タイの大学でタイ語の勉強をしていた時のことです。
同じ教室に、日本の大学のタイ語学科の四年生が、卒業前の暇な時間を利用して、短期語学留学をしていました。 小柄で目の澄んだ美しい日本人女性でした。


いつも小さな声で恥ずかしそうに語る人でしたが、タイ語の実力は、当然のことながら、大学の先生も一目置くほど、外国人留学生の中では断トツでした。

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大学の構内で憩う女子大生

タイ文化に於ける仏教の位置づけの授業だったと思うのですが、タイ人女性助教授が、その日本人女子留学生に質問をしました。

講師 『 仏教のどんなところに興味がありますか? 』
女性 『 メーチーです 』 ( メーチーとは女性の仏教修業者のことです )
講師 『 どうしてメーチーに興味があるの? 』
女性 『 メーチーになりたいのですが、どうすれば良いのでしょうか? 』


助教授は、優等生の彼女から、仏教文化に関する模範的回答を得ようと思っていたのでしょうが、予想外の彼女の回答と質問に少々面食らった様子でした。他の外国人留学生も、予期せぬ流れに、固唾を呑んで彼女を凝視したものです。

残念ながら、助教授が強引に話題を変えたために、メーチー(女性修業者)の話は中断してしまったのですが、この時以来、『 メーチーって何? 』という小さな棘が胸に突き刺さったままになっていました。

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タイとカンボジアの国境線上のカオプラビハーンで見かけた黄衣の僧侶と白衣のメーチー

年配のタイ人に、仏教の尼僧について聞くと、次のような答が返って来ました。
『 男性の出家者は、比丘(ビク)です 』
『 女性の出家者は、比丘尼(ビクニ)ですが、タイには比丘尼はいません 』
『 メーチーは、女性の修業者であって、比丘尼(尼僧)ではありません 』


剃髪をして白衣を纏った女性修業者(メーチー)は、在家信者が多いと聞きますが、中には、比丘(男性僧)が居住する寺院境内の一角に住むことを許されているメーチーもいるようです。

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仏教公園の遊行仏の前で語り合う信者とメーチー

メーチーの日常生活は、比丘(男性僧)と同じように、日々経典に親しみ、瞑想を行い、在家信者の悩みを真摯に聞いたりしている訳ですが・・・タイの仏教界では、決して正式な尼僧ではなく、一人の女性修業者(メーチー)ということなのだそうです。

『 尼僧 』ではないのですから、タイ国内で頻繁に行われる仏教儀式では、尼僧としての出番は全くなく、在家信者と同じ扱いを受けることになります。毎早朝に行われる男性僧侶の托鉢にも、タイ北部に例外はあるようですが、原則として参加できないことになっています。

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在家信者の相談を聞きながら祈るメーチ   ( ナコンパトム県仏教公園 )

年配者に、メーチが尼僧として認められない理由について聞いてみました。
『 タイには、比丘のサンガ(僧団)はあれども、比丘尼のサンガ(尼僧団)はありません 』
『 タイ上座部仏教では、サンガ(僧団)の成員でない人は、僧にも尼僧にもなれません 』

10世紀頃には、比丘尼(尼僧)のサンガ(尼僧団)があったようですが、その後に消滅してしまい、今の世になっても再興されていないのだそうです。


サンガ(僧団)が無いということは、サンガの成員になるための重要な儀式である『 具足戒 』も『 得度式 』も受けることが出来ません。つまり正式の尼僧になるためのシステムが全く存在していないという訳です。

尼僧の資格がない女性が僧院内に居住できる理由を重ねて聞きました。
『 比丘から持戒式を受けた女性は出家者として認められます 』
『 出家者として認められたメーチーは、寺院境内で起居しながら修業することができます 』


もっとも、女性出家者が起居する場所は、寺院に限られているわけではありません。2007年4月2日のブログで紹介した瞑想財団(サティアン・タム・マ・サターン)のような民間基金で設立された『 瞑想院 』や『 メーチー修業所 』でも居住することが出来るそうです。

『 メーチーの持戒はどんな持戒ですか? 』
『 比丘の持戒は227戒ですが、在家信者の基本は五戒、仏日には八戒となります 』
『 メーチー(尼僧)の戒めは八戒となります 』


① 不殺生 ② 不偸盗 ③ 不邪淫 ④ 不妄語 ⑤ 不飲酒 ⑥ 正午から翌朝まで食事を摂らない ⑦ 歌舞音曲を避ける ⑧ 広くて高いベッドに寝たり座ったりしない

敬虔な在家信者は、陰暦の8日、14日、15日になると、五戒に加えて三戒を実践するのだそうですが、メーチーは毎日『 8戒 』を守って生活をすることになります。

『 メーチは比丘尼(尼僧)ではない 』と断言した年配の在家信者は、男と女の差別を強調したのではなく、持戒の相違を言いたかったのだと思います。


65歳の迷い多き自分のことを思うと・・・・・・
① 不殺生 ② 不偸盗 ③ 不邪淫 ⑧ 広くて高いベッドに寝たり座ったりしない・・・の4戒は問題ないとしても、 ④ 不妄語 ⑤ 不飲酒 ⑥ 正午から翌朝まで食事を摂らない ⑦ 歌舞音曲を避ける・・・・・・の3戒は守れそうにありませんね。

日本大乗仏教の真面目な信徒ではなく、葬式の時だけ仏教徒の降りをする僕は、当然のことではありますが、タイ上座部仏教の在家信者としての資格も持ち合わせていない・・・寂しい老爺だということがよく分かりました。