍事機密に属していたので、普通の学校は地理を詳しく教えなかったと言うのです。地理や地図を勉強するのは、陸軍の兵隊だけに許された特権だったと言うのです。
その昔、僕がタイに駐在していた時の僕の運転手君は、名誉あるタイ国陸軍兵士出身でしたが・・・しかし、その方向感覚は、とても当てにできるレベルではなく、道路地図を読むのも苦手な人でした。
一度、数分程度で書ける簡単な地図作成を頼んだことがあります。子供のように悩み抜いて描いてくれた地図は、東西南北が混在した、奇妙奇天烈な漫画絵のような代物でした。
タイの人と接していると、日本の田舎で過ごした古き良き時代を、懐かしく思い出すことが度々あります。タイの生活が長く続いているのも、ひょっとしたら、この飾らない天然の素朴さが、僕の性分に合っているのかも知れません。