タイ人の秀才が集まると言われる国立のチュラーロンゴーン大学を卒業した女性から次のような質問を受けたのですが、なんとなく奥歯に物が挟まったような答になってしまいました。
彼女 『 タイ語の Sawat-dii สวัสดี は日本語で何でしたっけ? 』
僕 『 “こんにちは” とか、“さよなら” ・・・他にもまだありますが・・・ 』
タイ語の Sawat-dii สวัสดี という言葉は、チュラーロンゴーン大学文学部の教授が、西暦1931年にラジオの深夜放送を始める時、good-night に相当する言葉として使い始めたのが最初だと言われています。

タイ国立チュラーロンゴーン大学文学部校舎 (ウイキペディアより拝借)
その後、ラジオの視聴者やチュラーロンゴーン大学の女子大生の間で、新語の Sawat-dii
สวัสดี が、good-night、good-day、good-morning、good-by 等の挨拶を全て包括する便利なタイ語として使われるようになり、いつの間にか正式のタイ語として定着したのだそうです。
タイ語辞書に記された説明文から想像すると、チュラーロンゴーン大学の教授が、新しい挨拶語として Sawat-dii สวัสดี を思いついたのは、善、平安、繁栄、幸福、安楽を意味するタイ語の文語表現の Sawat สวัสดิ์ だろうと思われます。現在でも 『 福祉 』 を意味するタイ語として、 Sawatdi-kaan สวัสดิการ が使用されています。
ところが、彼女は、 Sawat-dii สวัสดี の言葉が彼女の学んだ大学で誕生した経緯を全く知りませんでした。もっとも、歴史に関心の無い彼女ですから、75年も前の事を知らないのは無理もないと思いますが・・・
日本語の『 こんにちは 』に相当するタイ語の古い表現としては、僕が今でも耳にする範囲内に限りますが、次の二つの言い方があるようです。
『 パイ・ナイ・マー ! ไปไหนมา 』 (何処に行くの?)
『 ターン・カーオ・レーオ・ルー・ヤン ทานข้าวแล้รึอย่าง 』 (食事は済んだの?)
僕が通学している大学の50歳代の教授からは、廊下ですれ違う度に、上記の古いタイ語で声をかけられたものでした。 一方、現役でタイに駐在していた時の僕の運転手は、僕に向かって挨拶する言葉を下記の様に使い分けていました。
『 good-morning ⇒ อรุณสวัสดิ์ 読み:Arun-sawat 』
『 good-day ⇒ ทิวาสสวัสดิ์ 読み:Thiwaat-sawat 』
『 good-night ⇒ ราตรีสวัสดิ์ 読み:Raatrii-sawat 』
Sawat-dii สวัสดี というタイ語が造りだされる以前のタイでは、このような美しい言葉や親しみのある表現が街中を飛び交っていたのでしょうね。
ところが、最近の現役学生が友人と顔を合わせた時に使う口語表現は、Sawat-dii สวัสดี ではなく、 Wat-dii วัสดี (ちは!)とか、dii ดี (オッス!)などの短縮語が目立つようになりました。
友達と別れる時も、Sawat-dii สวัสดี ではなく、英語の Good-Luck に相当する表現として、 Chookh-dii โชคดี を多用しているような気がします。
人間社会の言葉は生きていますね。 まさに時代を写す鏡だと思いますが、美しい言葉は、なんとか残り続けて欲しいものですね。
彼女 『 タイ語の Sawat-dii สวัสดี は日本語で何でしたっけ? 』
僕 『 “こんにちは” とか、“さよなら” ・・・他にもまだありますが・・・ 』
タイ語の Sawat-dii สวัสดี という言葉は、チュラーロンゴーン大学文学部の教授が、西暦1931年にラジオの深夜放送を始める時、good-night に相当する言葉として使い始めたのが最初だと言われています。

タイ国立チュラーロンゴーン大学文学部校舎 (ウイキペディアより拝借)
その後、ラジオの視聴者やチュラーロンゴーン大学の女子大生の間で、新語の Sawat-dii
สวัสดี が、good-night、good-day、good-morning、good-by 等の挨拶を全て包括する便利なタイ語として使われるようになり、いつの間にか正式のタイ語として定着したのだそうです。
タイ語辞書に記された説明文から想像すると、チュラーロンゴーン大学の教授が、新しい挨拶語として Sawat-dii สวัสดี を思いついたのは、善、平安、繁栄、幸福、安楽を意味するタイ語の文語表現の Sawat สวัสดิ์ だろうと思われます。現在でも 『 福祉 』 を意味するタイ語として、 Sawatdi-kaan สวัสดิการ が使用されています。
ところが、彼女は、 Sawat-dii สวัสดี の言葉が彼女の学んだ大学で誕生した経緯を全く知りませんでした。もっとも、歴史に関心の無い彼女ですから、75年も前の事を知らないのは無理もないと思いますが・・・
日本語の『 こんにちは 』に相当するタイ語の古い表現としては、僕が今でも耳にする範囲内に限りますが、次の二つの言い方があるようです。
『 パイ・ナイ・マー ! ไปไหนมา 』 (何処に行くの?)
『 ターン・カーオ・レーオ・ルー・ヤン ทานข้าวแล้รึอย่าง 』 (食事は済んだの?)
僕が通学している大学の50歳代の教授からは、廊下ですれ違う度に、上記の古いタイ語で声をかけられたものでした。 一方、現役でタイに駐在していた時の僕の運転手は、僕に向かって挨拶する言葉を下記の様に使い分けていました。
『 good-morning ⇒ อรุณสวัสดิ์ 読み:Arun-sawat 』
『 good-day ⇒ ทิวาสสวัสดิ์ 読み:Thiwaat-sawat 』
『 good-night ⇒ ราตรีสวัสดิ์ 読み:Raatrii-sawat 』
Sawat-dii สวัสดี というタイ語が造りだされる以前のタイでは、このような美しい言葉や親しみのある表現が街中を飛び交っていたのでしょうね。
ところが、最近の現役学生が友人と顔を合わせた時に使う口語表現は、Sawat-dii สวัสดี ではなく、 Wat-dii วัสดี (ちは!)とか、dii ดี (オッス!)などの短縮語が目立つようになりました。
友達と別れる時も、Sawat-dii สวัสดี ではなく、英語の Good-Luck に相当する表現として、 Chookh-dii โชคดี を多用しているような気がします。
人間社会の言葉は生きていますね。 まさに時代を写す鏡だと思いますが、美しい言葉は、なんとか残り続けて欲しいものですね。