342 楓の活躍 | プレ介護アドバイザーはまじゅんのおしゃべりサロン

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母親の君江が静かになっても、楓と健太は

しばらく握りしめた手を離さなかった。

 

やがて、さっきまでしていた小さな呼吸音も

聞こえなくなって、胸の辺りが上下する様子

もない。

 

二人はやっと、母親が天国に行ったことを

確信した。

 

「健太、看護師さんを呼んでくるね」

 

楓は、涙があふれそうになるのを必死で

こらえながら、握っていた手を離して、

廊下へ出た。

 

楓は、父親が亡くなった時の母親の姿を

覚えている。

葬儀などの段取りを済ますまで、母親は

決して涙を見せなかった。

 

楓は、今度は自分の番だと思っていた。

全てをきちんと取り仕切るまで、泣いている

暇はない。楓は廊下を静かに走りながら、

事務室に急いだ。

 

「おふくろ、今までありがとう。

親父が迎えに来てくれたんだな」

 

健太は、母親の君江の手を握りしめたまま、

頬を流れる涙を拭うこともしなかった。

 

やがて、看護師が来て、君江の様子を

色々と観察した。

 

「お亡くなりになったと思います。

ただ、正式には主治医の先生のご判断が

必要です。今から、先生をお呼びします

ので、このままでお待ちください」

 

看護師は静かに言うと、急いで主治医に

連絡しに行く。

 

「健太、私は哲也や浩介達に連絡してくるね」

 

フロアには、夕食の匂いが漂っていて、

スタッフ達がユニット内の他の入所者さん達

を連れて行く。

 

健太は、まだぬくもりのある母親の手を、

握りしめたままだった。

 

30分程して、主治医がやって来た。

呼吸や瞳孔を確認して、正式に君江の死亡を

宣言した。

 

「死亡診断書には、今の時刻を記入すること

になりますから」

 

健太が時計を見ると、午後7時に近かった。

 

「今から、霊安室にご移動いただきます」

 

看護師とケアマネジャー、急いで出勤して

きた哲也とで、君江はベッドの上で整え

られて、霊安室へとベッドごと移動した。

 

健太はずっと母親に付き添っている。

霊安室に入ると、ついさっきまで続いて

いた緊張がほぐれて、少し気持ちが

落ち着いてきた。

 

楓は、時々玄関から外に出て、電話で

色々な手はずを整えていた。

 

午後8時ごろ、霊安室に居る健太と楓の所に、

施設長と哲也が入って来た。

 

「この度は、ご愁傷さまです。

心からお悔やみ申し上げます。

佐藤君江様は、こちらにご入所いただいて

4か月ほどの短い期間でございましたが、

いつも笑顔で穏やかで、他の入所者様や

スタッフからも慕われていらっしゃいました」

 

柔和な顔をした施設長が、楓と健太に静かに

語りかける。

 

「今後の事は、こちらの中村主任がご説明

しますので、ご葬儀などの手配をお願い

いたします。

 

当ホームからは、明日の朝、入所者様や

スタッフがお見送りいたします。

 

ご家族様は本日はお疲れでしょうから、

ゲストルームでゆっくりされても良い

ですし、ご自宅に戻られても構いません。

 

こちらの霊安室には、夜間も出入りして

いただくことはできます」

 

施設長はそれだけ言うと、霊安室を後にした。

 

「哲也、最後まで色々と世話になるな」

 

健太が言うと、哲也が言った。

 

「遠慮するな、弟よ。おばさんは、僕の

お義母さんでもあるからな」

 

それから、哲也は楓と話し始める。

 

「楓さん、葬儀会社の方は連絡したかい」

 

「さっき、電話をしておいた。お迎えの車の

時間が分かり次第、また電話するわ」

 

哲也は、明日の朝9時に葬儀会社の車に来て

もらう事。

イベントルームの横に車を付けてもらう事。

T葬儀会館なら、すべて手はずはわかって

いるから安心な事。

健太と楓は、午前8時までに来て欲しい事

などを話した。

 

「それで、葬儀の日程は決めたのかい」

 

「颯介や華江おばさんの事もあるので、

日曜日の午前中で火葬場の予約を取って

もらうようにお願いしてあるわ」

 

哲也はスマホで自分の勤務日程を見ると、

言った。

 

「日曜日の午前中なら、僕も参列できると

思う。施設長に交渉してみるよ」

 

健太は内心ホッとした。日曜日の葬儀なら、

会社に迷惑をかけないで済む。

 

「浩介も颯介も、日曜日なら来やすいって

言ってたから、お母さんたら最後の最後

まで、子供想い、孫想いだったわね。

 

華江おばさんも、ゆっくり準備して来る

からって言ってたわ。葬儀の時間が

決まったら、また連絡するって言ってある」

 

健太は、冷静に物事を運んでいく姉に、

すっかり感心していた。

 

健太!  姉貴はさすがだね!

 

TO BE CONTINUED・・