天気が良いので3年ぶりに、伊吹の長尾護国寺のセツブンソウを見に行くことに。

せっかく遠出するなら、こちらも15年ぶり、今年「豊臣兄弟」でリバイバルの小谷城に登って来よう。

 す

セツブン草は、まだちょっと早かったけど、その愛らしい姿に癒される。

 

 

 

 

 

 

 

小谷城

 

 

道の駅の浅井三姉妹像

 

車を「戦国ガイドステーション」に停めて(以前来た時とはなんか違うなーと思っていたら、下山口の「小谷城戦国資料館」から登ったようだ)

12:21追手道登山口から入山。

 

 

本丸まで1.5km  大嶽城まで2.2km

 

大嶽山をはさんだ2つの尾根の間の清水谷から秀吉軍が攻めた

 

虎御前山(230m) 信長軍の砦が築かれた

 

大好きな石垣はあまりない、それが無くても防御に適した地形、その険しさと、所々に開けた視界からは琵琶湖を従えた大平野が望め、百名城にふさわしい五大山城だと感じた。 


供養塔が桜の馬場に在る。また、ここから南側に、長政やお市が大河ドラマで琵琶湖を望んだ展望地がある。

 

大広間跡 長さ85m・幅35m

 

本丸跡

 

 

僅かに残る本丸の石垣

 

13:05 本丸の石碑

 

京極丸  3段廓

元々、京極氏の家臣から下剋上したと言われる浅井氏は、京極氏を敬う象徴的に本丸の上位の曲輪に迎え入れたと言われる。 1573年秀吉が清水谷から夜襲をかける。

 

山王丸東面の大石垣  本丸より立派

 

大嶽山(おおずくやま) 嶽と付くのは険しさの証

 

6つの僧坊があったところ

 

やっぱり厳しい急登が続く

 

岩尾からの景色小谷山(右)と三島池 向こうに伊吹山

 

13:54 ようやく着いた

 

初代浅井亮政が1515年に小谷山の頂上に築いた城を「大嶽城」と呼んでいる。元々は、こちらが本城で合ったが、本丸のある東尾根が拡大されたことから、長政時代は詰め城となった。(まあ、よくこんな険しい所に・・・)

 

信長の攻撃に備えて朝倉軍が築いた

 

 

14:00 下山。 15年前には多分本丸までしか言ってなかったと思うが、もう来ることも無いかと思って頑張って大嶽城まで周回したが、マジ険しい山城だった。 久しぶりの登山に日頃の不摂生が反省される。